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#14 おじさん鍋をする

おじさんは北の生まれなので、当然魚が好物である。
北の民は古くから、生まれてはイクラの産湯に浸かり、幼少期には海で泳ぎながら魚を丸呑みして成長、青年期ともなると河川でヒグマと戦いながら遡上してくる鮭を鉤爪で仕留めてきた。長い歴史の中で数多くの命が失われてきた。

そのおじさんもすっかり肉塊になり、法整備が進んだ影響で漁業権こそヒグマと現地自治体に譲ったものの、現在でも魚を捌いて食べるくらいには好きである。魚食の歴史が長い日本では数多くの伝統的な魚料理があり、肉料理に対してパワーこそ劣るものの芸の多彩さや季節性では先んじていると言えよう。

しかしながら最近の魚は高い。かつてメートル級のマダラが1500円で売られていた時代とは大違いである。鮭の切身は一切れ50円で手に入ったし、型の劣るサンマなぞ1尾29円とかで売っていた。物価高と同時に漁業資源の限界である。人間は増えすぎた。おじさんはおじさん故に魚は肉よりも安価であるという古い常識を払拭できないままおじさんになってしまったので、このギャップには戸惑うばかりである。マンガ表現的には「寂しい食卓」のステロタイプおかずといえばメザシであったが、令和ではメザシがメインなら違和感が残る。そもそも貧困が過ぎると自炊すら贅沢になるという。

なので魚を買うときには思い切りがいる。切り身パックをむんずと引っ掴み「えいや」と買い物かごに放り込む度胸である。おじさんのスーパーコンピュータはあらゆる食品を買うときにグラム単価を計算してしまうパッシブスキルがあり、ときには不便である。グラム単価128円の魚はあきらかに安いほうだと認識できているはずが、横目に精肉コーナーの豚バラブロックグラム88円がちらつく。決して同類だからではない。鶏肉も買うし。

いっそ体制に反抗するために河川に飛び込んでヒグマと戦おうかと思ったが、鮭漁の時期はとうに過ぎ去り川面は凍結していた。マイナス20℃の世界では冷水から上がった瞬間に全身の水分が凍りつき、皮膚が裂け爆発する。危なかった。強靭な皮下脂肪がなければ即死だった。

冷えた体を温めるためにおじさんは鍋を煮た。

おじさんの鱈ちり


左上迫真の龍角散が光る

材料(2食分)

タラ切り身    300g
白菜       四半分
焼き豆腐     0.5丁
長ネギ      1本
白滝       1パック
きのこ類     自由

昆布だし     500~600cc
塩        少々
ポン酢醤油    適宜

作り方

1.白菜はざく切りして鍋に敷き詰め、上に焼き豆腐、白滝、タラ、ほぐしたきのこ類、長ネギは斜め切りにして並べる。
2.昆布だしをひたひたに加え、蓋をして中弱火で10~20分グツグツと煮る。煮上がったら味を見ながら塩で味を調える。
3.取り分け、ポン酢醤油をかけて食べる。

※うどんよりも雑炊が似合う。


鱈ちりについて

北の鍋といえば石狩鍋と鱈ちりである。石狩鍋は鮭の脂の旨さと根菜の力強さが魅力だが、鱈ちりはその軽さとまさに「いくらでも食べられる」と言ってしまう安心感がある。こってり味噌ラーメンとあっさり塩ラーメンの違いにも似ている。

鱈は魚へんに雪と書くように、淡雪のような口溶けが特徴である。口に入れるとほろほろと崩れる舌触りはなかなか他にない。これが鍋料理と非常に相性がよく、出汁と一緒に啜るように食べると抜群にうまい。おじさんは好みではないし今回は切り身を買ったので入れなかったが、鱈ちりの主役は濃厚な白子だという人間もいる。我が家では白子は天ぷらにするのが常だった。おじさんは姉上に譲っていた。姉上はおじさんと対象的に淡白なものが苦手で、体型は痩せすぎである。

タラ類は北においてはかなり安価な部類の魚である。グラム単価100円を超えることはまずないし、季節に数回は鮮魚売り場に丸々横たわっている姿を見る。かつてより値上がりしたとはいえ、一般家庭で買って困るような魚でもない。
メリットは何と言ってもアラや中骨、胃やレバーから出汁が取れること。これは黄金色をしていてうっすらと脂が浮き、滋味と呼ぶにふさわしい足腰のしっかりした味が出る。味噌汁にすると一味唐辛子が抜群に合う。
デメリットは量が多すぎることで、冷蔵庫に付属した冷凍庫などは一瞬で埋め尽くしてしまう量の肉が取れる。自動的に捨てる内臓やヒレなどの生ゴミも相応の量になる。この時期はゴミ袋に入れて玄関に出しておけば凍りつくので匂いの心配はないが、行儀の良い行為とは言えないので客は呼べなくなる。

その点、スケソウダラ(スケトウダラとも)は助かる。これは小型のタラで、北ではアホみたいに穫れる。何を隠そう明太子の親であり福岡県民の弱みを握っているも同然である。全国的にはタラ干物として知られており、これはかつて冷蔵・冷凍技術が発展途上だった時代に穫れまくるタラを保存する手段だったと言われる。身質はマダラとそう変わらず値段は少し安い。小型なので1食分にちょうどよいのがことさらに良い。

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