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4:フィクションノンフィクション 選ばれない者の意地を見せろ


意識を高く持ち続けることが出来る人が羨ましい。子供の頃から飽きっぽく、何かを継続することがとても苦手だった。朝顔の観察も、先生との日々の連絡帳も、ラジオ体操のシールを集めることも。社会人になった今でも、残念ながら根幹は変わらない。シールは集められなくても生きていけるが、この性格は社会人として好ましくないだろう。
この春、同期が本社に異動となった。人事部の採用グループ。入社してまもない頃、彼と研修所に居た時から志望していた部署だった。営業職から、一部上場企業の本社でかつ希望の部署にいく彼は、並々ならぬ努力をしたのだろう。彼は人柄がよく、誰に対してもフラットで、とっつきやすい笑顔が印象的だった。そんな彼はもちろん人気者で、ムードメーカーとして存在感があったが、自分は彼に野心を感じていた。彼はその日の気づきや研修で学んだことを必ずメモしていた。同期の何人かでオンラインセミナーや異業種交流会に参加したり、新入社員のイベントを自分で企画していたこともあった。研修担当や人事部の上司に媚を売る同期が多い中、熱っぽく何かを議論している姿を見たこともある。人と話すことで、自分は成長出来るから。と彼はよく言っていた。

同じ会社の同じ職種で、彼と自分とは性格が違い過ぎていたが、彼と話すことは楽しかった。研修が終わり、営業職としての配属先が離れてしまってからはめっきり疎遠になっていたが、お祝いの一報くらい入れたいと思った。
簡素なメッセージを送ったが、彼からは直ぐに返信がきて、自分も優秀なのだから異動を目指して挑戦した方がいい。東京に来ることがあれば是非会おう、あとこの夏にパパになる、と書いてあった。社交辞令だろうが、彼は仕事も家庭も絵に書いたように順調のようだ。大袈裟にリアクションをするのは違う気がして、おめでとう、頑張れよとだけ返信した。

午前中はぼんやりとしてしまったが、午後適当に営業をして、車内で日報を入力した。成果はほとんどないが、小さな事柄を良さそうな内容に膨らまして報告することは慣れている。余程できる営業マンでない限り、会社が求める活動をすることが重要だ。計画が達成できない者が多い中、評価を分けるのは自分を守る活動で、過去の栄光を元に独自のノウハウを振りかざすベテランは正直お荷物だろう。会社と同じ方向を見ている忠誠心と、瞬く間に要求が変わる活動目標に二つ返事で対応出来る柔軟性があればいい。自分が10年の営業経験で身につけたものは、小手先のテクニックなのかもしれない。思わず同期と比較してしまうが、慣れた仕事はさっさと終えることは出来る。乱暴にパソコンを閉じると、まだ明るいうちに家へ車を走らせた。


その夜飲みながら考えた。夢を追い続けることが出来る人は、現実をこなし続ける人がいてこそだよな、と。例えば同期全員が人事部を希望したらどうだろう。切磋琢磨して、皆で向上して、とはならない気がする。転職する人、他社に引き抜かれる人も増えるだろう。与えられた場所で与えられた責務を果たす人がいてこそ、一部の人間が夢を追えるんだろう。
酔った頭ではあるが、そう考えたら気持ちが良くなってきた。同期の彼を思う。彼の夢がかなったことの一助になっているくらいに感じていた。自分は夢もなく、ただ毎日をこなすだけかと思うと、まだ焦燥感に似た感情が湧き上がってくる。それでも現状には大きな不満もないし、こっちはこっちでやっていくわ、と彼に言いたかった。久々に自分を褒めてやりたい気持ちになっていた。

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