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私の〝初めて〟は和牛でした。


12月12日 22:00過ぎ

いつも通りインスタを開き、急ぎ足でストーリーを眺めていると、真っ白な背景と長文でできたストーリーが目に止まった。

早まる鼓動を抑えながら震える手でXを開く。

待ち構えていたかのように2人の投稿が並ぶ。

そこでようやく意識が追いついた。

“ 和牛解散”という文字は

私の大好きな漫才師が歴史に幕を下ろすことを意味していた。


いつの間にか私の頬は濡れて弱気な自分の声が頭の中で響く。

「何でだよ」

思わず吐き捨てた私の目線の先には
楽しそうに笑っている2人がいた。


12月13日 6:30頃

泣き疲れて眠りが深かったからか
いつもより少し早く目が覚める。

すぐには身体を起こさず、
真っ白な天井を見上げる。

いつか朝起きたらそこには2人が隣で漫才をする世界がなくなっていて、
そのことを受け入れなければならない日が来るのだ。

私が和牛を初めて知ったのは2018年のVS嵐。

何か気になるキャラで何か愛くるしい水田さんと爽やかでキレがあるツッコミをする川西さんという印象を持ったような。

それまで一回もお笑いに触れたことがない私が初めて漫才を見たのは3年前。

テレビを見ようとリモコンの電源ボタンを押した時、和牛の姿があった。

今から漫才が始まるらしい。

番組を変えない私を不思議がる母親の声が遠くに聞こえる。

どこか飄々としたボケと見ている私たちを引き込むツッコミ。

もっと話を聞きたい、もっと2人を知りたい。
そんな衝動に駆られる。

今まで味わったことのない感覚が纏わりつく。

気づいたら川西さんの心地よい声と共に漫才が終わっていた。

いつの間にか私は和牛の虜になっていたのだ。


同日16:00過ぎ

授業を終え、
身も心も疲れきった体で部室へ行く。


「和牛解散するんだね」
                              後輩の声が聞こえる。

「そんなことよりさ、、、」
                    すぐに別の話題へと移った。

そんなことってなんだよ、

どれだけ人気と実カがあっても、所詮は赤の他人

私にとって漫才というものを教えてくれたかけがえのない存在が、

他の人にとってはただの話題づくりの
1カケラにもならなくて、、、

でも、

これ以上に2人は愛されて、憧れを抱かれ、

数え切れないくらいの人を笑顔にして、、、


ビブラートを響かせるフルートの美しい音色が『3月9日』を奏でる。

頬づえを突いた私の手が冷たく濡れた。


12月14日  19:00頃

「少し約束の時間すぎてない?」

「あなたの時計がズレてるんだよ」

お決まりのやり取りで会話が始まる。

誰よりも先に彼女と話したかった。

けれど話したくなかった。 

話せなかった。

私がお笑いにハマるきっかけをつくってくれた大切な友達。

彼女もまた和牛のことが大好きだった。

だからこそ悲しむ顔は見たくなかったし、何よりも現実と向き合う必要があったから。

「初めて和牛見た時の鳥肌凄かったよな」

彼女の言葉が鮮やかに記憶を蘇らせる。

私は彼女と2回一緒にライブへ行ったことがある。どちらも和牛目当てだった。

グッズを作るのに疲れていつの間にかお菓子パーティーをしたり

ライブ当日の電車で2人して寝落ちしそうになったり

初めて遠征した時は、新宿駅の人混みにドン引きして帰りたいと2人で騒いだり、、

和牛という存在があったからこそ作られた思い出たち。

「ずっと続くと思ってた。
  いつかNGKの看板背負って死ぬまで漫才するんだって信じてた。」

彼女の声が静寂を貫く。

「本当は2人のこと何も分かってなかったのかなぁ、私。」

自分に言い聞かせるかのように、どこか諦めているかのように笑っていた。

彼女と出会った当初こんなことを言っていた。

「みんなが漫才を見て笑ってるって想像しただけで嬉しいの。和牛のファンってだけでさ、誇らしいんだよね、だってあの和牛だよ!?世界一の漫才師なんだから!」

熱量に圧倒されて思わず吹き出してしまったんだっけ。
誰かを応援する気持ちがこんなにも素敵だということを教えてくれた。


そんな今の彼女が見るに耐えなかった。

「私も和牛の漫才が1番好きだし、和牛が大好きだった。」

溢れ出そうになる感情を抑えながら言葉を探す。

「でも和牛を応援するあなたが世界一輝いてた。
悔しいけど勝てないや」

彼女は何か小さく呟くと空を仰ぎ、
涙を零した ───


12月24日 18:30

お笑い好きが一年で一番熱狂するといっても過言ではない日がやってきた。

そう、今日はM-1グランプリ決勝の日。

この時期になると毎年あの漫才師を思い出す。

ファイナリスト達を含めた多くの芸人がその背中を追いかけ、

3年連続準優勝という前代未聞な記録を打ち立て、

 ───たくさんの人生を変えてきた。

辛いことがあってもお笑いを見て前を向こうと思えるようになれた。

〝面白い〟を突き詰めて全力で漫才と向き合う芸人さんに励まされた。

そんな私にとって今大会はいつも以上に特別である。

令和ロマンが初出場を果たしたからだ。

彼らもまた私にとって人生を語る上で欠かせない人物である。

それと同時に〝漫才師〟和牛に憧れた1人なのだ。

誰をも奮い立たせる最高決戦がいよいよ始まる。

「令和ロマン」

名前が呼ばれる。

私の心臓が音を立てる。



「どーもー!令和ロマンです、お願いしまーす」

高らかに響く声と共に新たな時代の幕が上がる。

果たしてこれからどんな世界を見せてくれるのだろうか。

2月24日

プラスマイナスさんが解散を発表した。

初めて行ったライブで1番と言っていいほど面白かったのはプラマイさんだった。

この2組を同じ日に見れたあの時間はもう戻ってこない。

2018年のM-1で優勝しきれなかった和牛と敗者復活戦から勝ち上がれなかったプラスマイナス。

和牛が優勝していたら、

プラスマイナスが決勝に出て大活躍していたら、

なにか変わっていたのだろうか。

3月9日

新たな世界の入口に立ち
気づいたことは 1人じゃないってこと

瞳を閉じればあなたが
まぶたのうらに いることで
どれほど強くなれたでしょう
あなたにとって私もそうでありたい

例え「形」がなくても私の心の中で2人は生きている。

どんなに悲しいことがあっても大切な思い出が寄り添ってくれる。

誰かにとってそっと力になれる存在でありたいと、強く願った。

かつて私にとって和牛がそうであったように。

4月1日

こうして私の人生を彩った和牛は
伝説の漫才師となり、沢山の人の思い出の中で輝き続けている。



いつか、また。


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