居着く

1 「居着く」という武道用語がある。私は古流柔術を15年近く稽古したが、正直に告白するとこの言葉の意味がよく分からなかった。
 「居着いてはいけない」というフレーズは何度か耳にした記憶があるが、それは私が稽古していた会派での話ではない。
 参考までに「居着く」という言葉について調べてみたが、目に見える身体動作の側面を捉えて語る人もいれば、心理的な側面に目を向けて語る人もいて、その意味するところは語り手によって千差万別と言っていい。極論すれば、「居着く」という言葉が先にあって、後代の人がそれぞれの修練度に応じて、勝手に内容を盛っているという印象すら受ける(注1)。

注1)「居着く」について最大公約数的な考え方を述べられているブログを紹介する。


 本稿では、以下「居着く」という言葉について、「足が止まって動けない状態」の意味で用いる。

2 かつてウチの道場に自称「競技柔術が大好きな」先達がいた。後輩を捕まえては、自分のグループに勧誘し、道場内道場というか、セクトを作って、インストラクターの先生や他の一般会員の人々に掛かる迷惑を顧みず、道場のメニューを無視して競技用の練習をしていた。
 彼の弟子?というか、道場内で私の後輩にあたる会員がスパーしていると、いっぱしのコーチを気取って、横合いから色々と指示を出していたのだが、その後輩がサイドコントロール下に置かれると「居着くな!」という謎のアドバイスを送っていた。
 その先達が「居着くな!」という言葉に込めたメッセージを私は理解する事が出来なかったが、「とりあえず動け!」という事なら、最悪の指示だと私は思う。

 先日行われた試合の際、会場で行われた白帯の人達の試合を眺めていると、マウントを取られた人にセコンドが「とりあえず動け!」と声を張り上げている姿を二度目にした。
 「とりあえず、生!」じゃないのだから、相手にマウントを取られて「とりあえず動け」ば事態は好転するのだろうか?私の経験上、悪いポジション、つまり、マウント・バック・サイドコントロール下において闇雲に動けば、十中八九こちらがタップを取られるか、少なくとも、より悪いポジションに移行され、事態は悪化するばかりである。
 案の定、私が見た2試合ともマウントを取られた人は、「とりあえず動」いた結果として、一本負けしていた。

 冒頭でも述べたように武道用語としての「居着き」について私は何かを語る事が出来ないが、BJJにおいて「居着くな!」とか「とりあえず動け!」という発想は、間違っていると断言できる。

 私が今サイドコントロール下に置かれたとしよう。私であれば、ます相手の腰に腕のフレームを入れ、反対の腕で(首を抱えるオーバーフックにするか、脇の下からアンダーフックを取るかは状況によるが)相手にコネクションを作る。そうした最低限の「フレームディフェンス」の形を作ったら、あとは相手がマウントに移行するか、サブミッションを仕掛けてくる際のミスを待つ。
 運よく相手がミスしてくれたら、そこで始めて「エスケープ」に移る。「フレームディフェンス」さえ出来ていれば、技量やフィジカルに相当の差が無い限り、そう簡単にやられる事はない。
 反対に、こちらから闇雲に動けば、重力を味方に付けたトップの方が圧倒的に有利なのだから、動けば動いた分だけこちらは疲れてしまい。相手にその疲れやミスを突かれてしまうだろう。

3 BJJにおいて、サイドコントロール下で相手のミスを待って動かない状態は 「足が止まって動けない状態」という意味での「居着き」とは全く別物である。「動けない」のではなく、あえて「動かない」のである。

 もしかすると、「居着くな!」「とりあえず動け!」という指示には「動いて展開を作れ」という意図があるのかもしれない。ただ、悪いポジションにおいて、自分から「動いて展開を作」る事が出来るとしたら、それは相手より自分の方が体格やフィジカルにおいて圧倒的に優っている時だけである。そうした相手と自分との差を考えず、「居着くな!」「とりあえず動け!」と檄を飛ばすことは、指示として間違っているだけでなく、指示通り動いてより状況が悪化した場合についての見通しが全くないという意味で、無責任だと思う(指示を受けた側の試合結果に対しても、まして怪我でもしたら猶更である)。

 「居着くな!」という指示を出すのであれば、「パスガード」されて抑え込まれた後ではなく、「ガードリテンション(リカバリー)」の段階で「足を止めるな!」という意味で発すべきだと思う。
 
 確かに、同じ帯。同じ年齢。同じ体重で勝敗を争う競技柔術の場合、最後にモノを言うのはスキルよりも「5分間でどれだけオールアウト出来るか?」という意味で、フィジカルだと思う。
 その意味で、フィジカルのない私が競技柔術に勝てないのは当然だと思うし、競技実績のある人が私を「口だけ柔術」と揶揄したとしても反論は出来ない。
 この点において、「居着くな!」という謎の指示を出した先達は、私の事を「口だけ柔術」と言ってバカにしていたが、当の本人が公式試合で結果が出ずに試合に出なくなり、彼本人が「口先柔術」になって、道場に「居着く」事が出来ずにその後消えてしまった。
 彼は「居着き」という言葉の意味を本当に理解して使っていたのだろうか?と疑問に思う今日この頃である。

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