デリーでホームステイ③ ラージーの家 

ラージーの家の玄関では、彼のお母さんが出迎えてくれた。日本語はもちろん英語も話さない彼女は、優しそうな笑顔で、これから泊まらせてくれる部屋に案内してくれた。
部屋の隅に一台のベッドが置いてある、こじんまりとした部屋だった。蛍光灯がチカチカとたまに明滅する事が少し気になったが、それ以外は何も問題はなかった。
白い部屋の壁には蚊が何匹もいたが、気にせず旅の疲れに身を任せて横になった。マラリアの予防注射は打っていなかったので、誰もマラリアを持っていませんように、と祈って眠りについた。

次の日の朝、ラージーのお母さんがチャイを淹れて部屋に運んできてくれた。両手をあわせて頬っぺたに持っていき、「よく眠れた?」と聞いてくれた。きっとこのジェスチャーは世界のどの国でも共通のものだろうと考えながら、笑顔で頷いた。
彼女が案内してくれた屋上でチャイを飲みながら、通りを見下す。
雲一つない空の下を走り回る子供。うろうろと歩き回る数匹の野犬。
家々の屋上やテラスには色鮮やかな洗濯物が、風になびいていた。朝ごはんの香りがどこからともなく漂ってくる。
隣の家からヒンズー語のラジオみたいなのも聴こえてくる。
身体が物凄い勢いでインドを吸収していた。

朝ごはんは、カリフラワーのカレーとチャパティと呼ばれる、全粒粉を混ぜて焼いたナンの様なもの。
ラージーは朝から仕事でいなかった為、彼女とは身振り手振りで会話をする。美味しいとジェスチャーをすると、喜んでくれた。
60歳くらいの彼女は、yes,no,hello程度の英語しかわからず、もちろん自分のヒンズー語も同じくらいのレベルなので、基本的には身振り手振りと表情で会話をする。大事なのは相手をしっかりと見て汲み取ろうとすること。日本にいた時にこんなに人の顔をしっかり見て会話をしていただろうかとふと考える。人は、言葉に頼りすぎて、本来そこにあった筈の大事な温度を失っていっているのかもしれない。

程なくして、トイレを借りた。
トイレのドアを開けると、目の前にあるのは和式の様な便器と小さな手桶。その横には備え付けのホースから出る水を貯めているバケツ。

トイレットペーパーを持ってくることも考えたが、ここで引いてはホームステイ体験が薄まる感じがしたので、そのまま中に入って用を足した。

トイレから出ると、お母さんが、
と優しく微笑みながら、こちらを見ている。
「大丈夫?うまくできた?」
とその顔は言っているようだった。

僕は苦笑いで頷いた。

インド生活二日目の朝。

身体は物凄い勢いでインドを吸収していた。



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