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僕のジントニック

僕はバーテンダーになった。

なんて風に書くと、「おまえ、この前は英語コーチになるとか言ってやん⁉」「今度は何やねん!!」と激しいツッコミを受けそうですね。すいません。正しくは「バーテンダーの気分を味わった」という意味です。

僕にはかれこれ30年近く通っているバーがある。まだケツの青い二十歳からずっとビールとジントニックとウイスキーを飲み続けている。

店のドアを開けると、セピア色につつまれたノスタルジックな空間広がっている。天井の有線からはジャズミュージックが心地よいボリュームで流れていた。

仕込みで奥の厨房にいたマスターは中から顔だけ出して「勝手にやっといて」とぶっきらぼうに言い放つ。マスターは御年80歳。加齢のせいか最近はすっかり足腰が弱ってきたが、意地でも店を毎晩開けている。口が達者なのが幸いだ。

最近、自分が飲むカクテルは自分で作らせてもらっている(もちろんお代は払う)。今、練習しているのがジントニックだ。ジンにトニックを注ぐだけのシンプルなカクテルだが、それゆえに作り手の腕がモロに出る。僕は初めてのバーに行くと必ずジントニックを頼む。バーテンダーの腕がわかるからだ。しかし、この店のマスターのジントニックを超える味にはまだ出会ったことがない。

「そりゃそうよ、だって俺たちにとってマスターのジントニックは、おふくろの味噌汁みたいなもんや。世界にたった一つの味やで」という親友Nの見解は妙に納得がいった。

実際に自分がカウンターの中に入ると見る世界がまるで変わった。今まで自分が長年見てきた店の風景とは全く違うものがそこにはあった。何だか別の空間に迷い込んだような錯覚すら覚えた。

最初、僕は見よう見まねでマスターの味を再現しようとした。長年、客としてカウンター越しにマスターの仕事ぶりを見てきた。どこに何があるかもわかっているつもりだった。しかし、いざ自分がその場所に立つと「あれっ、あのボトルはどこにあったっけ?」とか「この空き瓶はどこに片付ける??」とテンパってしまった。そして大きなブロックアイスを砕くのが上手くいかず、何度も周りや床に氷を撒き散らした。何度もアイスピックで自分の手を付いた。そんな僕を見てマスターは笑いながら「そのうち慣れるよ」と優しく慰めてくれた。

僕は決して器用なタイプではない。何度も痛い目に遭いながらも、地道に体に覚え込ませていくタイプだ。やがて何度か練習を重ねていくと、氷を持つ手の平の冷たさにも慣れ、上手にブロックアイスを砕けるようになった。35mlきっちりのジンをグラスに注ぎ、ライムを絞りステアする。続いて砕いた氷を入れて、次にトニックをフルアップ。最後に少しだけステアして完成。

お客様、ジントニックです。

早速、カウンターに運び、一口飲んでみる。う〜ん、なんか違う。もう何度も何度も作ってるんだけど、マスターの味にはならない。全く同じように作ってはいるんだけど。何がだめなんだろう?

「マスター、今日もダメやったよ」
「そう、そりゃ残念。けどあたしはもう40年もジントニック作ってるんやから、そう簡単には追いつかれた困るわ」
「確かに・・・、そうやね」
「でも、それはそれでええんよ。あんたにはあんたの味があるから」

そうなのである。マスターの味はマスターにしか出せない。そして僕の作るジントニックには僕の味がある。その心持ちで飲んでみると、これはこれで悪くないような気がしてきた。癖がなく、キリッとしたシャープな味のするジントニック。

僕はシガリロに一服、点ける。僕は週に1本、この時だけ喫煙する。うん、確かにシガリロにも合うし、悪くないのかもしれない。

僕のジントニック。

まだ自分で本当に心から「美味い!」と思えないので、人様にとても提供できないけど、いつか、そう思えたら飲んでもらいたいなあ。何て言ってくれるかなあ?喜んでもらえるかなあ?

今、僕は「これが僕の仕事です!」と胸を張って提供できるもののために、日々準備をしている。休日の今日も4人の方とコーチング・セッションの練習をさせていただいた。意識をとても集中して相手の話をきくので、めちゃくちゃ疲れる。1つのセッションが終わるたびにもの凄い疲労感を感じる。その度に僕は黒い麻薬「ブラックサンダー」でドーピングしながら、のべ6時間に渡るトレーニングを乗り切った。

さすがに身体はクタクタなんだけど、不思議と心は暖かった。何か、ポッと暖炉のような灯火が僕の胸の中にあった。

もし僕が提供するもので誰かの心にも火を灯し、そして笑顔になってもらえたらほんまにええなあ。嬉しいよなあ。

僕はそんなことを想いながら、僕のジントニックを飲んだ。

帰り際、マスターがこう言ってくれた。
「あんたにはあんたにしか出せない味があるからね。自信持ちや」
何だか、すっかり見透かされているようだった。
「ありがと、またね」
僕は少し肩をすぼめながらそう言って店を出た。


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2月下旬よりの本格的な開始に向けて、着々と準備中です。詳細の告知は2月中旬を予定しておりますので、もう少々お待ちください!
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