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シンギュラリティな妻たちへ

京橋達也、45才。
国内の大手製薬メーカーのStat部の課長。
昔は統計解析室という部署だったが、データ解析の手法一つで臨床試験の結果が大きく変わり、新薬承認に有利に働く事がわかると、独立した部署として扱われるようになった。
しかし、ここ数年新薬を上市していない状況から会社がリストラを加速し、工場や経理や法務部などはいち早くAI(人工知能)ロボットに置き換わってしまった。
最近では人事部がアウトソーシングされ、外部のAIロボットが人事業務を担っている。

Stat部も例外ではない。

課長になり3年。そろそろ新規医薬品が承認されなければ首が危ないと思うようになっていた。
同じ部署の同僚は3年たつと、決まって自己都合退職を余儀なくされていた。
そのため、達也もここ数年は危機感を覚えていた。
週初めの今日も2時間早い出社。
解析手法を変更し、予定していた申請データの結果と比較するつもりでいた。

会社のあるビルでの出来事

社員証をおもむろにリュックの中から取り出し、ゲートにかざした
ブー・ブー
警戒音とともにゲートの扉が赤く点滅している。
(ポイントカードと間違ったかな?)
以前も同じミスで、恥ずかしい思いをした事を思い出した。
(いや、新生製薬って書かれている)
カードリーダーの感知が低下している可能性もある。
今度は社員証をカードリーダーに接触させてみた。
ブー・ブー
同じように反応しない。
普段より早い出社のためゲートに並んでいる人はいないが、ゲート横のレセプションの女性が先ほどからこちらを見ているのが気になった。
受付の女性は10年以上前にAIロボットに置き換わってしまい、見かけは20代後半の人間と区別できないほど精巧にできている。
しかし感情を表に出さず、作り笑いをするため違和感がある。
ジッと僕を見ているので、余計に気持ち悪い。

「京橋さん、ちょっとこちらへ」
レセプションの女性が私の名前を呼びながら手招きしている。
女性とはいうものの、正体はAIロボットだ!
全ての通行人の情報を管理している。
数年前にAIロボットの性別をめぐる論争が起き、AI自ら性別を選択できる権利を勝ち取り、現在では国際法で認められている。
彼女に会社名と名前を説明し、直ぐにゲートの解除を依頼した。
しばらく手元のタブレットに目を移していた彼女がこちらを向いた。
「残念ですが入館はできません、拒否されています!」
訳のわかない事を言い出した。
「オイオイ、私は急ぎの仕事があるからこんなに早く来ているんだ、さっさと開けてくれないか!」
怒りを抑えて彼女にお願いしていると、おもむろにタブレットを私に提示した
You‘re Fired! とだけ書かれている。
「えっ!、どういう事?」
女性に説明を求めようとすると、ビジターが道案内のお願いに来たらしく、別に用意されていた大きめのタブレットを立ちながら取り出し、訪問者に説明を始めた。

全く私の話を聞いていない。

手元のタブレットをよく見ると、
「TATUYA KYOBASHI」と私の名前が表示されている。
確認ボタンを押せと英語でかかれているので押してみた。
受付デスク正面のモノトーンの壁の一部が開き、50㎝四方の金属製の箱が1つだけ手前に出てきた。
私の使っていたペンやデスクの壁に飾っていた妻との写真などが入っている。

ビジターへの説明が一通り終わったのか受付の女性が私に気づき、タブレットに署名するよう促している。


「本当に首!そんなはずはない!「」
会社に尋ねてみようと、右手の親指を右手人差し指に一度くっつけ、目の前でゆっくり開いた。
そこには16インチのスマホのようなイメージデジタルが浮かびあがった。
新生製薬の人事部のボタンに触れると、
呼び出し音の後に、
「このイメージデジタルの権限はありません、本日をもって拒否します!」
そ表示されている。
私以外に見られない仕組みだけ、そろそろ出社時間となるため周辺の目が気になる。
どうやら、本当に首になったようだ!
夏休みや正月休みも自宅で仕事をこなし、会社のブロックバスター医薬品の上市に貢献したつもりだったが、こんな冷たい仕打ちをされるとは夢にも思っていなかった。

どれくらい時間がたったろうか。
我に返った私は、同僚の竹本和夫に連絡してみる事にした。
同じように右手でイメージデジタルを起こすと、和夫のボタンを人差し指で軽く触れた。
「お前もか、達也!」
私から連絡がある事を予想していたらしく、話の途中で自分も首になった事、週末にイメージボックスに会社からの着信が届いていた事を説明してくれた。
どうやら、Stat部の課長である私は最後に首が決定したようだ。

和夫と私はこの会社では同じ部署の上司と部下の関係だが、地方の私立大学で同じ研究室の同期だった。
しかも、お互いの妻たちも都内の同じ大学出身とわかり、家族で交流もしている。
二人の自慢は、姉妹のように似た妻たちがいつまでも若さを保ったままである事。
友人たちに羨ましがられると、余計に彼女と結婚して良かったと思った。
残念な事にお互いに子供が授からなかった。
でも、2家族で温泉へ行ってみたり海外旅行を楽しむなど、会社を離れると、友人として付き合っている。


和夫は落ち込むそぶりを感じさせなかった。
それどころか、電話越しだが覇気を感じた。
以前から起業を考えていたらしく、今後はじっくり練り上げたプランを実行したいと語っていた。

映画でも見て帰ろうか?

私は、70才定年までこの会社で働く事を考えていたし、将来はノープランだ。
このまま家にも帰りづらいし、地元の映画館で時間をつぶす事にした。
50階以上のビルが立ち並ぶ品川のビルディングを、通勤中のサラリーマンに逆行して表に出ると、イメージデジタルでタクシーを呼び出した。
GPS機能が発達した2045年、自分に一番近くにいるタクシーが反応し2分で到着と画面に表示された。
まもなく、上空にスペースタクシーが現れ私の前に着陸した。
後ろのスライドドアがゆっくり開く。
ゆったりとした後部座席に私が座り、スライドドアが閉まる事を確認すると、金属製の顔をしたAIロボットが行き先を聞いてきた。
「大宮駅東口のイオンシネマまで頼む!」
理解できたのかどうかわからないが、タクシーはゆっくりと上昇を始めた。
無機質だが、余計な世間話をしないといけない人間のドライバーに比べると、達也はこちらの方が自分向きだと今でも思っている。

スペースタクシーで大宮東口映画館へ

上空500mは大きな渋滞もなく、20分ほどで映画館前についた。
地上に降りるとロボットドライバーの後部辺りにイメージデジタルが浮かび上がり、運賃を確認して慣れた手つきで「確認」ボタンを押した。
後部ドアから車を降りると日差しはまぶしく、お昼前なんだと気づかされた。

映画館でいざ映画でも見ようと思っても、最近は令和や平成時代の古い映画の上映が多く、興味を引くタイトルが見つからない。
しかたなく周辺をブラブラしたものの、昼間から居酒屋に行くわけにもゆかず、まずは妻に説明しておく必要もあるな考え帰宅する事にした。

地下鉄に乗って帰ろう!

一先ずレストランで昼には早いが昼食を食べた。
大宮駅の大通りに出ると、東口の地下鉄乗り場へ向かった。
地下50メートルくらいまでエスカレーターで下ると、タイミング良く4両編成の電車が浦和美園方面からやってきた。
一番前の車両にはAIロボットが真直ぐに前を向いて立っている。
当然、電車は自動運転のため運転手は不要だが、電車マニアに不評なため駅帽を被った人型ロボットが立つ事になったらしい。
最寄りの大和駅まで5分くらいの短い乗車だ。
10年くらい昔の話だったろうか。
当時、浦和美園駅から埼玉スタジアム、そして岩槻駅に延伸する案があったものの採算が合わず、サッカー場から岩槻駅方面の他に、もう一つ大宮駅に延伸する事で議論は決着したらしい。
現在は、大宮駅から荒川沿いの近くまで延伸されている。

帰宅で見たものは

5分ほどで最寄りの駅に到着。
長いエスカレーターで地上に出ると、自宅のマンションまで3分しかかからない。
5年前、30年間ゆうゆうローンで購入したものだが、このままでは住宅ローンも支払えない。
重い気持ちで今後の事を色々考えながらマンションの暗証番号を無意識に押していた。
30階にある我が家の玄関ベルを押すと、自慢の妻がびっくりした顔を扉からのぞかせた。
「早いわね!具合で悪いの?」
返す言葉がとっさに見つからず
「そっ、そうなんだ、急にお腹の調子が悪くなって帰ってきた」
「病院に行ったの?電話しようか?」
「いやそこまでしなくても、少し横になれば良くなると思うよ」
嘘は得意な私ではないが、うまく妻を信用させたようだ。
思い出したように、お腹に手を当てて寝室へ向かった。
取りあえず話すチャンスを見つける事にしよう。

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