2 村田沙耶香「消滅世界」を読んで

現代のマジョリティとマイノリティを逆転させた世界観。

僕達が抱いている「世界の常識」とは逆の常識がここでは展開している。性行為をして自分を産んだという母親を、主人公が軽蔑するシーンがある。
なんで父と母が性行為しただけでそこまで軽蔑するのか?とこちらは思う。しかし、「昔は子どもを殴って教育したものだ。今の教育は腑抜け」や「昔は残業が当たり前」など、前時代的な考えを押し付けてくる人は少なからずおり、そうした人たちを煩わしく思う気持ちなら体験したことがある。おそらく、主人公の気持ちはそれに類似したものなのだろう。

また、現実では浮気をした芸能人を咎める風潮があるように感じるが、これも本の世界では逆転しており、一番目の夫が他所で性欲を解消せず妻に手を出した時に嘔吐するというシーンもある。読者の常識をひっくり返す展開が何度も起こる。

「地球星人」の時に、社会を人間生産工場と皮肉っていたが、「消滅世界」では出産と育児が管理されておりまさにに工場である。最終的に主人公は、あまりにも合理化された世界に嫌悪感を抱くようになる。

同じ作者の作品をいくつも読むと、作品を跨いだ関連性を見つけることができ、この作者はこの問題・話題にコミットしている人なのだなと感じとることがある。
村田沙耶香さんの作品を読んでいると「マジョリティの価値観で他の人を評価しないでくれ」という強いメッセージ性を感じる。確かに今はマイノリティの人が声を上げる時代になってきており多様化が促進されているが、十全に少数派の人間を理解して尊重して関わることができているのか?と言われると疑問である。

精神科医の木村敏先生がご存命の時に講演会に参加したことがある。その中で、「今は社会が変わって少数派が受け入れられる時代になってきたので、社会的規範に合わせないといけないのが苦しいという実存的苦悩は無くなっていくだろう」と仰っていた(うろ覚え)。
木村先生がどのような考えでそれを仰ったのかは僕の記憶容量が少ないので覚えていないが、木村先生の予想したよりも、マジョリティとマイノリティが軋轢なく手を取り合って過ごす世界の到来は、先のようである。

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