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雑記12 最近観たホラー映画11ーー「マウス・オブ・マッドネス」「ファイナル・デスティネーション」ーー

 「マウス・オブ・マッドネス」はラヴクラフトにインスパイアされた作品らしいが、寡聞にして未読なためどこがラヴクラフト的なのか、よくわからなかった。本作の特徴は虚構に現実が侵され、想像上の恐怖がリアルなものとなる点にある。このようにメタフィクションを作品の根本としたところは新しいが、ラストが何だか丸投げで呆気に取られてしまった。7点。主人公のジョンは、自身が作家サタ―・ケインの描いたキャラクターであったと中途で気づく。自分が作品の登場人物だったと自覚する設定はボルヘス「円環の廃墟」にも見られ、こちらでは自身が誰かの夢の中の存在だったと気がつく。また、筒井康隆『虚人たち』の主人公は、己がフィクションのキャラクターであることを知った上で行動している。この作品はメタフィクション的文学技巧が冴える名作である。本作では、サタ―・ケインの書いた内容が現実に投影され、実際に怪奇現象が発生するのだが、このような虚構が現実を侵食するというネタはボルヘス「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」で既に使われている。こちらの作品には、百科事典の偽書に書いてある嘘の内容が知らず知らず現実へ顕現し始めているというオチがつく。本作では、サタ―の本を読んだ人間が狂気に毒されて人々を襲っており、ゾンビ映画的な面があるのだが、狂った人達もどうやら理性は残っているらしい。知性を残したまま狂い、暴れるという設定は後に「哭悲」という作品でも用いられている。こちらでは理性の残っていることが重要なファクターとなっており、狂った人々は、想像力が残っているために一層残虐な行為を行っている。
 ピタゴラ装置をホラーに応用した作品が「ファイナル・デスティネーション」である。ピタゴラ装置というのはNHK「ピタゴラスイッチ」内で使用された造語で、正式にはループ・ゴールドバーグ・マシーンというらしい。これは複雑な仕掛けで簡単なことを実行する珍妙な機械なのだが、本作でも事故死という名の殺人を行うために何度も回り道がされており、よくもまあ、そんな殺し方があるものだ、と感心はしたものの、あまり怖くなかった。発想は買うが、ホラーとしてはやや厳しいか。6点。大抵のホラー作品では悪魔なり、殺人鬼なり、幽霊なり、何らか形のあるヴィランが現れるのだが、本作のヴィランは運命すなわち神であり、姿形がないという点が独自性である。キリスト教の唯一神は「創世記」や「出エジプト記」などから分かるように、厄災で人間を恐怖させる。不可視の神による呪詛はキリスト教に留まらず様々な信仰において見られ、日本の祟りなどはその一例である。死の運命との対峙という設定は綾辻行人『Another』にも採用されており、この作品でも突飛な形で人が次々と死ぬ。本作の主人公アレックスは修学旅行先のパリへ向かう飛行機の中で事故を予知し、結果、何人かの知人と共に航空事故から逃れるのだが、それ以降、生き残った人々は死の災いに襲われる。アレックスは自分と仲間が死ぬのを防ごうとするものの、誰かの死を回避すると、別の人に死が降りかかってしまう。防ごうとしても防げない死は本作のテーマで、似たようなモチーフは朱川湊人「昨日公園」にも見られる。タイムループもののこの作品では、主人公が親友を何度も死から救うものの、毎回、助けた後により残酷な方法で親友が死でしまったため、主人公は親友の救済を諦める。ループを重ねる度、死に方が悲惨になるというネタは「魔法少女まどか☆マギカ」や「Re:ゼロから始める異世界生活」でも使われており、これらアニメ作品では最終的に死の運命から逃れることに成功する。

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