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惚気と旦那さんについて 2 諸刃の剣

旦那さんは毎日「可愛いね」と言ってくれる。これは付き合い始めた時から変わらない。
性格はとても穏やかで寛容である。

魔法にかかっていてはや33年目、私が寝起きで顔がぱんぱんに浮腫んでいても「おはよう、今日も可愛いね」体力がなく疲れ果てボーッとした顔でご飯を食べていても「偉いね、ちゃんとご飯食べられて。ご飯食べてる姿も可愛いねぇ」(感に耐えない風に)と言ってくれる。

先程も私の手を取りしげしげと眺めながら
「可愛い手だね」
「まさやさんは働き者の手だね」
「稼がないとね」
「私の手はおばあちゃんみたいな手だよ」(洗い物ばかりしていた時期がありしわしわ)
「そんな事ないよ。でも仮におばあちゃんになっても可愛いよ」そんなふうに言ってくれる。

とても変わった、いや、奇特ないやいや、稀有な、ううん違うな、貴重な存在だ。

スーパーで「ねえねえ」と話しかけたら「何だい可愛い人」と普通に返事をして、隣に立っていたおばちゃんをギョッとした顔にさせたこともある。

ただし、語彙はない。
ええ、語彙はとてもない。

あれは二十歳の頃だ。旦那さんが、クラスの女子に「君の目は牛に似てるね」と言って酷く怒らせてしまったことがある。(学校が違ったので伝聞であるが)

ちなみにこれ、旦那さんの褒めてるつもり発言である。
「なんでそんなこと言ったの?」
驚いた私が尋ねると
「いや、その子は黒目がきらきらしててね、なんか子牛みたいに綺麗だなって思ったから。子牛って可愛いじゃない?だから僕としては褒めたつもりだった」
「いやいやいや……」
それを全部伝えてもギリなのに。端折りすぎでしょう。ってかそれがなんでどうなって
「君の目は牛に似てるね」になるんですか?

「ちゃんと謝って本意を伝えたら?」
「え?別にいいよ。面倒くさいし」

そうでした。あなたはそんな人でした。当時のあなたは私以外の女子に全く興味のない人でしたね。
ちなみに今興味があるのは私といちこさんとにこさんである。
結局は元々の寡黙な旦那さんのキャラによって有耶無耶になったらしいが。多分嫌味ったらしく言ってないし、悪い所を指摘してやらなくては!みたいなタイプでもないので、その後嫌われなかったのではないかと。
当時の旦那さんはイケメンの部類には入っていたのも大きいんだろう。そのやりとりを知っていてなお告白されてたし。

だがしかし、繰り返して言うが語彙は無い。
基本忖度もしない。

まあ、初デートの時私に「君って足毛深いんだね」と言っただけある。

初デートのときである。
ちなみに遊園地である。
しかも観覧車の中である。

少女漫画で初デート、遊園地、観覧車なんて
「佐野君と密室空間で2人きり。膝が触れてしまうんじゃないかって距離でどきどきが止まらない。なんでじっと見つめてくるの?」
(言葉のチョイスが昭和なのは許してほしい。最近の少女漫画分からない)みたいなある意味女子憧れのシチュエーションではないだろうか。

それが「君って足毛深いんだね」である。

当時私は花のJKだ。もちろん、彼氏にそんなこと指摘されたら恥ずかしい。
繰り返して言うが初デートである。
本来なら怒ってしまうんだろうけれども、私は一周回って面白くなってしまった。当人に指摘してドヤる所も見受けられず、ただ気づいたから言った、というのがよく分かってしまったから。
私は笑いながら
「あのね、佐野くん」
「うん」
「そんなこと気づいても言っちゃあダメなんだよ。私はまだいいけど、もしも、他の女の子とデートした時そんなこと言ったら駄目だよ。嫌われちゃうよ」
「そうなの?」
「そう」
「わかった」

旦那さんはとても素直な人であった。言われたら「そうなんだ」と聞き入れてくれる。すくなくとも意見として聞いてくれる。(受け入れるかどうかは別だが)
最近この話を娘たちに話してドン引かれていた。
「父…ないわー」
 「ないない」
「もう言ってないよ。勿忘草ちゃん余計なこと言わないでよー。僕が嫌われちゃう」
「大丈夫、それくらいで娘たちは嫌いません。それに余計なことではありません。誇張は何一つせずありのままお伝えしております」
「…はぁい」

ここで納得してしまうのも可愛いところである。


私がいないところでも私のことが大好き。

誇張でもなんでもない。
高校生の頃、生物室でお昼を食べていた旦那さんと友人たち。
「好みのタイプの女の子」というトークテーマで語り合っていた。
優しい子がいい、可愛い子がいい、いや身長は高い、低い、胸は大きいか、小さいか。男子高校生五、六人で盛り上がっていたそうだ。会話に加わらず、話を聞いていた旦那さん。昼食を食べ終わり、「じゃ、俺行くわ」と生物室を出ていこうとしたので(おそらく私と待ち合わせ)友人にこう聞かれた。
「そういえば、佐野はどんな子がタイプなんだよ?」
「え、勿忘草さん」
「…あーそう」
「うん」
即答だったそうである。
「待ち合わせしてるから、行くわ」
「おー」
残された俺たちは
「俺たちが聞きたかったのはそういうことじゃないんだ 、佐野」
「リア充爆発しろ」
「彼女持ちは違うわー」と皆が荒ぶって大変だったんだぞ、と彼の親友(勝手に部室を紹介した彼)が後に教えてくれた。

彼に好みがなかった訳では無い。私は知っている。当時の旦那さんの好みのタイプは
「痩せている女性」だった。痩せていれば痩せているほどいい。胸も小さくて構わない。
だってその時一番好きな芸能人は岡安由美子さんだよ。細いにも程がある。

幸いなことに当時の私は細かった。161cmで46kg位だった。だから付き合ったんだと思う。冗談めかして「太ったら痩せてもらう、出来ないなら別れる」と言われたこともある。
まあ、この太るの概念は明らかにふとったらのニュアンスがあった。
「今より1kgでも太ったら」なんてことではなかったのが救いである。

別の日に、学生ホールで友人たちと話しているところに向こうの方から佐野くん(旦那さん)がやってきた。私に気づき、一言二言会話を交わし去っていく。
その時、友人に言われた。
「ねぇねぇ、佐野くんて勿忘草ちゃんのこと大好きなんだね」
「へ?何で?」
「だってさ、普段無表情に近いのに、勿忘草ちゃん見つけた時それはそれは嬉しそうな顔してたもん」
そうなの?
「そうなの?」
「うん」
私は当時から視力が非常に悪かった。なのでそんな旦那さんの表情の変化には気づけなかった。
惜しかった。当時の彼の嬉しそうな顔はレアであった。バイト先の女の子に、休日私といるところを見られたらしく「佐野さんて笑うことあるんですね」と言われるレベルで無表情に近かった。

最近よく見るなろう系小説の登場人物であれば
「心を閉ざした公爵閣下と婚約したはずなのに~」の公爵閣下だったり「冷酷無慈悲な氷の王子になぜだか~」の氷の王子である。
かくいう私も部室で、初めて旦那さんを間近で見た時の感想は
「あれ、この人何か怒ってるのかな?」だったのだから。

それくらい寡黙で無表情に近いイケメン(主観入りまくってます)

大倶利伽羅やん!!

 

今で言うところの伽羅ちゃんじゃん


うん、私。好きなタイプブレてないんだわ。
そら好きになるわ。

ただし語彙はない
褒めてくれる時はストレートに褒めてくれるが
ディスる時もキレッキレでディスってくる。
褒めてるつもりで結果的にディスってることもある。
余計な装飾がされていない言葉の分、ダメージも喜びも大きい。
キレッキレである。
ヒプマイで言うところのいち兄が歌う
「言葉は刃~」を体現している人だ。ヒプマイがラップバトルで様々な例えで相手をディスるのに対し、旦那様はシンプルな言葉で一刀両断系だが。

付き合い始めた頃に旦那さんに言われたことがある。
「僕は『察する』ということが得意ではない。言っても怒ったりはしないから、嫌なことがあったら直接ちゃんと伝えて欲しい」
私はどちらかと言うと『察する』側の人間だと思う。なので「こんなん考えたら嫌がるってわかるやろ。なんでそんなことも気づかないんだ」と怒ることもしばしばあった。

彼は自分自身で分かっている通り、気づかない、気にしない、気を遣わない(フルコンボだドン)の人であった。なので伝え方を変えた。

「あなたが気にしない人だと言うのは分かりました。が、目の前に気にする人間がいます。ここに気にする人間がいるということは覚えてください。私はとても嫌な気持ちです」「あなたはね、私が言ってないから嫌な思いしてないだけよ。今から同じこと言ってあげようか?」

私は他人様からの悪口、陰口は気にならないタイプだと思う。気にならない、ってのは怒らないという意味では無いけれど。言われた瞬間に真っ先に「は?」となる。だがしかし旦那さんからの言葉となれば別だ。
以前「バカ」と冗談めかして言われたが悲しくて泣いた。なのでしつこく言ってある。「誰に何を言われても基本気にしない。だけどあなたからの言葉は、泣くからね。それ、頭に入れて発言する時は頭の中で言葉を三周させて問題ないか確認して、それから発言してね。じゃないと…泣いた後で知らないからね」
「……(こくこくこく)はい」

脅してなどはいない、ええ、決して。

こんなこともあった。これは結婚して10年近くはたっていた頃だ。
「勿忘草ちゃんの書く字っていいよね。僕は好きだな」
「そう?ありがとう」
「こう、なんかいいじゃない。大きいし、頭悪そうな感じで

わたしが長女で良かった。長女だから耐えられたけどそうじゃなかったら耐えられたか分からなかった……

などと当時に鬼滅があれば、炭治郎ムーブを脳内が駆け巡る程度にはイラッとした。「はぁ?なになに私いきなりディスられてる?どう考えても褒めてな……」

チラッ

旦那さんの顔を見ればにこにこ笑顔だ。

……あー、うん。心の底から褒めてるわ

やり過ごすのは容易い。実際そんな人だと分かっている。が、しかしそのままは良くない。語彙を増やして貰わんことにはまた同じこと言いそうだし、他人様にも言いかねない。(ココまで実際コンマ数秒程度)

きちんと伝えねば

「は?頭悪そう?」
「え、ほ、褒めてるんだよ」
「さて、まさやさんに質問です。『頭悪そう』これは褒め言葉に聞こえるでしょうか?」
「……ないです」
「あなたが語彙ないのを差っ引いても良くない例えです。自分の字はわかってるから言いたいニュアンスは伝わってますが、良くないです。他の人に言ったら嫌われるかその前にケンカ案件です」
「あ、ごめんね。えーとあの」
「他に例えると」
「うーん、あ『脳天気な感じで』」

惜しいんだな

「それ、褒めてない」
「えーっ」
「こういう時は『おおらかな感じ』と言いましょう」
「うん、ごめんね。本当に褒めたかったんだよ」
「それは分かってるよ。でもよそ様に使ったらいかん言葉です」

どうしてこうも旦那さんは語彙がないのか考えたことがある。語彙がないというか忖度しないというか。

導き出した結論はシンプルだった。

旦那さんは基本「気にしない人」だったのだ。
仮に自分が「牛に似ている」言われても『そうか、彼女はそう思うんだな』で終わってしまう。
他人にさほど興味が無い。興味が無い人間の言葉には揺らがない。
自他との境界線がハッキリしているとも言える。
「君はそう思うんだね、でも僕はそう思わない(から無問題)」
悪口を悪口と思わない。彼に皮肉は通用しない。
付き合い始めの頃、喧嘩した時に聞いたことがある。
「なんでそんな言い方するの?」
「だって僕は(言われても)気にしない」
その答えは当時は話し合えば分かり合えると思っていた私にはカルチャーショックだった。
これは今後付き合っていく上で大問題だ。 

何度か喧嘩を重ね、私は伝え方を変えた。
「あなたが気にしないということは分かりました。でもここに気にする人間がいます。私に嫌な思いをさせたくないと思ってくれるのなら、今後はそれを控えてください」
「ねぇ、逆の立場だとして私がそんなことあなたに言ったとして、嬉しい?」

この言葉は、彼に影響を与えられる数少ない人間だと自負しているから言えた。彼からそれだけの愛情を受け取っている。それに私は言霊を信じている。嫌なことを言われたからと言っても同じようには出来ない。

「同じことあなたに言ってもいい?」と聞くと
「それは嫌だ」と言う旦那さん。
「そうだよね、嫌だよね。あなたが嫌な思いをせずに済んでいるのは、私があなたの嫌がるようなことを言ってないからだからね
「うん、そうだよね。ごめんね」

はい、優勝

私が旦那さんを尊敬している点はいくつもあるが、そのうちの一つ『「ありがとう」と「ごめんなさい」をすぐ言える』がある。変な意地を張らない。そういう意味でメンタルは安定している方だと思う。

でも彼の言葉は諸刃の剣
甘い言葉の刃の反対は忖度なしのストレートな言葉が存在する。33年かけてちょっとずつヤスリをかけ、模造刀くらいにはなったと思うけれど。
それでも、たまにその刃を振りかぶってくることがある。なので
「は?愛しの嫁になんてことを!この世で1番慈しんで愛でなければならない存在にそんな言い方する???いい?人生最後まで一緒にいるのは私なんだよ。その嫁を大事にしないでどうするの?いつ大事にするの?今でしょ?」と言うようにしている。

言霊はあるのだ。間違いなく。
今日も私は、私の言葉で彼の刃を研いだり、やすりをかけたりしている。

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