(短編小説)捨てる
その女は、捨てるものを探していた。
いろいろなものを捨ててきた。
小学生の頃から書いていた日記。
友達よりもいじめっ子がたくさん載っている卒業アルバム。
勇気を出して投稿したけど、最低の評価しかもらえずに送り返された自作マンガの原稿。
初めて自分のお小遣いで買ったお気に入りのワンピース。(家族に『バカみたいな服着てる』と酷評され、泣きながら燃えるゴミの袋に入れた)
相手にもされなかった初恋。
上手くいかない仕事。
定期的に、廃棄業者のように、
誰にも強制されることなく、
何かを捨て続けてきた。
でも、まだ足りない。
まだまだ捨てなくてはいけない。
でも、何を?
黙々と捨てるべきものを探す。
本棚の中身は全て出した。
引き出しの中身を床にぶちまけた。
クローゼットの中身を全部取り出した。
見つからない。
捨てるべきものが見つからない。
いや、あるはずだ、
どこかに、必ず。
棚の上からダンボール箱を降ろそうとした。
腰痛で思わず手の力を緩めてしまった。
床に落ちる箱。
逆さになった箱からはみ出している何か。
写真だ。
家族が、自分が写っている。
それを見た瞬間、
女の目に、怒りの火が灯った。
捨てるべきなのは、こいつらだ。
破かれた写真の破片が、
天井近くまで舞い上がる。
こいつらが憎い。
こいつらが嫌い。
早く死ねばいい。
いなくなればいい。
床に散らばった紙切れの中で、
女は荒い息をしていた。
落ち着いてきたころに、ふと、
窓から見えた夕映え。
部屋に染み渡る静けさ。
そこに存在するのは、
ただ一人、自分だけ。
女は静かに泣き始めた。
本当に捨てたかったのは、
こんなに醜くて、弱い、
自分自身だったんだ。
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