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#17 おじさん煮込まれる

おじさんはおじさん故に風呂が好きである。巷ではぬるめの温度で長時間浸かるのが健康に良いとされているが、おじさんはやはり42℃くらい熱い湯に肩まで浸かりたい。欲を言えば44℃だが、脳の血管が爆発して死にたくないので控える。これを「湯通し」という。

同時に長湯も好きである。ペットボトルの水を持ち込んでじっくり浸かるのはこの上ない贅沢で、ひどいときは本まで持ち込む。かつて京極夏彦を持ち込み、面白すぎて4時間出られなかった事がある。追い焚きがなかったので危ないところだった。京極夏彦が凍死リスクになるとは思ってもみなかった。以降も懲りずに1~2時間ほどゆっくりと長湯することはままあった。これを「煮込む」という。

ここひと月ほどは肥満など健康上の理由と冬季燃料費を抑える目的であまり煮込まれていないおじさんだが、よく煮込まれてから少し冷たい布団でぐっすりと眠ると翌日非常に調子が良いので、これも健康のためと若干アクロバティックな言い訳をしながら長湯する。

ピカピカに掃除した湯船に熱い湯をドドドと流し込むのはどこか罪悪感に由来する恍惚がある。こんなに水を使っていいのかと、ここ15年ほど執拗にメディアに刷り込まれた「エコ」という概念が猛烈に抗議してくる。エコの始末の悪いところは、「エコだから」といえば紋所のように相手が黙ると思い上がっているところだ。なめんな。おじさんは衛生面と伝統、シャワーよりトータルではエコ、浴槽に浸かる健康効果など過剰防衛気味の武器を携えてエコによる抗議活動をボコボコに武力制圧する。思い上がるな。おじさんはこれから自分を煮込むのだ。健康のためにな。


日課(強制)の雪かき後、ヒートショックを防ぐためにボケラと緩みながら本なぞ読んでいるとだんだん入浴が億劫になってくる。人間はなぜ入浴直前になると全てが嫌になってしまうのか。その秘密を探るべくアマゾンへ向かおうとしたがより汚れるのでやめておいた。おじさんは賢明だった。汗を流してさっぱりしたいし、沸かしたての一番風呂というのは格別の快感がある。おじさんも大人なので尻に生えた根を切って全裸になり風呂場へ躍り込んだ。

全身をよく洗ってから湯船に浸かる。いくつになっても変な声が出る。湯を張ったばかりの「さら湯」はあまり体に良くないという。「年寄は一番風呂に入れるな」という教訓があるのだが、ただの湯は刺激が強く浸透圧によってミネラルが奪われてしまうので、体力ある若者が先に入ってミネラル分が溶けた湯のほうが体への負担が小さいらしい。バスソルトや入浴剤にも同様の効果があり、たんなる美肌や気分をよくするためだけの道具ではないそうだ。おじさんは肌質の関係であまり使えないが、おじいさんではないので大丈夫。さら湯大好きである。

長湯すると筋肉が弛緩し疲労が湯に溶けていくような気分で、一度入ってしまうと湯船から出たくなくなる。あんなに億劫だったのに。入浴前と入浴中で人格が替わっているとしか思えない。謎を解き明かすためアマゾンに向かおうかと思ったが湯船から出たくないのでやめておいた。おじさんは怠惰だった。

小学生の時分だったと思うが、世界には湯船に浸からない文化のほうが多くて驚いた記憶がある。こんなに気持ちがいいものを文化に持たないのは不幸だと子供らしい傲慢さで考えていた。今は中年の傲慢さで同じことを思っている。ローマ人も入浴していたのだから入浴できない道理はなかろうに。もちろん、文化的・歴史的障壁があることは知っている。しかしそれを考慮して主張を変えるほど殊勝ではない。韻を踏んでしまった。脳が煮えているのだろうか。

おじさんはおじさんゆえ短髪なので、髪を乾かすために時間を費やす必要はない。全裸のまま全身から湯気を立ち上らせながら「これがボクのチカラ……?」と漫画ごっこをしてから湯冷めしないうちにズバッと服を着て極楽気分を保温する。冬の煮込みは最高だ。

ホカホカに温まった体を速やかに布団に滑り込ませると最高に気持ちがいい。目覚ましをセットして睡眠用BGMを決めたら、あとはぐでりと横たわるばかりである。


入浴前におじさんは梅干しを叩く。


おじさんのエリンギ梅かつお和え


年季はいったタッパで申し訳ない

材料(2食分)

エリンギ  1~2パック
梅干し   4~6個
鰹節    1パック
ポン酢醤油 大さじ2


作り方

1.エリンギを縦に裂き、3~5cm幅に切り、酒を振って600Wで2~3分加熱する。
2.梅干しは種を抜いて叩きペーストにする。
3.エリンギに梅干しペースト、ポン酢醤油、鰹節を加えて混ぜ合わせる。よく冷やしていただく。

※エリンギの生食は食中毒の危険があるのでよく加熱すること。


エリンギ梅かつお和えについて


きのこは素敵だ。昔から好きだ。味や香りどうこうではなく、その佇まいや有様が。木ノ子が転じただけあって根の陰にひっそりと座る姿は森の静けさを象徴するかのよう。植物質を分解し子実体を伸ばし胞子で増える様はなんともユーモラスでかわいらしい。

食材としては低カロリー、ビタミンミネラル食物繊維豊富、旨みが強くダシ材としても優秀と非の打ち所がない。低カロリーすぎて遭難時は逆に食べないほうがいいらしい(消化にエネルギーを使うのを防ぐため)。細菌は菌活という言葉もあってきのこ全体の地位が上がっているような気もする。

きのこは色々な味付けが合うが、梅味のすっぱい副菜が非常に美味しい。こういう味が1つあるだけで食卓にぐっと立体感が出る。今回はエリンギだがしめじもいい。夏にはこれと冷やしそば・うどんをセットにすると堪えられない。夏の唯一の楽しみである。

今度はきのこご飯でも炊こうか。筍も入れたいな。


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