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名無しの幼なじみ

春、高校入学式と来れば、心機一転高校デビューをしたり、新しい出会いに胸をときめいたりするだろう。

しかし幼なじみの綾は僕にしがみついて離れず、やろうにも高校デビューができないことを悟った。ボーイッシュ女子から清楚系の美人になりたかったのに。

それにいくら同性の幼なじみだとしても腕に引っ付き、全力で人見知りを発揮するのはいかがなものかなと思う。

「あや、そんなんじゃ友達をつくることはおろか誰とも話せないぞ。今日中にクラスの人と話すのが目標なんだろ」

「確かに話しかけられるように鏡の前で練習したよ? でもね、私には分かる。絶対今の精神状態で誰かと話したら鼻血吹き出して吐血する」

やる前に諦めるんじゃないよ……。キメ顔をして情けないことを言う綾にため息を吐く。周りの子達もこちらに視線を向け、ヒソヒソと話していた。

このままでは綾がダメ人間になってしまうかもしれない。僕らが一緒にいられるのは限りがある。このままでは駄目だ。

腕にしがみつくこの子を見て、僕から独り立ちをさせなければならないと決意した。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆
自立を促す方法。いくら悩んでも答えが出なかったが、テレビでは『友達をつくる』ことが自立を助けると言っていた。様々な人と関わることで視野が広がり、自立心がくすぐられるらしい。

すぐに実行することを決め、友達をつくることがいかに大切かを五十分間みっちり教えた。

「友達をつくるとな、困ったときに話し相手になってくれるし、助けになってくれるんだぞ」

「ふーん。じゃあ幼なじみがいるから大丈夫だね」

「いや、他に人と友達になれって話で」

「君とは友達じゃないの……?」
 
「そういう話ではなく、」

説得を続けようとしたがダメだった。

くしゃっと歪めた顔にみるみる涙が浮かぶのを黙って見ることはできなかった。綾を宥めて家に帰る。独り立ちの道は遠そうだ。
 


☆☆☆☆☆☆
この前テレビで解説をしていた人の名前を調べたところ、その人が書いたブログ『保存用! 自立を促す三つのこと』がヒットした。この内容を少しずつ実行してみようと思う。

まず一つ目、『自分の意見を持つ』ことが第一歩と書かれていた。序盤から不安だ。綾はすぐ「君と同じがいい」と言うから。優柔不断なのだろうか。それならばと選択肢を絞って聞いてみるが気のない返事しか返ってこなかった。

「何で自分の意見を言ってくれないんだ?」

「何でって言われてもな……何となく?」

自分の主張がないのか? そんなわけない。あの子は物事一つひとつ向き合うタイプだからな。では意見していないだけ?

 ……僕に遠慮しているのか。

「いつも僕と同じにするのはなぜだ? 周りの奴に合わせる必要なんてないだろ。それに僕が好きで聞いてるんだ。遠慮しないで、あやのことが知りたいんだよ」

なんてことないように、それでいて真剣に、伝わるように言う。綾は服の裾をギュッと掴み、感情を留めるように俯いた。

「本当に、そんなことしていいの? 私のこと嫌いにならない?」 

「今更嫌いになるわけない。自分を押し込めるあやより、自分を出しすあやの方が好きだよ」

バッと顔を上げ、目を見開くあの子の表情が目に映る。まるで禁止されていた遊びをやっても良いと友達に言われたような、葛藤している顔だった。

それからというもの、何度も綾のやりたいこと、食べたいもの、したくないものを聞いた。試行錯誤の末、やっと綾は自分の意見を言いえた。心の中でガッツポーズをした。まずは第一歩だ。


☆☆☆☆☆☆
次は『自分の強みを把握する』と自信がつく、らしい。

どうすれば自信がつくのかを色々考え、考えた結果ド直球に『褒める』ことにした。別に褒める以外に案が思い浮かばないわけではない。決して。

休日、綾の家でお泊まり会を約束していた僕はいよいよ作戦を実行することにした。

「褒め合いゲームをしないか?」

「急に何の話?」

話題が急すぎたかと焦ったがいつも通りを意識し、話を続けた。

「知らないのか。一分間のうちに相手の良い所を褒めまくって照れたら負けっていうルール。最近流行ってるんだよ」

「……? そうなんだ。知らなかった」

綾が世間知らずで助かった。自分で言うのもなんだが愛してるよゲームのようで恥ずい。咳払いをして気を取り直し、思っていることを素直に伝える。

「あやはオドオドしてることや俯いていることが多いけど、ふとした瞬間に出るふにゃっとした笑顔が可愛い。優しいから一緒にいると安心感がある。言葉の使い回しも面白いからもっとみんなの前で話せば良いのにと思う。あやは自分のことをダメな奴だって言うけど、それは細かいところによく気づくからこそだと思うし……」

ふと前を見ると耳まで真っ赤になった顔があり、こちらまで顔が熱くなりそうだった。一瞬ハッとした綾は枕で顔を隠し早口で捲し立てる。

「い、いや~お世辞が上手だなあ。そんな自然におべっか使うなんて君も隅におけない奴だね」

「そりゃ普段から思ってるから自然に言える。それに僕が嘘下手だってこと知ってるだろ」

さらに枕に顔を埋めた理由は分からなかったが、褒め褒め作戦は成功した。

すぐに自信をつけることは難しい。だけど綾は綾が思っているよりも良い奴だってことに、気づいて欲しい。


☆☆☆☆☆☆
いよいよ残りもあと一つ。『主体的に行動する』だ。

以前の入学式で僕の腕にしがみついていた綾には難しかった。だが今の綾は違う。雰囲気は明るくなり、話しかけやすくなった。クラスの子達とも休み時間に談笑するまで成長した。

その成長速度の速さに嬉しい反面、少しだけ寂しくもあった。僕からの働きがあったとはいえ、きっと自分から変わろうと努力したのだろう。 
 

だからもう、僕がいなくても大丈夫。


それから僕は綾を徹底的に避けた。僕が綾の自立の邪魔になると思ったから。それにあの子には別の友達がいる。だから、大丈夫だ。

学校や登下校中さえ気をつけていれば鉢合わせすることがなかった。だから油断をしていた。綾が僕の家の前に立っていたのだ。回れ右をして何事も無いように歩こうとしたら肩を掴まれた。

「話があるの」

近くの公園のベンチに座り込んだ。二人の間に重い空気が流れる。何か言った方がいいのだろうか。

「あや、」

「何で避けてたの?」

聞かれると思ったがいざ聞かれると言葉が詰まる。綾の方を見ると怒っているような、悲しさを我慢しているような顔だった。

「あやはもう自立した人間だろ。あやに僕は必要ない」

「…‥どうしてそんなことを言うの? 怒るよ。それに必要ないなんて言わないで」

「どうして?」

綾は目を見開き照れたようにフイ、と顔を背ける。頭をかき「ああ、もう!」と声を出しながらこちらを鋭く睨む。

「君が! 好きだから! 私なんかのことを知ろうとしてくれた!
嫌いだった自分のことが少しだけ好きになれた! 君が、いたから」

くしゃっとした顔に涙が浮かぶ。僕はその顔に弱い。何も言えなくなってしまう。

「私は私が嫌いだった。自分のことを知れば知るほどボロボロと嫌な部分が見えたから」

「そんなことないぞ。嫌な部分以上にあやは良いところがある」

「……そんなこと言うから好きになっちゃったんだよ。責任とって付き合って」

嬉しい、という感情が最初に芽生えた。もう君には僕が不必要な存在だと思っていたから。必要にされて、好きと言われて嬉しかった。

「嬉しい。けれど、駄目だ。きっとそれは対等な付き合いじゃない。いずれ依存するようになる。僕も、あやも。以前のような形に戻ってしまう」

せっかく魅力的な人間になったのに、と心の中で呟く。

「グスッ、あんなイケメン台詞聞いたら老若男女関係なく好きになる。振り向いてもらえるように自分なりに努力したのに、無駄になったよ」

泣きじゃくる綾をよしよしと撫でる。無駄なんかじゃない。努力したことは蓄積する。成果がすぐに出なくたって、頑張った経験は消えない。大丈夫、生きていればどうにかなるから。

「そろそろ帰らないと。そんなに泣かないで、送っていくから」

泣いている綾の手を引き一緒に帰る。綾が小学生の頃もこんなことがあった気がする。転んで怪我した綾を慰めて家に帰ったんだった。懐かしい。

「ほら、着いたよ。振られたからってやけ食いするなよ」

「私のことを何だと思っているの。しないよ」

軽口を叩きながら玄関まで歩くあの子を見守る。綾はおもむろに立ち止まり振り返った。

「振られたけど、私たち友達だよね?」


「何言ってるんだ。【幼なじみ】だろ」

「……そっか」

綾が入った玄関を見つめる。お別れも済んだし、そろそろ帰らないといけない。


☆☆☆☆☆
ずっと引っ込み思案で人の意見にばかり合わせていた綾。不器用で友達を作ることができなかったあの子はイマジナリーフレンド作り出した。あの子だけの【幼なじみ】として。

綾の世話をただすることが綾のためになると思ったんだ。だけどそれは僕の自己満でしかなくて。幼なじみとして必要とされるように囲い込んでいただけだったんだ。そのことにやっと気づいた。

イマジナリーフレンドがいなくても生きていけるように僕が生まれたんだ。綾にはもう幼なじみは必要ない。

そう理解した瞬間、体がほろほろと崩れていった。痛みはない。体か消えるのはもっと痛いものだと思っていたから拍子抜けだった。

走馬灯のように綾のこれまでまでを思い出し、これからの未来を想像した。

バリバリのキャリアウーマンになるかな。

優しい家庭を持つかな。

どんな人生だろうとも綾は大丈夫、あの子はもう、自立した人間だから。


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