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【関西人がゆく】 #10 埼玉・浦和 「埼玉地方裁判所食堂」

「いらっしゃいやせー!」
 なにごと!?
 埼玉地裁玄関。
 そのロビーに大声がこだまする。
 裁判所の食堂は、一般にも開放されているので、浦和に勤務していた頃、私は常連であった。

 *  *  *

 埼玉地方裁判所、法廷。
 被告席に引き立てられる若者。学生だろうか。二十代には違いない。
 調書に目を落とした弁護人が、何やら長々と喋っている。
 腹一杯の私はウトウトと座席に身を預けていた。

 そんな舟を漕ぐ私は、突然の叫び声で叩き起こされた。

「この度は、息子がご迷惑をお掛けしました!」

 見ると、証人席に弁護人に付き添われた中年の女性が、ハンカチで目頭を押さえ俯いている。
 若者の母親であるという。
 その後も、尋問は続いたが、このお母さんは耳が遠いようである。法廷でもそれは承知のようで、母による息子の生い立ち、人となりの必死の証言が続いた。
 罪を犯し、世間から犯罪者として白眼視されたとしても、最後の最後、親だけは味方でいてくれる。
 自分の子供たちにも同じようにしてやれる自信はある。
 そして、自分の親をこんなところに引っ立てられるような過ちは犯すまい。
 そんなことを思いながら、その母親の背を見つめた。
 そして、私は、涙を拭って、今度は被告席に座るその若者を見やった。ただ、俯いたその表情を窺い知ることはできなかった。
 若者の膝に載せられた拳は、固く握られていた。
 どうか、今日の母の絶叫、忘れないでほしい。
 私は、裁判所を後にした。

 *  *  *

 埼玉地裁、玄関を入って左手の通路の先に、その食堂はある。
 メニューは、日替わりが二種類。他にも定番メニューがあったと思う。
 この日替わりが、厄介なのである。
 量が多い。とにかく量こそが正義。
 カウンターに食券を置いて、大将からご飯を受け取る。
 この茶碗の受け渡し。
 丸坊主で丸顔、ふくよかな体型。おそらく歳はアラフォー。もし、タンクトップを着ていれば、令和の「山下清」として、その筋のスカウトが黙っていないだろう。
「いらっしゃいやせー!」と元気な掛け声と共に差し出される茶碗。
 そこに独特の間があるのだ。
 ……どう? もう少し、いるよね?
 そんな清の心の声が聞こえてきそうな、
 この、圧!
 ……じゃあ、少しだけ。
 などと言おうもんなら、炭水化物地獄であなたは悶死するだろう。
 差し出された茶碗は、黙って受け取るのが吉。
 もちろん、少なめで、ということもできる。この場合、清の悲しげな横顔がセットとして付いて来るが。


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