人の褌で相撲を取る


1 最近プログラップリングの試合で、BJJの選手とMMAファイターの試合が組まれるケースをしばしば見掛ける。そうした試合の結果だけを見ると、ほぼ全ての試合でBJJの選手がMMAファイターに勝利している。では、BJJはMMAよりも強いと言えるのだろうか?そんなはずはあるまい。
 もしBJJはMMAよりも強いという事を証明したければ、BJJの選手はMMAファイターと(グラップリングマッチ以外に)MMAルールでも戦って勝利しなければならない。

 MMAは、グラップリングだけでなく、打撃やケージレスリングを含めた様々な技術の組み合わせで成り立っている(だから、mixed martial artsと呼ばれる)。だから、MMAファイターはグラップリング・打撃・ケージレスリング等の各種技術を満遍なく練習しているはずである。練習量の差が強さに直結するという点を考えれば、グラップリングの練習だけしていればいいBJJの選手の方が、グラップリングマッチにおいてはMMAファイターよりも圧倒的に有利なはずである。

 BJJのトップ選手がMMAルールで戦った試合と言えば、私は真っ先に次の試合が頭に浮かぶ。


 この試合で、対戦相手がどれくらい強い選手なのかは私には分からない。ただ、マルセロ・ガルシアがこの当時(ホジャー・グレイシーと並んで)最強の柔術家だった事は否定できないだろう。

2 BJJは他の格闘技より上とか優れているという事を論じたがる人が稀にいるが、そういう幻想を個人として抱くのは構わないとしても、それを他人に吹聴するのはやめてほしい。

 柔道とBJJの違いを例に取って考えてみよう。
 背負投を仕掛けて、相手に潰されてしまったとする。柔道であれば、そのまま亀の状態で数秒間相手のアタックを凌いでいれば、審判が「待て」を宣告して試合は振り出しに戻る。これに対し、BJJでは亀になっても審判は試合を止めてくれない。背負って投げても2点しか入らないし、失敗してバックを取られれば4点を取られた上に、相手からのサブミッションをディフェンスして、バックからエスケープ出来なければ、ほぼ一方的な展開のまま試合は終わってしまう。だから、BJJで背負投を使う人はまずいない(背負投は難易度が非常に高く、その習得に相当な時間がかかるという理由も挙げられるだろう)。
 BJJの起源が柔道にあるにも関わらず、同じ背負投を取り上げてみても、ルールが違うだけでこれほどまでに扱いが変わってくる。

 以上の話は「ルールが違えば、それに応じて求められる強さが変わる」という事の一例に過ぎないが、次の試合もそのひとつである。


 小室先生が柔道の強化のためにBJJに取り組んでおられた時代の試合動画であるが、あくまでも柔道家としてBJJの試合に臨んだ小室先生にマルコス・ソウザが勝ったからと言って、BJJが柔道より強い事の証明にはならないだろう。小室先生がどれだけマルコス・ソウザを投げても一本にならないから投げ技を封じられたに等しく、小室先生は「(柔道では禁止技である)足関節はやらない」と宣言してマットに上がり、両者の間にある体重差を考えると、マルコス・ソウザがこの試合で勝ったのは当然と言っていい(況やPEDにおいておや)。

 「試し合い」としてBJJのマットに上がった小室先生を「甘い」とか「BJJを舐めるな」と非難する事は可能かもしれないが、この試合で明らかになったのは、マルコス・ソウザが小室先生より「BJJが強い」という事実だけである。

3 ONEのグラップリングマッチや2で紹介した小室先生の試合の扱われ方を見ていると、BJJが自分に圧倒的に有利なルールで異種格闘技戦をしかけ、他の格闘スポーツないし武術で知名度のある選手を利用して、BJJの価値を上げようとしている構図が見て取れる。
 素人は「勝ち負け」という結果だけで物事を見るから(それは仕方がない)、ONEのグラップリング部門を盛り上げようと思うなら、所属の選手に他の格闘スポーツで知名度のある選手に勝ち続けさせるのが興行的にも手っ取り早いのだろう。
 だが、それは他の格闘スポーツに対して全く敬意を払っていない失礼な態度だと私は思うし、観客の「グラップリング」を見る目を育てる事に繋がらないから、そうしたマッチメイクが短期的な集客に役立つことはあっても、そうした「人の褌で相撲を取る」ようなやり方は、遠からず観客から飽きられると思う。


 サンボの世界王者を引っぱり出して、マイキーやルオトロがグラップリングマッチで勝つのは当たり前である。
 私個人としてはノーギとギの別なく稽古しているが、ギないしジャケットマッチしかやった事の無い人がノーギ・グラップリングを始めて練習した時は相当面食らうはずである。まして、サンボはギを掴むことを前提とした技術がその多くを占めているし、ルール上「抑え込みがとけてしまえば(次の攻撃に移らない限り)」スタンドの状態からの再開になる(注1)ので、BJJのように試合終了まで延々とグラウンドの展開が続くという事は想定されていない。柔道と同様にサンボもBJJとは全く異なるルールで実施される競技なので、サンボの世界王者であっても、そのままでは「ルールの異なる」BJJの試合やグラップリングマッチに勝てるはずがない。

注1)https://www.japan-sambo.com/pdf/general_rule.pdf

 逆もまたしかりで、ヒクソンも若い時にサンボの大会に出て負けている。

4 BJJが他の格闘技で知名度のある選手を自分達に有利なルールを設定した場に引きずり込んで勝ちを重ねる姿を見ていると、BJJはやはり相当マニアックなマイナースポーツなのだろうと思う。だからこそ、対戦相手の知名度を利用してでも、スポーツとしての認知度や格を上げることに躍起になっているのかもしれない。

  私も若い頃にこの試合を見て、「ホイスは凄い!」と思ったが、今考えると曙は畑違いのMMAに引きずり出されて、綱の価値を利用するだけ利用されて捨てられたわけだから、ひどい話だと思う。

 BJJがマイナースポーツならマイナースポーツでいいじゃないか。グラップリングマッチひとつとっても、WNOのように観客の見る目を育てるような試合を組み続ける方がジャンルとして発展するだろうし、MMAファイターをグラップリングマッチに上げるのであれば、来月行われるGSP(ジョルジュ・サン・ピエール)の試合〔下の記事を読む限り延期されてしまったようだ〕のようにMMAでグラップリング「も」強い選手同士の試合にした方が内容的にもずっと見ごたえのある試合になるはずである。
 


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