脳内で蛍の光が鳴っている
20年生きてきてずっと叶わなかったものは渇望になる 失敗体験で雪だるま式に膨らんだ負のバイアスも併せて
「この場にいる全員がそれぞれどうしようもなく壊れてるね」という言葉にその場に居た一同が笑った。実際それぞれボロボロだった。珍しい存在のように思えた。 でも、おかしい要素がない人なんてこの世界に存在するんだろうか。あるいは、そうやって笑っていないとやっていけないのかもしれなかった。
どうしようもない理不尽が生きることに付きまとう。 人はいつか死ぬ、わけもなく明日も生きなければならない、自分は自分以外にはなれない、欲しかった才能が自分にはどうしようもなく無い、そのせいで夢を諦める、永遠は無い 等 理不尽に打ちのめされ、ボコボコになっている人が居て その人に対して、私は …あのね。人はいつか死んでしまうものなんだよ。死んでしまった人は現世で生きてる私たちの手の届かない場所に行ってしまったから、もうどうしようもないんだよ。君は手の届かない世界に行ってしまっ
頑張ろうと思ったけど頑張ろう頑張ろうと思えば思うほど追いつかない それなら今よりもっとすごく頑張ろうと思ったけどそう思えば思うほど実際にはもっと頑張らなかった
今日はクリスマスイブだ。 クリスマスイブというだけで世界が態度を変えたように見えるそれが気持ち悪くてかつてなく怒り狂っていた。 なにがクリスマスだ ふざけてんなよ 12月24日の1秒と1月24日の1秒の長さは何も変わらないのに価値を与えて一喜一憂しやがって 同じ1秒なら毎日大切にしろよ ふざけんなマジで 怒りというより懇願とか嘆願に近いかもしれない。 そうやって口にするのが大事だった。 こんなことを言っておきながらおれはバ先の人とクリスマスケーキを共に食べたので、頭の
コンビニのホットスナック研究会を作るならなら、おれが会長を務めます。 フトン ふわぬく 「ここだけ空気感がふわふわしてる」と言われたり「思考回路が同じすぎる」と言われたり 色々な人とのペアリングでそういったことを何度も経験した。 軽くて作りが安易だからこそ同じにしやすいしふわふわにしやすいのかもしれない。深い結び付きではないので、人同士の繋がりが解けたときには一緒に解けて残らない。強い繋がりは解けたとしても強い遺物として残ることを知っている。それには程遠い。 会長挨拶
言葉で笑顔を表すのは難しい
LINEの公式アカウント(壁打ち)にひとりごとを書く癖がある 日常を愛しましょう、みたいなことが愛されますが 相当厳しいことなんじゃないかと思うところもある みんな日常を愛した結果日常に呪われている、そのことに気づいて、日常を愛しましょう系のツイッターアカウントを消してしまいました。おあそびはおしまいにしてやろうという気分だった気がする そんなこともあったしそんなこともある 日常に辟易しているのかもしれない、エモと日常は同一視されがちかもしれない エモに辟易している エモ
この記事は去年の春に私が書いたものです。公開せず下書きに残っていたんですが、せっかくなので出します。 ── ある春の日に私が思ったことを整理せずそのまま書きだしました。今日の天気はくもりのち雨です。 1.駆ける風 新幹線の窓から見える町の景色、どこも桜が咲いていた。雨に濡れる桜が良い。晴れた空を背景にした桜よりも好きかもしれない。春の曇りの空、雨に打たれて色素が抜けたようになっている桜が好きだなと思う。 2.季節を忘れていく 今日雨が降っているのを見て、久々に土砂降り
冷えきった友人関係には冷たくなったごはんと同じような寂しさがある
虫を見てドキドキするのは気持ち悪いからか美しいからか 例えば蝶という生物。彼らは美しい?幾何学的な羽を持つ。蝶の羽には麻薬のような魅力があると思う。その羽の模様を見ていると、どこか違う世界に引き込まれてしまいそうな気持ちになって自然とどきどきしてしまう。蝶の羽を見て美しさを感じ取れるようになったのはごく最近だ。前までは「気持ち悪い」がほとんどを占めていた。 虫という小さな生き物は日常生活からどんどん排除されていって、今や非日常的な存在となった。昆虫の形(外見、フォルム)は
自己肯定感がゴミカスだった高校生のわたしにいつも「そう思うなら否定はしないけど、そんなことはないと思う」「私は瑞穂の変なところが好き」「私は今までもこれからも変人が好きだから安心して」と声をかけてくれた子がいた とても有難かった
ある日、心の容器が全く見えなくなっていることに気が付いた。その事実は静かな驚きとして私の中に響いた。 だけど、それ以外は特に何も感じませんでした。何も感じなかったことこそが心の容器が見えなくなったことの証明にも思えました。 10代は多感な時代と言うけれど、私の思春期時代は全くその言葉通りだったと思う。17歳頃が一番多感だっただろうか。感動も絶望もわたしの深いところまで吸収されていって、その度にその形や匂い、味や舌触りまで余すところなく味わった。何か音楽を聞いたら胸が本当に痛
富士山、行っちゃった 静岡に色々なものを置いてきてわたしは東京に帰った。片耳しかないイヤホンとか愛用していたのに失くした指輪とか、母親に頼まれて作った料理とか、本当は持っていきたかったクラシックギターとか。 乗車率140パーセントのひかり号に少し揺られながら眺めた富士山は カーブに合わせて少しだけ麓の方を見せて、肝心の山頂はぜんぜん見せてくれないまま、あっという間に行ってしまった。本当は、富士山も持っていきたかった。 目の奥に残る富士山を見る。静岡の少し緑の夕方の空を背に