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2 突然の訪問者 ①

(社会人一年目に書いた私小説  学生から社会人への変化に対する葛藤と友人を通した青春を描いた)

「突然の訪問者」
  

  それは八月の終わり頃だった。
朝、目覚し時計のけたたましい音に目を覚ますとスマホに一件のLINEの通知が入っている。 こんな朝早くに誰からだろうと内容を確認すると、まだ在学中している大学時代の友人からだった。ちょうど九州に来ていて、今日中に僕が住んでいる福岡のアパートを訪ねようとしている、そんな内容だ。事前に連絡があったけどまさか今日になるとは。家の場所を折り返し連絡するも、部屋はコンビニで買った弁当のゴミや脱ぎ捨てた衣類などにより荒れ果てている。でもあと2 分で部屋を飛び出して仕事場の工事現場へと車で行かなくてはならない。なので片付けはどうする事も出来なかった。玄関のドアを開け、靴の紐をきつく締めてから飛び出す。後からドアが閉まる音がせかすように聞こえる。友人が部屋に入れるように施錠せずに急いで家を出ると、真夏の太陽が眩しい日差しを照りつけてくる。
 
  今年の春に中堅ゼネコンに新卒として入社 した。そして社会人初の夏が訪れる。それは今までの夏とは明らかに違っていた。毎年この時期になると空にワクワクと湧いてくる入道雲に心躍らせ、どんな旅に出ようかと考える。そしてカヤックに乗って海原へと、航海に出ようと計画を立てた。 大学では探検部に在籍し、カヤックに夢中で夏は数多の海にトライした。瀬戸内海では潮流に流され、日本海では大きな波にもまれ、奄美の海ではクジラと闘った。そんな少年心をくすぐる探検をする夏は、僕の好奇心と探求心を無限大に解放できる最高の季節だった。だけど、そんな気持ちは一変した。真夏の炎天下の中をひたすら工事現場で施工監理のために上司の指示で、ただただ雑用係のごとく歩く。額からは汗が流れ、頭は暑さのため思考を停止する。空からの日差しは、僕の肉体をカリカリに焼けたカルビにでもしようと容赦なく照らし続ける。 
「現場で歩き回るのが施工管理の仕事。だから体は大事にしろよ」 。東京での新人研修が終わり、そして九州に配属されてから真っ先に担当の上司に言われた。その言葉の重みが、今になってわかったような気がする。暑さで呼吸をする度に体は重くなり、意識は朦朧としてひどく喉が渇いては水を求めた。多分、今の僕は熱中症の手前だ。真夏の暑さの脅威に怯えながら、工事現場では盛土で作られた傾斜三十度の斜面を、一歩、また一歩と頼りない足取りで登っていく。ふと目の前を軽々と大きて重そうな鉄筋を担いた職人が過ぎ去っていった。 

 工事現場での毎日続く暑さは、肉体を疲弊させ、精神を砕こうとする。僕は、どこまでも続く青空を睨み、遠い地平線の向こうから灰色の雲がやってくる事を心の底から願った。 それでも太陽は呑気に、ただ地上を最大限に照らし、今日も現場のスピーカーからは「熱中症警戒危険レべル」と機械音声が無常にも念仏のように聞こえる。どこか落ち込んでは、なぜか泣きそうになる。気分は熱中症。そんな日々が毎日のように繰り返され、終わらない日々が続く。いつかはこの仕事に慣れて楽しいと思えてくる日があるのだろうか。僕はこれからの人生に不安を感じながら、大好きだった夏が嫌いになりかけていた。(続く)
 
 

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