第37話 消せない願いを迷妄と呼ぶ

 語り得ないものには沈黙する他ない。いや、沈黙するべきだ。
 そんな言葉がある。
 だから私は、君を書くべきじゃない。
 例えば美味しいものを食べた時、美味しいという言葉が美味しいという感覚を起こすことは無い。どれだけ上手な食レポも、美味しそうと思わせるだけで美味しいとは思わせられない。
 痛いという言葉が、同等の痛みを引き起こしてくれることも無い。
 君が、私の知っている君が、どれだけ尊い存在か。私がどれだけ君を強く痛いほど想っているのか。
 私の言葉は、君という存在も、私の心も上滑りしていく。私がどれだけ言葉を尽くそうと、私の気持ちも君も、誰にも一ミリも伝わらない。それどころか、言葉というものはどこまでも特別を一般化していく。私の君が、どんどん陳腐になっていく。どこにでもあるような、つまらない恋愛小説みたいだ。
 だから私は、君を書くべきじゃない。
 それでも私は、君を書く。
 わかって。

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