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「現代俳句」2024年1月号
あけましておめでとうございます。と言っても、とっくにお正月は過ぎ、十日戎も阪神淡路大震災忌もあれよあれよという間に一月も折り返しです。一年中「あっという間ですね」と言っているような気がしますが、やっぱり年明けが一番早い気がします。
そんな「なんやかんや」の最中ではありますが、今年も変わらず現代俳句を読んでいきたいと思います。2021年からはじめて丸三年になりますが、はじめは読むページも少なかったし、読み返しても内容があまりなくて「ほんまに読んだんか?」とツッコミたくなるようなことも書いていましたが、最近はすこしだけ文章らしいものを書けているのでは、と。いや、書けていたらいいな、と思いながら続けていきたいと思います。
では、本年も引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
百景共吟
狼を祀る声なき狼を 橋本直
一読して、狼の亡骸を祀る儀式のことかと思ったのですが、調べたところ、日本には狼信仰というものがあるそうです。狛犬や狐のような神様の使いとされるケースや、蛇のように神様そのものとして信仰されているとか。
神様が「声なき狼」であるというのは、なんともやるせなく、人間の業のようなものを感じずにはいられません。
(直接は関係ないですが、カラーページの写真が一層この句の荘厳さを演出しています)
列島春秋
三六の雪はワルツに乗りて舞う 丹下美井/北北海道
「三六」ってなんだろう、と思い調べました。ひとつは双六でサイコロをふたつ振ったときの出目。もうひとつは、巾が三尺、長さが六尺の意味で、主に板状の材料の大きさを表す規格とありました。なるほど。「三六の雪」とあるので、この規格の中の雪と推測します。とすると、これは絵画でしょうか。ワルツが流れる部屋に飾ってある絵。「ワルツに乗りて」から、ぽつぽつぽつと三拍子のような調子で描かれているのかも。「乗りて舞う」と華美な表現であるものの、額縁の中の華やぎが伝わってきます。
ほどほどの未来を買えり達磨市 中村克子/栃木
「達磨市」に行ったことがないので、その賑わいや活気を肌で感じたことはないのですが。だるまは縁起物で、群馬県高崎市では二百年あまりに渡って達磨市が開かれているそうです。高崎だるまという伝統工芸品だとか。七転び八起きのだるま。なにが起こるかわからないこの世の中で、手に入れたいのは「ほどほどの未来」。それは決して贅沢な願いではなく、ささやかな願いなんですよね。毎年つつがなく開催される達磨市のように。
母上と丁寧に書くお年玉 青木栄子/東京都区
今更ですが東京地区が「都区」と「多摩」に分かれていることに気づきました。それだけたくさんの人が住んでいるということですね。さすが首都。
そんな大都会では、もうお年玉は電子マネーになっているのではないかと思うのですが、このお年玉はポチ袋であって欲しい。電子マネーにもメッセージはつけられますし、そこに「母上」と添えることもできますが、「丁寧に書く」とあるので手書きだと思います。親に渡すお年玉はお年賀と言うらしいですが、なんとなくそんな恭しさと慈しみを感じる句だなと思いました。
打ち寄せて返らぬ波や阪神忌 光末紀子/兵庫
「春秋余滴」に蔵田ひろしさん撮影の写真とコラムがあります。阪神・淡路大震災は、わたしが小学校に上がる年にありました。再開した幼稚園ではずっと防災頭巾をかぶっていました。余震があるたび、怖がりなクラスメイトが泣いていました。あの日部屋のアップライトピアノが倒れていたら、割れた食器を誤って踏んでしまっていたら、父が帰ってこなかったら。時々そんなことを思います。
「打ち寄せて返らぬ波」に、東北の津波も重なります。阪神忌とは阪神淡路震災忌の略称ですが、わたしはいまだにこの省略になじめずにいます。関西震災忌というのも、しっくりきません。多分、なじめないままだと思います。あの頃はなにも考えていなかったけれど、わたしは当事者で被災者だったんだな、と思います。
生きているわたしは、生きてできることをやっていくしかない。それもまた「打ち寄せて返らぬ波」なのだと思わされます。
若水やヤンバルクイナの声も汲む おおしろ建/沖縄
「若水」とは、元日の朝に年男や家の長が恵方を拝んでからくみ上げる水。手桶や柄杓は新しいものを使う、という徹底ぶりでなんともすがすがしい季語です。今時、家の長もなにもない気がしますが、誰でもいいのです。この際。邪気払いのための行いに、ヤンバルクイナの声も汲む。沖縄ならではの生き物の息づかいが、新年の清らかさと相まってなんともおめでたい一句です。
直線曲線
サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼 橋本直
「直線曲線」は、いろんな方の様々な視点がおもしろいコラムコーナーです。今回は橋本さんのスペイン旅。わたしの憧れの海外旅行ではないですか。憧れるのはかんたんで、読めば十四時間のフライト。体力勝負にもほどがある。ウクライナ戦争の影響ということもあるようです。一日も早い収束を願ってやみません。
海外は日本と季節感が異なるのではと思いますが、橋本さんのお話によると、案外に日本に近い風土だったようで。遠い異国でも日本を感じられる草花があるというのは、なんだか不思議なような、そういう縁なような。海外詠のお話もいつか読めたらいいな、と思います。
第十五回現代俳句の風
クリスマス生後七日の仔犬来る 近藤由香子/北海道
生まれたての仔犬がやってくる。クリスマスの特別感、クリスマス本来が持つ「生誕」の意味でもあたたかな光景です。生後七日とあるのでペットショップではなく、ブリーダーや知人友人の飼い犬の子どもなのでしょう。大切な一日がまぶしい一句です。
ひとりとはほんの少しの隙間風 石綿久子/東京
隙間風、寒いですよね。どれだけ部屋をあたたかくしていても、ヒューヒューとそこだけはっきりと冷たい。かすかなようで確かな存在を「ひとりとは」と言う。隙間風は基本的に「ほんの少し」だと思いますが(がっつり風が入ってきたらそれはもう隙間ではなく、開いていないか疑いたいレベル)、敢えて言葉にすることで輪郭がはっきりして、ひとりを実感します。
園児みな床に貼り付く絵双六 星野早苗/関西
のめり込むあまりべったりと床に貼り付いてしまう子。さっさと上がって退屈して寝そべっている子。目が悪いのか双六をじっと見ている子。などなど。気づけばみんな絵双六の横で這いつくばっている。そんなかわいらしい子どもの情景が、新年をきらめかせるんですね。大の字になっている子もいそう。
翌檜編(57)
ましろきシャツ 武元気
バス降りてよりの小雨の葱畑
バスを降りたら小雨が降ってきた。バス停は葱畑の前にある。素朴だけれど、雨が降ることで葱の匂いが立ちこめていくようなところが好きです。すごく匂いそう。
花散れば 越智ゆみ子
生きてゐれば逢ふつもりだと返り花
とてもドラマチックなセリフです。生きていれば逢うつもり。でも、つもりなんですよね。生きていればという言い草も、死が前提にある。だから「つもり」なのかもしれません。返ってくるのか来ないのか、なんとも言えない切なさがあります。
するりと回る 材木朱夏
短夜や手探りで取る薬箱
電気をつけなさいよ、と言いたくなりますが、そこまでじゃあないんです。短夜の独特な夜の感じ。明るいわけじゃないんだけど、真夜中という感じもない。不思議な夜です。「手探り」というところに、指先の動きを感じて好きでした。
べつの句ですが、ターレーとはなんぞやと思い調べたところ、円筒状の動力部が前方についた三輪の運搬車とありました。余計わからん、と写真を見るとどこかで見たことがあるような。あ、魚市場だ。あいつ、ターレーっていうのか。と、またひとつ賢くなった(無知なだけ?)わたしでした。
私のベトナム 富士真すみ
息白し三万ドンのフォーあまた
「ドン」とはベトナムの通貨単位のことでした。一円あたり、大体0.006ドンらしいです。「フォー」は、さすがに知っています。白い麺。おいしいですよね。そのフォーが「あまた」とは。一瞬「三万ドン」が量なのかと思いましたが、これはお金の話なので、三万ドン分のフォーがたくさん、ということになるのか。計算してみると、三万ドンは大体180円。え、安っ。さらに平麺のフォーの相場を調べると、大体200円から500円の間で、一袋500グラム。あ、多い。これは多いぞ。これが「あまた」でしたか。
寒い中、三万ドンのフォーを買って帰る。いっぱい作っておなかいっぱい食べて、いいなぁ。
新年1月号の感想でした。今年は「ちゃんと読む」を掲げていますが、ちゃんとって具体的になんだと考えたときに、まず「最初から最後まで読む」がひとつ。もうひとつは「なんとなくわからないものをわからないままにしない」かなと思い、積極的に言葉を調べてみるということをやってみたいと思います。
まあ、ここまでするのが普通だよとおっしゃる方もいらっしゃるとは思いますが、わたしにはわたしの階段というものがありますのでね。ようやくこの段まで来たな、という感じです。
基本的には好きな句の感想を書くので、そこは変わらないのですが、直感をさらに研ぎ澄ますためにも、地道にやるところはやっていこうと思う次第です。
そんなわけで、このたびもお付き合いいただきありがとうございました。入院中、Bluetoothキーボードが大活躍で万々歳です。
それではまた次回。
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