見出し画像

初稿の連載小説「もっと遠くへ」1-1

あらすじ
先日二十五歳になった男は、とある喫茶店で小説を書いていた。
彼は、いつも窓から行き交う人をただ眺めていた。
誰かを待っているのか、そうでないか。
それは、彼にも分からない。
喫茶店に通い始めて二か月が経ったある日。店主が男の小説を読むことに。
そこに綴られていたものとは・・・
「待ち人」を軸に男の人生を描く。初の中編作品。


まえがき


まだ、二十五というのに、青山や表参道にあるような洒落た喫茶店(カフェと呼ぶべきだろうか)に全く興味がない。

どちらかといえば、新宿や神田や高円寺といった町で昔から同じ店主が営んでいるジュン喫茶というものに憧れてしまう。

もちろん煙草を嗜むというのもひとつの大きな理由ではあるのだが(洒落た喫茶店は禁煙が多い)それよりも、はっきり言ってここの匂いが好きだ。

ソファーに沁みついた煙草の匂い。
ナポリタンやハンバーグのソースがこびりつき、虫食いのようになったメニュー表。

席と席を区切るために設置された観葉植物。

蓮の花が描かれたステンドガラスの小窓。

今はあまり姿を見なくなったピンク電話。

そして、店内に流れるソウルミュージック。

と言っても、流れる曲のほとんどを僕は知らない。この店に通い始めの頃、店主に一度聞いたことがあったが、70年代の、というところだけしか記憶にない。

この年代の男が、ジュン喫茶に来て、一杯、四百円のブレンドコーヒーを頼む。まあそこまではいい。ただ、

「この曲は誰のなんて曲ですか」

と聞いたところで、店主からしたら、「ツウ」になろうと頑張って背伸びしている若者にしか見えていないんじゃないかと思えてしまう。

もちろんそこで、コン・ファンク・シャンや、カーティス・メイフィールドの名前が出てくれば、

「若いのによく知ってるね」

と、少しばかりは皿を拭く手を止めて、話に花が咲くのかもしれないが、僕の場合、それはない。

それ以来、僕たちは音楽の話はおろか、お互いを干渉することはなくなってしまった。

こういうお店のカウンター席には常連が集う。

まさに今も、年の頃70ほどで店主もそれと近いのだろう、この曲を「懐かしいな」と、店主とその時代を思い出し、耽っているように見える。

少し前に運ばれてきたブレンドコーヒーからは
湯気を確認することができなくなっていた。

適温になった(猫舌の僕にはちょうどいい)コーヒーを一口すすり、隣の座席に置いたカバンから原稿用紙を取り出す。

これが僕の日課だ。
ここへ来る目的とでも言うのだろうか。
ここへ来る客は様々な目的を持っている。

表参道の喫茶店に集う客の目的は精々、写真を撮る事と、優越感に浸る事くらいだろう。

もちろん、そんな場所で原稿用紙など広げた時には、周りからの冷たく尖った視線を浴びるに違いない。

         ***

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?