2025年度院試体験記(東工大数学系,RIMS)
こんにちは。というかnoteに投稿するのは初めてなので、初めましてですかね。今回は2024年8月に行われた大学院入試で私が体験したことを書かせていただこうと思います。
初めに断っておきますが、これから書くことはすべて実話です。現実離れしたことも数多く起こっており、多少の脚色も入るかもしれませんが、真実のみを語ることをお約束します。こういう注意書きをしないといけないような内容になっているので「これを真似して院試に受かってやるぜ!」という使い方のできる体験記にはなっておりません。ご了承ください。
あとマジでクソ長いので、興味のある所だけ読んでいただく使い方がよいかと思います。おすすめは京大編です。まぎれもなく実話ですが、とんでもないドラマとなっておりますのでお楽しみください。
追記:依頼があったので、私が作成した院試の解答集(東大、京大、東工大)を公開します。以下のリンクからアクセスできるので、よかったらご利用ください。
https://drive.google.com/drive/folders/1VGJdzXlXKteaeDqmBz3K5atSxWSwVhLn?usp=sharing
注意点
・抜けている年度が多数ありますが、私の気分次第で随時更新されます。
・誤りがある可能性は十分にありますが、それが原因で起きたトラブル等について、私は一切の責任を負いかねます。ご了承ください。
自己紹介
東工大数学系B4(2024年9月現在)
専攻:数論幾何(基礎を少し学び始めたばかりで、進んだ話題は何も知らない)
出願した大学院:東工大、京大(RIMS専願)、東大数理
急がば回れ度:0浪0留
通算GPA:4.16(平均点96.16点相当)
各分野の得手不得手(院試の問題に限る、基礎に出るようなものは除外):
自信あり…ガロア理論、可換環論、加群
やや自信あり…群論、ホモロジー(位相幾何)
頑張れば解ける…複素解析、函数解析、ルベーグ積分
ほぼノータッチ…多様体(正則値定理くらいはわかる)、微分方程式
ご覧の通り、私はかなり特殊なサンプルです。ほかの院試体験記も併せてみてもらうとわかると思いますが、専門以外の分野の問題にここまで手を出している時点でだいぶ変な人です。したがって上でも述べたとおり、ここに書いてあることをすべて真似して院試対策をするというのは、ちょっとおすすめできません。ただ、参考にできる部分も作れるように善処します。
院試勉強に関すること
私が初めて院試の問題を目にしたのはB1の冬くらいだったでしょうか。京大や東大の問題をなんとなく見てみた記憶があります。もちろん何が何だかさっぱりでしたが、線形代数の問題を一問くらい解くことができて「やったー」とか騒いでましたかね、クソガキもいいところです。
そんな話はさておき、ある程度太刀打ちできるようになって本格的に院試の問題に触れだしたのはB3の夏休みです。2Qの期末試験が終わってみんなで打ち上げに行こう!ということになって、その待ち合わせ場所で京大院のガロア理論の問題(H1数学II大問2)をせっせと解いていました。私の知り合いなら「あーあいつやってたわ笑」となるかもしれません。
そんな遊びが高じて21B数学系のdiscordサーバーに「いんしであそぼ」なるチャンネルを勝手に開設し、東工大の基礎の問題を一番古いもの(H10)から順にやって解答をぶん投げるということをやっていました。同期も何人か悪ノリしてわいわいやってましたよ。そして2週間ほどで10年分くらい使ってしまって、このままでは問題が枯渇するという理由で一度打ち止めにしました。
そこからしばらく院試には触れていなかったと思いますが、B3の12月上旬のことです。詳しい経緯はよく知りませんが、21B院試対策会が始動したのです。例年ではこのような動きが起こるのはB4の4月あたりなので、異常に早い動き出しです。しかも早すぎて人が集まらないということもなく、初期メンバーは私を含めて7人いました。
初代院試対策会では東工大基礎の問題を新しい年度(2023)からさかのぼっていくことだけをやっていました。早すぎる始動の弊害として春休みをまたいでしまい、その間はオンラインでの会合になってしまったので中だるみ気味でしたが。
まあなんだかんだ元気にやっていたのですが、私はふと思いました。「基礎ばかりやっていて大丈夫なのか?」と。専門の対策も早めに始めたほうがいいのかもしれない。そう思った私は院試対策会のサーバーに「ホモロジー道場」なるチャンネルをまたまた勝手に開設し、東工大専門のホモロジー計算の問題をどんどん解いていくということをやっていました。これはB3の1月下旬、ちょうど位相幾何の講義が大学で行われている時期のことです。その位相幾何の講義が難しかったこともあり、今度は悪ノリしてくれる同期は現れませんでした。その結果、私は2週間ほどで東工大の問題を使い切ってしまい、誰一人入門生が現れないまま道場が閉鎖されるという悲しい事態になってしまいました(B4の5月ごろになってちょっと復興しましたが)。ホモロジーのほかにも、ルベーグ積分マラソンとか函数解析マラソンとか、いろいろやってました(代数はなんか難しそうだったのでこの段階ではほぼ手を出していません、B4の4月あたりからガンガンやってましたが)。
そしてB4の4月のことです。東工大基礎の問題をさかのぼりすぎて試験形式が大きく変わってきた(2012あたり)ことをきっかけに、私は初代院試対策会を離れることにします。
その少し前のことです。実は21B院試対策会サーバーにて東大院試の対策会(以下、2代目対策会)が別で発足していて、私はそちらにも同時参加していました。初代院試対策会からの離脱を決意したのは、こちらに乗り換えたかったというのが大きいです。初代対策会のメンバーのほとんどが他大受験を検討していないのに対し、2代目対策会のメンバーは、ほぼ全員が東大や京大の受験を検討していました。そういう事情もあり、これ以降私はもっぱら2代目対策会の方で活動していくことになります。
2代目対策会では、はじめは東大基礎の問題を(2023から)さかのぼっていくという初代対策会を踏襲した形式をとっていました。最初の方は、初代対策会に参加していた東工大のみを受験するメンバーも2人ほど参加していたと記憶しています。しかし当然東大の問題は東工大の問題に比べて格段に難しいので、対策会の準備も激務になります。さらに京大受験勢(当時の私は京大受験を検討していませんでした)が京大院試の対策会をまた別で設立したことも影響したのかわかりませんが、いつの間にかその2人は2代目対策会には来なくなってしまいました。
そして途中から(おもに私が)東大基礎の問題にも飽きてきて東大対策会の方は衰退し、京大対策会の方に吸収される形になりました。B4の6月からは、メンバーの1人であるSくん(このあともたびたび登場します)からの提案で、まず東工大を中心として専門の問題もどんどん扱うようになります。そこからすぐ(6月中)に、京大の問題を中心に試験本番と同じ時間に学校に来て同じ制限時間内で解くという練習もやっていくようになりました。私以外の主要メンバーは朝に弱いので、当日きちんと起きる練習をするというのが主目的だったようですがね。
何はともあれこの演習のおかげで、私自身の話になりますが、初めは基礎は何とかなるものの専門は散々…という感じだったものの徐々に慣れていき、7月後半には東大専門も試験時間内に解ききることができる状態になっていました。この6月以降で、ホモロジー計算や函数解析、ガロア理論の練度が急激に上昇したように思います。その理由としては、やはりメンバーと解法の共有を頻繁に行っていたのが大きいです。仲間は大事です。
最終的な勉強量としては、東工大京大東大の過去問を基礎専門ともに15~20年分ずつはやったかなという感じです。個人的な意見としては、こと院試勉強に関してオーバーワークという概念は存在しません。不安な気持ちがある限り戦い続けましょう。ただもちろん夜更かしはよくありません。夜や疲れたときはしっかり寝てくださいね。
院試勉強に関して、いつ頃に何をやったかという話はこんなものでしょうか。すでにお分かりでしょうが、いろいろ早すぎます。途中でも書いたように、始めるのが早すぎると途中でダレてしまうので注意しましょう。しかし定期的に他の勉強にシフトしたりしてその点をうまく回避できるのなら、準備は早く始めるのに越したことはありません。とはいえ具体的に何をやればいいかよくわからないと思うので、以下にポイントを簡単にまとめておきます。
院試勉強のポイント(個人的意見)
・基礎がぐちゃぐちゃだと院試勉強に限らず勉強の効率が落ちるので、講義は普段からまじめに取り組むことを推奨(すでに手遅れの場合は、講義ノート等で基礎の見直しを)
・基礎がある程度できているなら、やはり過去問演習が最高効率と思われる。初めから時間内に解ける必要はなく、解けるまでじっくり考えるのもよい。
・とはいえ直前期(余裕をもって1か月前くらい?)には時間を計る練習を取り入れるべし。そのために新しめの過去問を何年分かとっておくとよい(私はとっておかなくて後悔しました)
・過去問は何周してもよい。重要な解法を忘れたかもと思ったらひたすら解き直しするとよい。
・院試勉強は一人でやらないこと。一人だと精神的に不安定になりますし、情報戦の面でもかなり不利になります(これは致命的!!)。みんな同じように不安なので、仲間を募れば必ず集まります。勇気を持って行動を。
出願に関すること
先ほど「私はもともと京大受験を検討していなかった」というようなことを述べましたが、ここではどのような経緯で私が初めに述べた3大学に出願したのか、そして各大学の出願においてやらなければならないことを少し書こうと思います。もちろんあくまで私が受けた年の話なので、詳細は皆さんが受ける年の募集要項をきちんと確認してください。
出願の経緯
まず東工大は内部生という立場を利用してなんか有利に戦えそうだったので受けるのは自明として、東大に関しては「何か東工大一本じゃ怖いから」という理由でしかありません。はい、よくわからないですね。東大じゃ東工大の保険になるはずがありません。しいて言えば、東大に向けて勉強しておけば東工大も勝手に受かるんじゃないか?という浅い考えのもとだったと思います。
京大に至っては、もっとよくわかりません。私は京大の過去問自体は面白がってそこそこ解いていたものの、B4の6月という割と直前期まで、京大を受験する気はつゆほどもありませんでした。引っ越しも面倒だし、そもそも京都まで受けに行くのが面倒だと思っていたためです。しかし忘れもしない2024年6月21日のことです。その日は京大の出願期間開始3日前で、京大受験勢であるSくんとDくんが出願対策会を開いていました。私はそれを「京大を受けるなんて大変だなあ」と思って眺めながらのんびり勉強していたのですが、その日の夕方になってSくんからいつも通り「ほんとに京大受けないの?」みたいなことを言われいつもの問答をしていたら、彼は黒板まで使って京大を受験することのメリットをプレゼンしてきたのです。
「京大を受けたら、保険が一個増えるんだよ?それに京大を受けたとしても、東工大と東大の試験の間の1週間のインターバルが3日に縮まるだけだよ。1週間が3日になったところで、それで合否変わると思う?」
それを聞いた私は何をとち狂ったのか「受けるわ」と一言。出願手続きについて2人に教えてもらい、受験料3万円をその場で支払うという奇行を見せます。しかもあろうことか、数学教室に比べ難易度の高いRIMSを専願することもよく調べもせずにその場で決断。RIMSの募集人数が驚異の10人であることを知ったのは、出願対策会が終わって帰宅し「急きょ京大を受けることにした」と母にLINEした後のことでした。さらにそれも自分で調べたわけではなく、そのLINEの返信で母に告げられました。
「数理解析系?
定員10名って書いてあるが…」
その返信を見て、私は絶望の淵に叩き落されました。
そんな死ぬほど適当な動機で3大学への出願を決めたものですから、どうしても行きたい研究室などあろうはずがございません。したがって私は愚かにも、一切研究室訪問に行かないまま院試を終えました。結果的に言えば、試験そのものには影響はなかったように思いますが、明らかに行った方がいいです。私の指導教員の先生によると、普通は研究室訪問をして自分の興味のある研究室がその大学にあることを確認してから出願を決めるそうなので、外部受験をする場合行くのが当たり前と言ってもいいくらいです。よって皆さんはこんなアホの真似はせず研究室訪問をしっかり行って、受験する大学を見極めてください。
実際、私が数学教室を受験しなかった理由は「数学教室には保形形式の先生しかいないけど、保形形式ってなんか名前がカッコよくないんだよなあ」というこれまた死ぬほど適当なものでしたが、私が知りたい(とは言ってもそこまでこだわりがあるわけではないですが)フェルマーの最終定理の証明は結局保形形式の話になるのだと、京大の試験が終わった後に友人に教えてもらったというアホなエピソードもあります。よく調べてから出願しましょう。
出願でやったこと
東工大…形式的な書類以外は簡単な志願理由書のみ。とは言っても本当に志願理由を書く必要はなく、これまで勉強したことや好きな定理など、自分の好きな数学について語ればだいたい埋まる。
京大(数学教室)…勉強した数学書などを書く調査書。とくに面倒なのは重要だと思う定理や理論についての作文、そこそこの長さがあった。また自慢したいオリジナルの結果があれば、4000字程度にまとめる必要があるが任意で提出できる。
京大(RIMS)…数学教室と同じような調査書はあるが、上に書いた面倒な作文はない。しかしこちらは興味のある定理や自分で考えた問題についてのレポート(1ページ以上)を必ず提出する必要があり、これがかなり厄介。口頭試問でこのレポートのことを聞かれることもある(私も少し聞かれた)。
東大…京大ほど面倒ではないが、大学院で研究したいことと、勉強した数学書の内容や感想を書く必要がある。とくに前者はなかなか難しい質問なので、普段から意識しておくといいかも。
ほかに特筆すべきこととして、京大で数学教室とRIMSを併願した場合、各々の口頭試問は別なので、口頭試問を2回受ける必要があります。私が併願を躊躇したのはこの点も大きいです、面倒なので。しかし(少なくとも私の年では)併願しても受験料は変わらないので、基本的には併願したほうがお得です(後述する通り、私に関しては例外的にそうではありませんでしたが)。
院試本番
前置きが長くなりましたが、ここからは院試本番(8/15~8/29)で起こったことを書いていきます。毎日いろいろ起こっているので、日付ごとに区切って書きます。
東工大筆記前日(8/15)
この日はみんな不安なので、大学のセミナー室に大勢集まってなんとなく過去問を解き直していました。このときみんなが雑談していて、志願者が99人いると知って絶望した記憶があります(例年は60人ほど)。さらに当日(8/16)に台風が直撃するということで、前日入りしている人もちらほらいました。ちなみにSくんも困って泊めてくれる人を探していたので、私の家に泊まってもらいました。とはいえ私の家には来客を想定した設備などないので寝具は寝袋くらいしかなく、割と劣悪な環境の中にSくんを置いてしまったなと若干後悔しています(実際彼は、持ってきた数学書や英語の辞書を用いて即席の枕を構成していました、痛そうでした)。まあとにかく、決戦前夜は2人で適当に見直ししながら過ごしました。寝坊したらシャレにならないので、21時30分くらいに寝ました。
東工大筆記当日(8/16)
途中2時か3時頃にトイレに起きてしまうというトラブルもありましたが、無事6時30分に起床。のんきに二度寝しようとするSくんをたたき起こし、試験開始1時間前に東工大へ出陣。台風接近中にもかかわらずさいわい雨に降られることもなく試験会場にたどり着きました。うっかり携帯を家に忘れてしまいましたが、まあ誤差でしょう。
午前(基礎):150分,5問全問必答
そんなこんなで、いよいよ最初の試験が始まりました。初めは緊張で全然頭が回りませんでしたが、そういうときは(小問単位で)できる問題からやるのが有効だと練習で分かっていたので、そんな感じで立ち回りました。以下に各大問の所感をまとめます。
というわけで何度もピンチに陥りわちゃわちゃしましたが、何と1ミスという結果で終われました。運がよかったと思います。試験直後に周りの内部生と話していましたが、すべての問題に解答したという人は他にいなかったので「あ、なんかうまくいったかも」とひそかに思っていました。
午後(専門)の試験は午前に比べて時間に余裕もあるし、このままいけば無事に切り抜けられるかもなあという気持ちでいましたが、院試というのはそんなに甘いものではありませんでした。
午後(専門):120分,8問中2問選択
午前と違って、自分の得意な問題を2問解けばいいので、午前と比べて気楽な試験ではあります。私の場合ガロア理論の演習量がダントツで多かったので、よほどやばい問題でなければそこで1問取れるかなあと思いながら、とりあえずすべての問題に目を通しました(重要)。
結果から言えば、そのガロア理論の問題(大問2)がよほどやばい問題だったのです。そんなことを知る由もない試験中の私は、なんかこれ難しいなあと思いながら大問2を解き進めていきます。「撤退したほうがいいかも」という気持ちと「ガロア理論が一番得意なんだぞ」という気持ちがぶつかり合う中、大苦戦しながらも何とか完答した、つもりになりました(後述)。
ということであと1問解けばいい状況になったのですが、残り1時間。結構ギリギリです。そこで2問目に選んだのは大問2に着手する前にちょっと手を付けていた可換環論(大問1)です。なんか行けそうな方針は既に立っていたので、その方向で突き進むことに。しかし解答用紙がほぼ埋まり切った時点で私は気づきます。
「あれ、これ特別な場合でしか証明できてないわ」
残り30分。しかも解答用紙の残りスペースがほとんどなくなったという状況でこの大ピンチ。もう大パニックです。何とか打開策をと考え続けますが一向に有効な手が思い浮かばずどんどん時間が経過。残り20分になってしまいます。そこで私は考えます。
「もし今やっている方法が全くの筋違いだったらどうする。そうなったら部分点なんて入るわけがない。ガロア理論だって、あんなに答案がぐちゃぐちゃなんだから完答しているとはとても思えない。このまま試験が終わったらまずい!」
そして私は決断します。びっしり埋まった大問1の解答用紙を消しゴムで全消去し、ホモロジー計算の問題(大問5)に乗り換えました。残り20分でのこの行動です。はたから見れば気が狂っているとしか思えません。しかし私には勝算がありました。実は試験開始直後にすべての問題に目を通したとき、やけに件の大問5が簡単だと思い少し考えていました。その結果(1)から(3)までの大まかな方針がすぐに立ち、そこからさらにしばらく考えて「おそらく間違いないだろう、計算すればすぐに完答できる」と確信できる程度まで練り上げていました。そうして用意していた最後の切り札を、今こそ使うときだと思っての答案全消去だったわけです。
そこから何度も勘違いや計算ミスをしながらも解答を書き上げ、さらにエラーチェックもしたところ大きなミスを発見しそれも修正。その時点で残り5分。間に合いました。その残り5分は、ぐにゃぐにゃ変形するだけでも一応解ける(2)に対し、マイヤーヴィートリス完全列を用いた別解を与えるのに使いました。そこでも勘違いをしてまごつきましたが、それも何とか書き上げたところで試験終了。
試験が終わった後、幾何を専攻している内部生の人と大問5の答え合わせをしたところ、結論が一致しました。本当によかったです。Sくんとも一致したので、多分あれで正しいと思います。またSくんやDくんと大問2の答え合わせもしましたが、結論だけは一致しました。大問2でダメージは負ったが、とっさの乗り換えで致命傷は避けたといった感じでした。
このように、専門以外の分野も勉強しておくことで、専門のみを勉強していては気づけない簡単な問題を拾えることもあります。専門外の問題を解くことはルール上まったく問題ないので、一つの分野が異様に難しかったときにそういうことができれば、周りと大きく差をつけられる可能性も大いにあります。実際、今回の各大問の所感は以下の通りでした。幾何がとくに簡単だったようです。
英語:60分,小問3問
長文を1つ読んでいくつかの小問に答えるだけの試験なうえ、辞書が使用可能なので上2つに比べればまったく厳しい試験ではありません。実際時間が余ったので専門の大問1(可換環論)を考えていました。打開策をちゃんと思いついたのでうれしかったです。ちなみにそんな余裕をかましておきながら1問ミスりました。油断は禁物です。
試験後:答え合わせ会
試験後にみんなで答え合わせをしようという話は試験前から出ていたので、セミナー室を借りてみんなで集まりました。試験直後にもかかわらず私を含め6人も集まってくれましたが、当然みんな疲労困憊です。私は体力的に余裕があったので「とりあえず午前の解答速報作ろうぜ、俺5番やるわ」と流れを作りました。するとみんなも精力的に解答づくりに取り組んでくれて、着々と午前の解答が仕上がっていきました。とても良い雰囲気だったと思います。楽しかったです。
その結果、私は大問3,5以外のすべての大問で筋の悪い方法をとっていたことがわかり絶望しました。5次の多項式を展開して係数を見れば済む問題で5元1次方程式を解いていたところなんてもうアホとしか言いようがありません。ただ結論はすべて私の思った通りだったので、そこはよかったです。
それからしばらくしてさらに人が集まってきて、最終的に10人になりました。人数が増えたこともあって、なんとその日のうちに午前の解答速報が完成。午後の解答作成に少し着手したところで20時を過ぎていたので、さすがに切り上げることに。そのあとはその10人でサイゼリヤに突撃し、プチ打ち上げのようなことをしました。すごい雨でしたが。そのときSくんに宿泊代としておごってもらうことになり、イタリアンハンバーグとカルボナーラを両方注文して豪遊ッ!しました。おいしかったです。
帰宅したのは22時ごろです。そこからガロア理論の問題を少し考えて答案を書き上げました(それでも間違っていました、後述)。解答を書きながら、自分が試験中いかに適当なことを書いたか実感し、ここから不安な気持ちがどんどん膨らんでいったと記憶しています。あまり遅くまで起きているといけないので、0時頃に就寝しました。
東工大1次合格発表(8/17)
試験のアドレナリンが残っていてよく眠ることができず、6時には布団から出てしまいました。意識を失って眠っている時間は3時間ほどしかなかったと思います。
午後の解答作成がまだ終わっていないということで、この日もみんなで大学に集まることになっていました。会合自体は9時から始まっていたのですが、私は午前中に荷物が届く予定だったので少し遅れての参加ということに。荷物を待っている間は可換環論や表現論の解答をまとめてdiscordにぶん投げたり、あろうことか複素解析の問題に首を突っ込んだりして暇をつぶしていました。
大学に到着したのは11時ごろでしたが、なんと私を含め8人も集まっていました。そのときDくんが黒板でガロア理論の問題に取り組んでいたのですが、私は「まあ俺はもうできてるし」とのんきなことを考えて複素解析の解答をまとめる作業をしていました。しかしそのできていると思っていたガロア理論の問題が、実はできていなかったのです。
そのことに気づいた私は、そのあとほとんどの時間をこのガロア理論の問題に費やすことになります。何度も何度も修正を繰り返し、これが最適だろうという解答を書き上げたのはそれこそ解散直前の20時頃だったと思います。それもDくんの天才的なアイデアがなければ絶対無理でした。本当にありがとう。
ほかにも表現論の問題に関して「既約表現をすべて記述せよ」という筆記試験では問われていない問題に取り組みました。口頭試問で問われるかもしれないと予想したためです。ここでは表現論専攻のUくんの助力もあり、最終的にはゴリ押しになったものの、既約表現をすべて具体的に記述することができました。
時系列が前後しますが、この日の17時に東工大の1次合格発表がありました。私は気が動転していたのもあって発表されているページをうまく見つけることができず、先に発見した同期のNくんに
「あ、えっちょくんの番号あるよ。ほら。」
と見せられる始末。ま、まあ結果がすべてですから。あって本当によかったです。その場にいた8人は無事全員1次を通過していたので地獄の空気にはならなかったのですが、発表をよく見ると例年ではありえない異常事態が発生していました。
まず1次合格者が46/99人。半分以上が1次で落とされています。例年だとそもそも「最終合格の」倍率が2倍なので、こんなことは例年ではありえません。また以下に1次合格者の分野ごとの内訳を書きますが、これも異様です。
代数:22人 幾何:16人 解析:8人
解析少なすぎ、そして代数多すぎです。定員の25人よりも多く合格者が出るであろうことを考慮しても、代数からかなりの人数がさらに削られることは容易に想像できます。やはり大問2(ガロア理論)がべらぼうに難しいことが影響したのではないでしょうか。結構な人があの問題を選択していたようですし。
そしてさらに異常なのは、内部生がわかるだけで何人も1次で落とされていたという点です。東工大の場合、内部生はなんだかんだ最終合格までいける、とまでは言いませんが1次で落とされるというのは(少なくとも私は)1例も聞いたことがないです。それが今年は、その場で判明しただけでも4人は落とされていたと思います。恐怖でしかありません。「今年は内部生だろうと容赦なく落とすぞ」という大学側の非情さをひしひしと感じる発表になりました。
その日は20時頃に解答作成がキリの良いところまで終わったのでお開きにし、5人でまたしてもサイゼリヤに行きました(3人はすでに帰宅していました)。前の日に豪遊したので、この日はハンバーグにほうれん草のソテーをつけてやや健康的にしました。
そして翌日の口頭試問と、そのあとに待っている京大戦に闘志を燃やしながら、早めに就寝。
東工大口頭試問当日(8/18)
この日もよく眠れませんでした。いまだに体がリラックスモードに入ってくれなかったのです。寝られなかったものは仕方ないと観念して6時ごろに布団から脱出し、京大の英語試験の準備をしていました。これはどんな試験かというと、はっきり言って事前に用意した英作文をただ暗記するだけのしょうもないゲームです(詳細は後述)。それでもこれが原因で足切りされたら死んでも死にきれないので必死に暗記していました。もちろん東工大の口頭試問の準備をするべき時期なのですが、それは昨日までで大体終わったと割り切って、のちの3巡を買うことにしました。結果的にこの選択は正解だったと思います(これも後述)。あとは気まぐれで午後の多様体の問題を解いてdiscordにぶん投げたりしてました。それによってなんか幾何専攻の同期が計算ミスに気づいて口頭試問で命拾いしたそうです。よかったよかった。
その日も口頭試問の時間が午後になった人たちで大学に集まることになっていました。会合の開始予定時刻は9時でしたが、家にいても落ち着かないので早めに大学に向かいました。するとセミナー室に向かう途中で口頭試問午前勢の内部生Kくん(幾何専攻)に遭遇。彼も早く来すぎてしまって待つ場所がなく困っていたので、セミナー室で一緒にその時を待つことにしました。そのあと午前勢がもう一人やってきて、雑談しているうちに午前勢の集合時間に。2人は一足先に戦場へと向かっていきました。
それからすぐに午後勢も集まり始め、最終的に8人になりました。そのうち4人は解析勢で我々より集合時間が少し早く、彼らも戦場へ。残った4人の集合時間もすぐにやってきて、私たちもついに戦場へと向かいます。
控室にて
緊張しながら控室に到着するとそこには20人ほどいたと思いますが、知らない顔ばかり。先に向かった内部生解析勢の人が一人いましたが、その人と我々4人以外は全員知らない人だったと記憶しています。率直に言って「何だこれは」という感想です。
ビビっていても仕方がないので着席して最後の見直しに入りましたが、気になることが一つ。左後ろの方でかたまっている10人くらいのグループ(知らない顔だったのでおそらく外部生)がいたのですが、マジでうるさかったです。私は控室に来てから順番が来るまで30分以上待機していましたが、そのグループはずっと大声で話していました。会話の内容からして筆記試験はそれなりにうまくいった人たちなのでしょうが、あの場にはそうでない人もいたはずです。というか私を含め大体の人はとても不安な気持ちで自分の順番を待っていたと思います。そんな中であの大騒ぎ。正直言って信じられません。ああいうのはやめたほうがいいと思います。と、個人が特定できない形で文句を言っても本人たちには伝わらないかもしれないのでもうはっきり言います。私の受験番号は3番です。これで誰に向けて言っているのかわかると思います。あれは本当に勘弁してほしいです。
口頭試問:時間は人による(私は約15分)
代数の先生がほぼ全員勢揃いでビビり散らかしましたが、結論から言えばもはやただの進路相談でした。とくに口止めはされませんでしたが一応詳細は伏せます。まあざっくり言うと、平和に終わりそうだったのですが途中で私が進路について深く考えていないことが露呈して、ちょっとピンチになったという感じです。なぜか笑いも起きてましたし終始和やかな雰囲気でしたが…
よって皆さんには最初からそんなことにならないためにも、きちんと筋の通った進路選択をすることを強く推奨します(自明)。
無事(?)試験を終えた私はいつものセミナー室に戻り、そこにいた人たちにこの口頭試問のあらましを話したら言わずもがな困惑されました。実は最後の方で私の指導教員の先生から、京大東大の試験に向けてエールまでいただくという超展開もありました。それも話したらさらに困惑されました。
まあそんなわけで、東工大はおそらく合格をいただけるだろうという形で終われました。それで安心したのか、この日の夕方ごろに急激に眠気が襲ってきました。翌日は朝早くから京都入りでしたしかなり早めに、21時30分ごろに就寝しました。
京都入り(8/19)
この日はなんと4時に起きました。自宅から徒歩10分の駅でDくんと8時30分に合流すればよかったので、明らかに早すぎです。しかし6,7時間は寝られたので、ましな方だったと思います。さすがにこんな早朝に、しかも疲労もかなりたまっている中で数学の勉強がまともにできるわけもなく、しぶしぶ英語の暗記作業をすることに。ほかにも朝食をとったり色々やってたら出発する時間になって、駅に向かう途中で無事Dくんと合流しました。
そこからしばらく電車に揺られ品川駅に到着。そこでSくんとも合流し京大受験組が全員集合。新幹線に乗り込みます。新幹線での移動時間は長いので、私は京大の数学の問題を解き直すことにしました。一方残りの二人は、おもに英作文の暗記に時間をとられていました。私はすでにある程度仕上がっていたので数学の方にも時間を使うことができました。先にやっておいてよかったと思います。
京都につくとちょうどお昼時だったので京都駅のよさげなお店で天ぷらそばをいただきました。おいしかったです。そのあとはとりあえず荷物を預けたいからとホテルに向かい、身軽になったところで翌日の試験会場の下見に向かいました。ちなみにホテルは3人相部屋です。修学旅行かよ。
偶然の再会
ホテルから試験会場である京大6号館までは意外と距離があり、よく調べてから予約すればよかったと後悔しながら黙々と歩いていました。あとほんの少しで6号館につくという位置までたどり着いたその時、目の前にどこかで見たような人の姿が。その予想は見事に的中。私がB2のときに東工大数学系で半年だけ一緒になったことのあるMさんその人でした。
Mさんは(私にとっての)B2後期に数学系に突如として現れた2個上の先輩で、そのときから極めて優秀な方でした。そして私がB3に上がるタイミングでMさんは某大学(京都からはかなり遠い)のB3に編入し、そこで私たちは同学年になっていたわけです。Mさんが某大に編入した後何をされていたのかはまったく知りませんでしたが、ここにきて偶然にも再会したというわけです。
MさんはDくんとは面識がありませんでしたが、Sくんとは(私も一緒になって)よく話したことがあり、しばらく話し込みました。そこで判明したのですが、なんとMさんの専攻も私と同じ数論幾何・代数幾何で、さらに私と同じくRIMSを受験されるとのことでした。専攻が同じということで少し専門的な話を聞かせていただこうと思ったらMさんは宇宙語を話し始めてしまい、私は自分の知識のなさを痛感しました。
京都の地での偶然の再会。うれしい気持ちが半分と「Mさんのような猛者と戦うことになるのか…」という絶望感が半分。楽しい下見になりました。
決戦前夜
前日の夕方以降は勉強もほどほどに、これから長くお世話になるホテルの設備や周辺環境を見て回るのにかなり時間を使っていました。するとホテルの近くには100円ショップやコンビニ、コインランドリーといった最低限の生活に必要そうな施設はそろっていたものの、飲食店はほとんどないと言ってもいい状況でした。この点でも、よく調べてからホテルを予約すればよかったなあと後悔しました。しかしSくんは「ホテルの設備は気に入ったから、俺はあそこでよかったと思ってる」と言っていました。それについては私も同意見です。良いホテルでした。
まあそれはいいのですが、この日は(おもに私に関して)うっかりミスが絶えませんでした。よく考えずにホテルを予約したせいで周辺環境があまり良くないというのもそうですが、もっと精神に来るミスを犯してしまったのです。私は大学入学後はあまり物をなくしたことがなかったのですが、ここにきて腕時計を紛失するという痛恨のミス。私は任意の試験において時計をかなり見ながら臨んでいるので、これをなくすというのは相当まずいです。また単純に結構大事にしている時計だったのでショックでした。
そこから私はテンション下がりまくりで
「あーもう俺落ちた、明日も絶対なんかやらかすわこれ」
みたいな縁起でもないことを口にしていました。マジでごめんなさい。そんな私にSくんとDくんは
「俺も旅行ではよく物なくすし、いつの間にか出てくるもんだよ」
「なくなっちゃったものはしょうがない。100均にきっと時計売ってるから最悪それ買えばいいよ」
といった温かい言葉をかけてくれました。一人じゃなくて本当によかったです。結局時計はずっと持ち歩いていたバッグをひっくり返したら奥の方から出てきました。荷物はぐちゃぐちゃに入れるものではありませんね。というわけで無事時計は見つかったのですが、そのあと京大の数学の問題を解いていても何だか思ったように進みません。さらに計算ミスや勘違いも頻発。嫌な予感しかしないコンディションでした。
一方残りの2人、とくにSくんはいまだに英作文の暗記に苦戦していました。Sくんは本来自分で作成するべき原稿をchatGPTに丸投げしたり、問題候補が5問あるので5種類の英作文を覚えなければならないところを、複数の問題に対応できる回答を無理やり作り出して覚える量を減らしたりと、まあギリギリまでサボっていたので正直言わんこっちゃないという感じです。
Sくんは新幹線に乗っているときくらいまでは余裕をかましていましたが、ホテルにチェックインしたあたりから「やばい全然覚えられない」とめちゃくちゃ焦り始めました。外出するときはつねに原稿を凝視しながら歩いていましたし、部屋でもつねに何かをボソボソ唱えていました。Sくんが部屋のシャワールームを使っているときも詠唱しているのがこちらまで聞こえてきて、私とDくんの2人で爆笑していたのはいい思い出です。寝る直前になるといよいよ追い詰められて、ひたすら「(明日あるはずの)数学の試験がうまくいかなかった」という内容の英文を詠唱しつづけ(理由は後述)、原稿に赤ペンで何かを書きなぐりながら30秒に一回「これ英語でなんて言う?」と質問してくる人になっていました。ちょっと怖かったです。
まあそんなことをいつまでもやっていて3人そろって寝坊なんてことになったらこの世の終わりなので、22時頃には就寝しました。
京大筆記当日(8/20)
枕が少し硬かったものの思いのほかよく眠れて、予定通り6時30分に起床。朝食と着替え、持ち物チェックを済ませて3人で京大へ出陣。その日は小雨が降っており、京都の夏にしては珍しくあまり暑くありませんでした。ありがたいことです。
ということで暑さに頭をやられることもなく試験会場にたどり着き、受付を済ませます。ここでSくんとDくんは数学教室専願、私はRIMS専願だったので、試験室での席はかなり離れてしまいました。しかしRIMSエリアには前日に再会したMさんの姿が。知り合いがいてよかったです。
京大では試験室の前の方に荷物置き場があり、携帯など試験に持ち込んではいけないものはすべて荷物に入れてそこに置いておくというルールでした。ちなみに、時計もその対象でした。そう、腕時計も持ち込み禁止です。大学側が試験室にしっかり時計を設置してくれていました。京大受験勢の3人が揃いもそろって、とっくに配布されていた注意事項をまともに読んでいないことが判明した瞬間でした。あわてて100均で時計買わなくてよかったです。
午前(基礎):210分,7問中6問選択
色々ありましたが試験開始です。数学教室の場合解く問題が完全に指定されていますが、RIMSでは少しだけ選択の余地があります。ただRIMS専用問題はだいたい変な問題なので実質1択ですが。以下に各大問の所感をまとめます。
ということで、やはりわちゃわちゃしましたが今度は30分も時間を残して解き終えることができました。ご覧の通り東工大の過去問にかなり助けられています。こんなこともあるんですね。あと残った時間でのエラーチェックで結構ミスが見つかり修正しました。絶対に間違いはあるものです。試験の運命は試験中にしか変えられません。どんなに時間が余っても、最後まで戦い続けることを推奨します。
昼休み
長丁場の試験が終わり、どっと疲れが出ました。席が近かったMさんと、遠くの席から迎えに来てくれたSくん、Dくんと合流し6号館玄関の休憩所で昼食をとることに。
専門の試験に何が出るかは考えても分からないので、ランチタイム中はおもに英語の作戦会議をしていたと思います。というのも詳細は後述しますが、英語の問題候補の中に
「今日の試験はどうだったか?また今日の試験で面白かった問題について説明しろ」
という事前に答えを用意するのが難しい厄介な問題が1問混じっていました。その「面白かった問題」を午前の問題から選んでしまおうという作戦だったわけです。さらに前半の質問を利用し、試験を受ける前から試験がうまくいかなかったことにして、事前に用意した懺悔だけで指定の100語を稼いでしまうという、反則ギリギリの作戦まで採用していました。たかが英語の試験にそこまで悪知恵を働かせているのは、圧倒的英弱である我々東工大生くらいだったと思います。実際、Mさんは「そんな手が…」と感心しておられました。すごいでしょ。
午後(専門):150分,13問中2問選択
そんなくだらん作戦会議もほどほどに、我々は戦場へと舞い戻ります。専門の試験は配点も大きいので、午前でできた差など容易にひっくり返ります。そのため午前が運よくうまくいった私も、まったく安心できる試験ではありませんでした。
いよいよ試験開始。東工大と同じようにとりあえずすべての問題に目を通します。とは言っても例年通り後半の問題はマジで意味不明だったので、選択しうる問題は実質6~7問と言ったところでしょうか(普通は3問くらいです、私は変な人なのです)。
するとなんと大問2(可換環論)が、東大数理の過去問の特殊な場合と言ってもいいものでした。「ラッキー!!」と脳内で歓喜の舞を踊り、とはいえミスったらやばいので落ち着いて答案を仕上げていきます。その大問2の解答が開始30分で完成。残り2時間であと1問解けばいい状況に持ち込めました。あとはいろんな問題を回りながらいけそうなのがあったらそれをとればいい、1問くらいあるだろう。とのんきなことを考えていましたが、何度も言うように院試はそう甘いものではありません。以下、試験中の私が思ったことを大問ごとにまとめます。
というわけでもう散々でした。上のようなことを考えながら下書き用紙にいろいろ書きなぐっていたのですがもう半泣きです。最初は3を選択するつもりで答案を作っていましたが上記のとおり途中で意味不明になり放棄。最終的に5を選択しました。
その大問5の解答もお世辞にも筋がよいとは思えないものでした。MV列を使って空間を合体させて…ということを何度も繰り返していましたし、ちょっと嫌な予感がしていた記憶があります。でもなんかギリギリホモロジー群を計算できてしまいました(筋が悪い方法だとそもそも計算不能になることもある)。それに出てきた答えもそれっぽかったので「あ、合ってるわこれ」と安心していました。
2時間も時間があったのに、大問5を書き上げたときには残り5分になっていて、ほとんど見直しをすることができず試験終了。ちょっといろんな問題に時間を使いすぎたかなという立ち回りでした。
英語:15分
試験中の私の様子に関しては特に語ることもないので、ここでは英語の試験の基本情報をまとめておこうと思います。私の年からこのルールに変わったようです。一刻も早く元に戻してください。
・試験時間は15分(!?)。与えられたテーマについて100語以上200語以下で英作文を書く。
・試験1か月前くらいに、受験票と一緒に当日出題される問題の候補が送られてくる。試験当日はその中から1題のみ出題される。今回の問題候補は以下の5つ。
先述した通り、1番以外は事前に回答を用意することができるので、基本的には暗記ゲーでした。ただ1番だけはどうしようもないので、実力でねじ伏せるなり悪知恵を働かせるなりして頑張るしかありません。ちなみに今回の試験では2番が出題されました。1番じゃなくてよかったですほんと。
また先ほどSくんがchatGPTに回答を作らせてサボっていたという話をしましたが、それはおすすめしません。翻訳ツール等をガンガン使ってもいいので、基本的には自分で回答を作った方がいいです。これは人道的な観点からどうこうという話ではなく、結果的にその方が楽だからです。
chatGPTに回答を書かせると、やけに小難しい表現を多用してきます。そのため我々英弱の頭にはなかなか入ってこないです。一方自分で書くと簡単な表現ばかりを使って書けるので覚えやすいです。それになんだかんだ自分で苦労して書いた文章の方が早く覚えられるのは明白ですよね。Sくんが「全然覚えられない~」とか嘆いていたのはこの点も大きいと思います。本人も途中で気づいて反省していました。
試験後、新たな仲間
ということで長く苦しい筆記試験を終えてSくん、Dくんと合流。これからどうするかなあとまごまごしていると、MさんがRIMSエリアにいた見知らぬ人を紹介してきました。
「彼は某大(Mさんとは別の大学、こちらも京都から遠い)から来ていて、ほかに内部生の仲間がいないらしい。一緒に答え合わせとかしたいらしいんだけど、いいかな。」
断る理由がありません。ほかの2人にも了解をとり即OKしました。東工大戦での教訓ですが、院試は助け合いです。これにより新たな仲間Bくんが加入し、我々は5人パーティとなりました。頼もしい限りです。親睦を深めるためにちんたら荷物を片付けながら試験の感想を話していたのですが、気づいたら我々以外の受験者が試験場から退出していたので、我々も急いで退散。とりあえず6号館玄関の休憩所(以下、いつもの休憩所)に移動します。
真の戦いの幕開け
休憩所に到着するなり、我々5人は午前の試験の答え合わせを始めました。そう、ここからが本当の戦いと言っても過言ではありません。京大戦では、筆記試験終了から口頭試問開始までの猶予はたったの20時間です。その間に試験問題の答え合わせを済ませて答案をまとめ、さらにセミナーの復習もして口頭試問に備えなければなりません。相当な激務ですが、やるしかありません。
というわけでまずは午前の答え合わせです。結論から言えば、私の解答はほぼすべて合っていました。かなりあとになって大問6でちょっとした勘違いを犯したことが判明しましたが、議論の本筋には影響しないものだったのでよかったです。したがって午前の各大問の詳細については上記のものを参照してください。
午前の答え合わせもそこそこに、午後の話に入りました。運がいいことに5人中4人が代数専攻なので、代数の問題(大問1,2,3)にほぼ的を絞ってよいという状況になりました。ちなみに残り1人はSくんで、専攻分野は不明です。分類上は幾何タイプのポケモンですが、代数の話にも付き合ってくれます。大問2(可換環論)を選択したのは私とMさんのみで、2人とも大丈夫そうだったので標的は大問1,3に絞られます。ここで自然と2組に分かれ、私とMさんは大問1(群論)を、ほかの3人は大問3(ガロア理論)を考え始めます。
我々大問1チームの方はいい感じでした。というのもMさんは大問1をがっつり選択しており、結構いいところまで考えていてくれました。その結果を共有してもらったことで、その場では無理でしたが大問1は早期に解決されることになります。
一方大問3チームの方はまったくと言っていいほど進展がないようでした。私やMさんもこちらの話に割り込んだりして5人でいろいろやってはみましたが、結局みんなが試験中にたどり着いた場所(ちょうど私がたどり着いたのと同じ)以上の進展はみられませんでした。そう、今回もガロア理論が大地雷だったのです。この20時間はもっぱら、この大問3に苦しめられることになります。
ということで今後の話の流れをわかりやすくするために、大問3の概要を説明しておきます。と言ってもなんとなく怖いのであまり深い内容は話さないようにします。この問題は有理数体Qに特定のパターンでどんどん元を添加していって得られるQの拡大体Kn(nは任意の正整数)に対し、体拡大Kn/Qのガロア群を決定するという問題です。
ガロア理論を触ったことのある人なら、これを聞いた時点で「あ、やべえわ」となると思います。普通の問題であれば扱う体拡大は1つ、まあ多くとも2つです。あの東大数理の問題ですらその例にもれません。しかし今回は無数の体拡大に対して統一的な議論をする必要があります。しかも拡大次数ならまだしもガロア群を求めよというのは正気の沙汰ではありません。ガロア群が分かるとその体拡大について結構分かったことになるので、当然一般にはガロア群を決定するのは難しいです。それを無数の体拡大に対してやれというのははっきり言って狂っています。
まあこれで大問3が超絶やばい問題なのだということは伝わったと思うので、本筋に戻ります。
しばしの休息
休憩所での会合はしばらく続いたのですが、このままでは日が暮れてしまうので夕食をとろうということになりました。今後も連絡が取れるようにこの5人をメンバーとしてdiscordサーバー「京大てえさくかい」を設立し、近くにあった餃子の王将へ向かいます。そこでも私はMさんに大問1の話を聞かせていただいていました。話を聞いているうちに私はスイッチが入ってしまい、問題用紙を取り出して集中モードに。するとMさんも紙と鉛筆を取り出して何かを考え始めてしまう勢いだったので、このままでは迷惑になってしまうとあわてて注文。そのとき誰一人餃子を注文しなかったので店員さんに「餃子はよろしいですか?」と聞かれてしまいました。せっかくの餃子の王将なのにすみません(結局注文しませんでした)。
何はともあれ夕食も食べ終わり、その場はいったん解散することにしましたが、そこで衝撃の事実が発覚します。なんと偶然にも、Bくんは私たちと同じホテルに宿泊していたのです。さすがにMさんの宿泊先は我々とは違ったので早々に別れましたが、Bくんとは帰り道がまったく同じだったので、今度は私がBくんに大問1の説明をし始めました。
その場で思いついた私のアイデアも交えて話していたのでかなり散らかった話になってしまったと思うのですが、Bくんはそんな私の話を聞いて的確な返答をしてきます。恐ろしく高い数学リスニング能力、しびれました。あまりにも快適に議論をすることができたので私も調子が出てきて、一切紙に書いていないにもかかわらず問題はどんどん進展。なんとホテルに戻る前に完全解決に至りました。MさんとBくんのおかげです。ありがとうございます。
ホテルに戻ったあと、せっかくBくんとホテルが同じだったので、あとで我々の部屋で大問3を一緒に考えようと提案しました。当然お互い色々準備があるのでいったん別れます。そのあと大浴場で私とSくん、Bくんが集合したので少し話し込みました。そこで判明したのですが、私は専門の大問5(ホモロジー)で大きなミスを犯していました。同じく大問5を選択したSくんと意見が食い違っていて、失礼ながらそういうときはだいたい私が正しいので今回もそうだろうと高をくくっていたのですが、今回は逆でした。Sくんは結構すっきりした方法で解いていたので、私は現実逃避交じりに
「そんな簡単に解けるわけがない!」
などと供述していたのですが、何度考え直してもSくんの方法は正しかったのです。専門の大問一つというのは全体の配点500点のうちなんと100点を占めています。それを丸々一つ落としたかもしれないという事実に、私はド派手に絶望しました。いつでもポジティブなSくんは
「方針は合ってるから50点くらい部分点入るでしょ」
とフォローしてくれましたが、そんなわけないだろ。
絶望の夜戦
そんなこんなであとは寝るだけという状態になったので、Bくんを部屋に招待しMさんともdiscordのボイスチャットで連絡をとれる状態にして、5人で再び大問3に挑みます。と言っても私は大問1の解答を清書してdiscordに投下するという仕事を片付けてからの参戦でした。
そこから5人の力を合わせて奮闘していましたが、マジで進展しませんでした。とは言ってもさすがに何のアイデアも出ていないわけではなく、Kn/Qの拡大次数については2つの予想が出ていました。
予想1.拡大次数2^n説
予想2.拡大次数2^(2^(n-1))説
まあこのいずれかだろうというのは5人の総意だったと思います。もし予想1が正しければガロア群は容易に予想できるが、現象としてあまりにも都合がよすぎるという感じです。一方予想2が正しければ現象としては性質がよすぎず自然ではあるが、ガロア群の予想がマジでつかなくなるという感じですね。ちなみにSくんとDくんは予想1を支持、私は予想2を支持、BくんとMさんは中立でしたかね。
すでにわかっているn=1,2の場合はどちらの予想にも矛盾していないため、一般にはどちらなのかまるで見当がつかない。n=3の結果が喉から手が出るほど欲しいという状況です。しかしそのn=3の場合がいつまでたってもわからない。そのあまりに停滞っぷりにSくんは考えることをやめてそのまま就寝。Dくんも私の書いた大問1の証明を追う作業にシフトしていました。Mさんも夜が更けてきたということで離脱。私とBくんは最後まで戦い続けましたが、いつの間にか0時30分になっていました。さすがにこれ以上はまずいということで解散。K3/Qの拡大次数すらわからないという、文字通り
「なんの成果も!!得られませんでした!!」
ってやつです。どうすんのこれ。圧倒的絶望感のなか私も就寝しました。
京大口頭試問当日(8/21)
死ぬほど疲れていたのでしばらくぐっすり寝ていたのですが、不運にも4時30分ごろにトイレに起きてしまいます。そして幸か不幸か、思いついてしまったのです。n=3の場合の突破口を。あんな激闘の後にたった4時間しか寝ていないのだから、体は疲労困憊のはずでした。しかしそんな疲れなど吹っ飛び、私は一人猛烈に計算し始めます。そして1時間後。ついにやりました。n=3の場合が予想2での解決に至ったのです。
つかの間の達成感に包まれながら一連の計算をdiscordにアップします。ログを確認しましたが5時48分のことです。しかし困りました。予想2での解決です。いったい一般のnではどうするのだという気持ちです。軽く絶望しながらもとりあえずn=3でのガロア群を特定。それはもう変な群でした、なにこれマジで。まあ成果は成果なのでこれもdiscordにアップ。
「まあn=3の結果は手に入れたんだから最低限の材料はできたかな。このぶんじゃ一般のnはマジで無理だ。残された時間は他のことに使った方がいい。」
そう考え、ついに私も大問3から手を引くことにしました。せめてできることをしようという気持ちでセミナーの復習を始めます。そうしているうちに1次合格発表の時間が近づいてきました。数学教室RIMSともに発表後すぐに口頭試問に駆り出される可能性があったため、発表は現地で見ることにしていました。ということで3人で京大へ向かいます。
「専門で丸々1問落としたのに、1次を通れるのか?」
「口頭試問では何を聞かれるのだろう?」
「セミナーの復習全然できてないな。」
「あの大問3はいったいなんだったんだ?」
京大に向かう途中ずっと、このようなことを頭の中でぐるぐる考えていました。こんな考え事もすべて、己の無力さが原因。悔しいとか悲しいとかそんな感情も消え失せて、一周回ってどこか晴れやかな気持ちだったと思います。連日の戦いでもうとっくに頭がおかしくなっていました。京大に到着するとちょうどお昼時だったので、発表の前に昼食をとろうと近くの学食に立ち寄りました。
まさかの急展開
学食に到着すると、なんとそこにはBくんの姿が。彼も発表を見に京大へやってきて、一足先に昼食をとっているところでした。言っておきますが、まったくの偶然です。そんなわけで我々3人もそこに合流。何を食べようかと考え始めます。そこでふと私はBくんに質問します。
「あ、あのガロア理論のやつ見た?discordの」
するとBくんはこう答えました。
「あーあれ自分も確かめてみたんだけど、計算が合わなかったんだよね」
え?の一言です。私はすぐにノートを取り出し、どこで計算が合わなくなったかをBくんに教えてもらいながら確認します。Bくんの言う通りでした。私は勘違いというか、計算ミスを犯していたのです。ゆえにn=3で証明できたというのは、誤りでした。
「じゃまた入るか入らないかわからなくなったってことか…」
私はそう言ってすべてを投げ出しました。あ、この「入る」というのは何かというと、予想1か予想2かという問題は、要するにある元がベースの体に属する(平たく言えば「入る」)かという問題だったので、我々の中でそういう共通言語が生まれていたというわけです。ちなみに「入る」なら予想1で「入らない」なら予想2です。ここらへんを数学的にしっかり説明しようとすると無駄に長くなるのでふわっとした説明になりましたが、ご了承ください。
もういい加減やめたくなりましたが、諦めないことだけが私の取り柄です。どうにか打開策を見つけようと奮起し、計算過程を何度も見直します。そのときでした。突然それまでとはまったく違う何かが見えたのです。私はその「何か」が消えてしまう前にノートにアイデアを書きなぐります。そして、たどり着いたのです。
「入るわ」
その一言のもつ意味が伝わっていなかったのでしょう。無理もありません。Sくんはこう聞き返してきました。
「入る、可能性があるってこと?」
それに対し、私ははっきりとこう答えます。
「はい、る!入るわ!8次拡大だよこれ!!確定!!」
私の言葉に、ほかの3人は一瞬で反応します。私は向かいの席にいたDくんに自分のアイデアを説明します。ほかの2人も覗き込むようにして私の説明を聞きます。そしてBくんが一言。
「いけてそう」
もう4人とも大盛り上がり。予想2での解決が泡と消えてからの急転直下。n=3の場合が予想1で解決した瞬間でした。そこからガロア群も計算してみましたがやはり予想通り。このままいけば一般のnでの解決も見えてくるかもという状況になりました。そこからは4人一丸となって、必死に計算を進めていきます。
しかし残念ながらそれ以上の進展はみられず1次発表の時間に。数学教室とRIMSで発表場所が若干違ったので、数学教室組とRIMS組の2人ずつに分かれて別々に発表を見に行きました。
完全解決への挑戦
結論から言うと「京大てえさくかい」のメンバー5人は、無事全員1次を通過しました。しかしBくんの集合時間が1次発表の15分後という驚きの仕様になっていました。彼は数学教室も併願しているため大忙しです。Bくんはダッシュで集合場所に向かいます。ちなみに私の集合時間は16時頃と遅めだったのですが、Bくんのあわてっぷりにつられて思わず一緒に走ってしまいました。これが青春か…(?)
走った先にはDくんの姿が。彼の集合時間はあと1時間ほど先のようでした。Sくんの姿はありませんでした。彼もすぐに招集されたようです。とにかくもう少しだけ猶予が与えられたので、大問3を考えるため2人でいつもの休憩所に向かいます。
これは後で気づいたことなのですが、ここで大問3にアタックする時間が与えられたのは、私が数学教室を併願しなかったことも要因として大きいと思います。もし私が数学教室も併願していて、いまのBくんのようにすぐに口頭試問に駆り出されていたら、私の挑戦はここで終わっていた可能性もあります。RIMS専願という本来愚かな選択までもが、私に味方した瞬間でした。
ほどなくして休憩所に到着。Dくんはn=3の場合の流れの確認、私は同じ方法がn=4でも通用するかの実験をしていました。似たような手口を使って計算を進めているとうまくいきそうな雰囲気に。Dくんと一緒になって
「うおおやべえこの問題!!」
とか大騒ぎしていました。するとこれまた見知らぬ人から
「ガロアやってるんですか?」
と話しかけられました。彼(以下、Xくん)の話を聞いてみるとやはりn=3の場合の手前で止まっている様子でした。あの問題は客観的にみても相当難しかったのではないでしょうか。ともかく、テンションが最高潮になっていた私はXくんにも自分のアイデアを説明します。
ちょうどそのくらいの時期に「いつもの休憩所にいます」というdiscordの連絡を見てくれたのかMさんも合流。あ、1次発表の画像をdiscordにアップしてくれたのはとても助かりました。集合時間の記憶があやふやだったので。Mさんありがとうございます。そんなわけで4人となったところでMさんにもアイデアを共有。
「何でうまくいってるんだこれ??」
と大変困惑しておられました。私もそう思います。人が増えたのはいいのですが、予想以上に捜査は難航します。n=3のときは実験すべきケースが本質的に1通りしかなかったのですが、n=4になると3通りくらいに増えてしまうのです。それもあって実験が思ったような結果にならず、帰納法の回し方が見えずにいたのです。
そうこうしているうちにXくんとDくんの集合時間になってしまい、2人はその場を離れます。ちょうど入れ替わるタイミングで数学教室の口頭試問を終えたBくんが戻ってきて、RIMS組が全員集合。この3人が、京大戦における最終パーティとなります。
途中までは3人で大問3に取り組んでいたのですが、さすがに口頭試問の時間が近づいてきたということで私以外の2人はセミナーの復習にシフトします。しかし、ここまで読んでくれた皆さんならわかってくれるでしょう。ここで引き下がるわけにはいきません。ここで諦めたら、それこそRIMSの合否よりも大事なものを失うような気がしたのです。私はセミナーの復習を完全にあきらめ、大問3に最後まで挑み続ける決断をしました。文字通り「たったひとりの最終決戦」ってやつです。元ネタの人は負けたので縁起が悪いですが。
そこからはひたすら具体的なケースで実験を続け、帰納法の主張を何とか形にしようと孤軍奮闘します。とてもゆっくりと、しかし確実に、私は前進していきます。帰納法の回し方も徐々に見えてきて、いよいよ一般のnで予想1を証明しにかかりました。
いったん涼しいところに移動しようということでいつもの休憩所から農学部の食堂へ移動。そこからも我々3人は各々の作業に集中します。しかし正直言って私の方は、本来するべきセミナーの復習を放置していることにより不安な気持ちでいっぱいです。ほかの2人は忘れている箇所を確認するように教えあいながら、着々と口頭試問の準備を進めていく中、私はただ大問3と格闘しています。
「ああ俺は何を…セミナーの復習、いやでも…ああ!」
そんなことをぶつぶつ言いながらひたすら試行錯誤を繰り返します。はたから見ればただの変質者です。そんな私の様子を見たMさんが、Bくんに
「彼はそっとしておこう…」
と言っていました。気を使わせてしまってごめんなさい。ともかく私はやり場のない不安と戦いながら、あと少しで解けると信じて戦い続けます。そしてついに、その時はやってきました。
「なんて美しいんだ…」
全員野球でたどりついた、奇跡のような方法でした。とうとう一般のnでKn/Qの拡大次数を決定するに至った私は、本当にそのまま上記の言葉を言いました。ちょうどそのタイミングで、そろそろ控室へ移動したほうが良いという時間に。我々3人は荷物をまとめ、ついに京大戦最後の戦場へと向かいます。
控室に向かう途中、私はたったいま完成したばかりの証明のエラーチェックを脳内で行っていました。よく考えると、あの証明はいくらなんでも都合がよすぎる気がしたからです。すると残念なことに、その通りでした。紙に書かなくてもわかるくらいの誤りが見つかったのです。京都の地に突如として現れた魔物は、最後の最後まで私たちに牙をむきました。
控室にて
たったひとつの難問をめぐる私たちの戦いは、とうとう控室にまでもつれ込みました。3人で控室に入室すると、そこには誰もいませんでした。その時間帯に呼び出されたのは、ちょうど我々3人だったようです。知らない人の圧に怯えなくてよいと安心したのもつかの間、私はすぐさま大問3の証明の修正を試みます。しかし健闘虚しく、呼び出し役と思われる先生が控室に入室してきました。私の受験番号が3人の中で一番早かったので、もうダメだと思ったその時。
呼び出されたのはMさんでした。
1次発表の画像をよく見てみると、私たち3人の番号のうち、Mさんの番号が一番上にありました。私の番号は上から2番目です。この不自然な順番は、呼び出される順番を意味していたのです。本当に間一髪。命拾いしました。Mさんが口頭試問を受けている間、あと数十分は猶予があります。この時間を無駄にはしまいと、私は再び大問3に挑みます。
先ほどどのような誤りをしたかというと、実験するべきパターンがいくつもある中で、私はそのうち一通りに関する主張だけで拡大次数を決定するには十分だと勘違いしていたのです。実際にはそうではなく、すべてのパターンに対して統一的な議論をする必要がありました。なかなか難しい仕事です。それでも私は諦めず、具体的なケースに戻りながら何度も何度も試行錯誤を繰り返します。そしてとうとうとらえたのです。一連の計算の裏に隠されていた、真の本質を。これが決め手となって、今度こそ本当の本当に、一般のnで予想1を証明することに成功したのです。
残された時間は推定20分ほどでした。とは言ってもMさんの口頭試問がいつ終わるかわからないので、本当に極限状態での戦いです。そのわずかな時間を使って、私は証明のエラーチェックを行いました。Kn/Qの拡大次数しか決定できておらずガロア群の決定には至りませんでしたが、さすがに引き際をわきまえました。そして無事エラーチェックを終え、正しいと確信できてからほんの数分後のことです。Mさんが控室に戻ってきて、ほどなくして私が呼び出されました。
口頭試問:約40分
こちらは守秘義務があるとのうわさなので詳細は伏せて書きます。いくつか危なげな質問(数学的な議論が必要なものではない)を切り抜けたのち解き直しを聞かれ、大問1,3を発表しました。初めは緊張しましたが、数学の話を始めたあたりから波に乗り夢中で話していて、大問3のKn/Qの拡大次数を決定する方針を述べたところでタイムオーバーになりました。
世界的に活躍されているRIMSの先生方の前で数学の発表ができたことを誇りに思います。本当に夢のような時間でした。ありがとうございました。
口頭試問を終えた私は、正真正銘晴れやかな気持ちだったと思います。先に戦いを終えていつもの休憩所で待っていてくれたSくんに口頭試問の感想を聞かれたときの第一声が「楽しかった!」だったくらいです。マジでおかしなテンションになっていました。
ちなみに例の大問3ですが、東工大数学系のとても強い人に聞いたところ「実円分体じゃん」と一言。私たちとはまったく違うスマートな方法で解決していただきました。たった1行での証明でした。泣いていいか。
Dくんは京大戦の直後に別の大学の試験があったので、すぐそちらに移動。というわけでホテルを予約している23日の昼まではSくんと2人で京都に滞在することになります。
私は学食に行ったときにあんなことがあったものですから、昼食を食べるのを忘れていました。それもあってとてもお腹が空いたので、夕食をどこでとるか決めようと京大構内を歩き始めたのですが、そこでようやく気づきました。明らかにSくんの元気がありません。ただ疲れているだけだと思っていたのですが、何やらただ事ではない様子です。そんな彼に何があったのかは私が書くべきことではないと思うので伏せます。本人が院試体験記か何かで語ってくれることを期待します。
夕食についてはいろいろ調べたのですが、結局20日にも立ち寄った餃子の王将に落ち着きました。今度はちゃんと餃子を注文しました。私は食べるのがとても遅いのでいつもSくんを待たせてしまうのですが、この日だけは逆でした。Sくんは結構大食いなのでマジの異常事態です。この時点で私はSくんからことの顛末を聞いていたのですが、そりゃそうなるわなといった感想でした。
ホテルに戻った私はなんか気持ち悪いので残った京大の問題を片付けようとしましたが、ひとまず戦いは終わったのでいったんゆっくりしようと思い直し中断。22時頃に就寝しました。
忍び寄る過労の影(8/22)
マジで寝られませんでした。体だけでも休めようとベッドからは出ずにいたのですが、ほとんど眠れていないと言ってもいいくらいです。最悪の気分でベッドから脱出し、朝食を買うためコンビニへ向かいます。口頭試問直後からのどに違和感があったので、コンビニでは朝食のほかにのど飴を購入しました。
部屋に戻り適当に朝食をとってからは、Sくんは4日後の東大数理に向けての勉強、私は口頭試問までに間に合わなかった大問3のガロア群の決定に取り組んでいました。私の方は11時頃に証明が完成。出題から約45時間での完全決着となりました。
一仕事終えた気になった私はなんだかとても疲れてしまったので、その日の午後はほとんど休んでいました。というか、もう完全に体調不良でした。椅子に座っていられる気力すらなくなって、ベッドで横になりながら京大午後の大問4(多様体)をだらだら考えていました。しかしそれすら続行不能になって、20時30分に就寝しました。
東京へ(8/23)
はい、寝られませんでした。もう不眠症の域です、マジで勘弁してくれ。変に力が入っているのか肩凝りがひどいのなんの。言わずもがな体調はさらに悪化していました。咳と鼻水という完全にまずい症状も出始めていました。この日の午前中には東京に向けて出発する予定だったのですが、無事に帰れるのか?という気持ちでした。
そんな明らかにまずい様子の私を見て、Sくんは何から何まで面倒を見てくれました。行きは京都駅からホテルまで徒歩がメインのルートで来たのですが、私に合わせてほぼバスと電車だけで京都駅にたどり着けるルートを構築してくれました。さらに荷物まで持ってもらうという至れり尽くせりっぷり。無事京都駅にたどり着き新幹線に乗ることができました。
品川駅に到着してからも、正直私はいつぶっ倒れてもおかしくないくらいの状態だったので、なんとSくんは私を自宅まで送り届けてくれました。本当にありがとうございます。今度任意のものおごります。自宅にたどり着いてからは、最後の力を振り絞って最低限の片づけとシャワーを済ませ、私はそれこそ倒れるように眠りにつきました。
目覚めたのは17時頃です。2時間ぐっすり眠れるなんてラッキーだなと思いながら、何の気なしに体温を測ってみました。
38.1度。文句なしの高熱でした。
呆然とした私は、とりあえず母にその旨をLINEしました。どうしよう。東大受けられるのかこれ。そう思った私は、少しでも体を休めようと再び横になります。しかし激しく動揺していて眠りにつくことができません。
そうこうしているうちに22時に。すると母が地元の茨城からはるばる駆けつけてくれました。外出するのもままならない私の代わりに、食料や薬を買ってきてくれました。親は偉大です。本当にありがとう。母が買ってきてくれた薬の中には、私を最も苦しめていた肩凝りに効くという葛根湯がありました。私はわらにもすがる思いでそれを服用し、0時頃に就寝。
衝撃の事実(8/24)
久しぶりによく眠れたような気がします。この日は家事は母に任せ、私は休養に努めました。頼むから東大筆記当日(8/26)までに治ってくれと祈りながら、ひたすら体を休めます。ただ本当に東大を受けに行くのであれば、コロナでないことは証明する必要があると母に指摘されました。
確かにその通りです。しかし私はその点は心配していませんでした。マジで動けないというほど症状は重くありませんでしたし、食欲も普通にあったからです。よって私はただ陰性の診断書をもらいに行く気分で病院へ向かい検査を受けました。
陽性でした。コロナ陽性です。
私は、ただ呆然とするしかありませんでした。検査をしてくれた先生が何か話していましたが何も頭に入ってきません。
「28日までは外出を控えてください」
と言われたことだけは覚えています。こうなってはもうどうしようもありません。とりあえず東大教務やSくんら友人に検査結果を伝えます。するとSくんは
「別室受験などの救済措置があるかもしれない」
と助言をくれました。その言葉に一瞬希望を感じましたが、そもそも東大に行くまでに誰かにうつしてしまう可能性があるしなあ…と悩みます。そんなもやもやを抱えたまま、その日は眠りにつきます。
決断(8/25)
布団の中で、私は東大受験に行くか行かないかを考えていました。そして私は決断します。私は東大受験を断念することにしました。そもそも院試とは、大学院に入学するための試験です。本来、力試しや道楽を目的として受験するものではありません。もちろん人様に迷惑をかけないのなら別にそれでも良いのですが、今回はそうではありません。
私の場合、RIMSはわかりませんが東工大は合格をいただけるだろうという状況でしたし、そもそも東工大の院に行ければそれでいいと考えていました。ならば、どうしても東大数理を受験しなければならない理由はありません。しいて言えば、私は大学受験のときも共通テストで思ったように点が取れず、東大受験を諦めたことがありました。今回の院試でその因縁に決着がつけられるかなと考えていました。
しかしコロナというのは、最悪の場合命にかかわる恐ろしい病気です。大学受験のときの因縁などというくだらない動機のために、不特定多数の人の命を危険にさらすというのは明らかに間違っています。以上のようなことを考え、私の中で東大受験を断念するという気持ちが完全に固まりました。
東大戦(8/26~8/29)
最後の戦いである東大戦は、プレイヤーとして戦うことは叶わなくなってしまいました。しかしそんな私にもできることはあります。東工大数学系の東大受験勢のサポートです。
東大受験勢のほとんどが解析専攻だったので解き直しではあまりお役に立てませんでしたが、口頭試問に関してはある程度情報を持っていました。私自身のRIMSの口頭試問での経験則や、研究室の先輩からいただいていた東大数理の情報など、できる限りの情報を提供しました。またSくんは面接というものが苦手なようだったので、私が面接官役をやって口頭試問の練習をしたりしました。これも正直役に立てたかというと微妙なところですが、何もしないよりはよかったと信じたいです。
非常に長くなりましたが、以上が今回の院試で体験したことのすべてです。本当に壮絶な2週間でしたね。自分で書いていても現実とは思えないようなことの連続でした。一生忘れることのない経験になったと思います。
教訓(要約?)
ほとんどの人にはこんなクソ長い文章を読んでいる時間などないと思うので、私が今回の院試(とくに当日)を通して重要だと思ったことを厳選していくつか挙げます。
・院試は助け合いです。個人的な意見として、院試は大学受験に比べて体力的にも精神的にもずっとハードな戦いです。よって1人で乗り越えるのは不可能と言っていいでしょう。大学やSNS、もう何でもいいです。とにかく仲間を募って助け合ってください。
・試験本番で焦ったときは、できる問題から取り組みましょう。解けた問題が増えてくると、気持ちも落ち着きます。
・どんなに時間が余っても、見直しはしてください。絶対に間違いはどこかにあります。試験の運命は試験中にしか変えられません。試験後に後悔しても遅いですよ。
・時間を計って過去問演習を何度も行い、試験での立ち回りを確立しましょう。とくに専門での立ち回りは難しいです。1つの問題に固執すると大地雷を踏むことがありますし、かといって多くの問題に手を出しすぎるとかえって深く考えられなくなります。練習ならいろいろ試せるので、自分に合ったスタイルを見つけてください。
・とくに院試本番では、ストレスやプレッシャーでまともに睡眠がとれなくなることがあります。するとコンディションが悪化したり、最悪の場合今回の私のように体調を崩すこともありえます。それを防ぐためにも、無理にでもリラックスする手段を持っておくとよいです。
自分が落ち着いて休める環境づくりはもちろん、アロマや葛根湯などのドーピングアイテムに頼ってもよいです(ただし皆さんの体質と相談してください)。無茶なことを言っているのは承知の上ですが、休めるときは全力で休んでください。
結果
東工大…合格(第一希望の研究室)
RIMS…合格(数論幾何)
東大数理…新型コロナウイルス発症のため欠席
成績開示
東工大…英語:50/50 専門科目(数学):303/350 口頭試問:A
京大…基礎:270/300 専門:80/200 英語:A(A~C) 適性:B(A~D) 学力:B(A~D)
おわりに
今回の院試では本当に多くの方にお世話になりました。多すぎるのでお名前は挙げられませんが、私に関わってくださったすべての方々に感謝します。
他の同期の体験記
解析の人
・初代院試対策会の設立者
・Nくん(東工大1次発表をまだ見てない私に番号を見せてきた人)
幾何の人
・多様体の件でなんか助かってた人
・Kくん(口頭試問当日の朝に遭遇した口頭試問午前勢)
・ホモロジー道場に引き込もうと思ったけど失敗した人
代数の人
・初代対策会で毎度ほぼすべての問題を解いてきてた人
・位相空間論自信ニキ
・Uくん