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落花生

思い起こせば20年も前のこと。
某文学新人賞の選評で、選考委員だった石田衣良が語っていた。
「男性は村上春樹、女性なら川上弘美の文体を真似た作品が多すぎる」
文体を真似ることは意外に簡単だ。耳力のある人にはできる。
村上春樹は学生時代から読んでいたけれど、川上弘美は読んだことがなかったので、とりあえず、エッセイ集を読んでみた。

もし「神様」でデビューできなかったら、落花生を抜くのが上手な女の子を書いてみようと思っていた。とある。

落花生を抜くのが上手な女の子。
それが、ずーっと、心の底に残っていた。

春に、たまたま落花生の苗をいただいたので、植えた。
マメ科の花でマメ科の葉。マメ科は強くて勢いがいい。
でも、収穫の時を迎え、「抜くのに上手と下手があるのでは」
と、川上弘美のエッセイを思い出した。
ググっても、上手な抜き方、というのはなかった。
落花生の抜き方に、上手いも下手もないのだった。
落花生を抜く、という発想のおもしろさが川上弘美の持ち味で、
熊が川辺で魚を干す、という「神様」の発想が多くの読者を得たと思う。

さて。美文で知られる中国の作家、巴金の短文に「落花生」がある。
落花生は、とても有用な作物である。やせた土地でも育ち、栄養も豊富で、
煮ても炒ってもおいしい。油も搾ることができる。
人も、有用であるべきだ。役立たずになってはいけない、という内容。

人是要作落花生。不要作無用的人了。

若いころは、ほお、なるほど。と思ったものだ。
今はそうは思わない。

ありとあらゆる存在に価値はある。
大切なのは、価値をはかるものさしだ。

北京で暮らしはじめた頃、大学の広場に毎日、
炒落花生を売りに来たおじいさんが、
「ワシの落花生でこんなに腿が太くなったのお」
とうれしそうに高笑いしていたけど、
実に炭火焼の落花生で、ひと月に8キロ太ったものだ。
落花生には魔力がある。

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