2023年07月11日

東京。日中。猛る暑さ。暑さが猛る。外を歩く。ただそれだけで体力が奪われていく。水分が奪われていく。夕方。夕焼け。今日は雨は降らない。少しぐらい雨が降ってもいい。少しでも涼しくなるのなら。自宅ではまだ冷房は使っていない。まだ夏に勝っている。勝っているのだろうか。本日は火曜日。猛る火曜日。

駅。朝から人ごみ。新宿。朝から人ごみ。人の中にいるだけで暑さが増してくる。私の周囲の人々の体温の分だけ私の周囲の空気の温度があがる。誰しもが不快に感じていることだろう。満員電車や人混みが大好きだなんてヤツに未だかつて出会ったことがない。いたとしたらきっとそいつは痴漢だろう。間違いないだろう。

寿司。今日も今日とて寿司を握ってきた。素材を切ってきた。もう何度新しいことに挑戦してきただろう。またこの歳にして新たなことを始めてしまっている。きっと新しいことを始めることが好きなのだろう。きっかけさえあれば新しいことに飛び込んでみたい性質なのだろう。そしてこれまでに取り組んできた数々のこと。そのひとつひとつの要素が組み合わさり、今の自分の形成しているのであろう。新たなことを始め続けて、もっとわけのわからないやつになりたい。そう思う。しかしただひとつのことを追求し続けることにも憧れがある。様残な経験から様々な要素を吸収し、私にしかできない表現に辿り着きたい。きっと私が考えていることはそういうことなのだと思う。多分おそらくそういうことなのだと思う。だとすればこれまで自分が辿ってきた道にも色々と説明がつく。感覚的直観的に選んできた道の数々にも説明がつく。

本。相変わらずのドリアン助川である。今はめっきりドリアン助川に夢中になっている。これまでたくさんの作家に夢中になってきた。今はドリアン助川である。時期的なものや年齢的なものもその時に熱をあげる作家は関係があるのかもしれない。現在は『水辺のブッダ』を読んでいる。起承転結でいえばまだ起の部分である。早く続きが読みたいと思うがなかなか読書の時間が取れない毎日である。

食事。昨日は自宅でも寿司を握った。アジの寿司である。なかなか美味しくできたのではないだろうか。本日も素材があるので握ろうと思っている。イカ、タイ、マグロ。本日のディナーはなかなか豪勢なことになりそうである。

今やっていることがふと無意味に思えてしまうことがある。ことがあるどころではない。私の人生はこの無意味感との戦いともいえるかもしれない。この無意味感は虚無感にもつながる。意味ではなくそこに喜びがあるかどうか。その基準で選べばよ。そういう考え方が世の中にあることもしっている。その基準はわかる。しかしそんなにキレイにわけられるものでもない。電車に乗っていても寿司を握っていても文章を書いていてもこの無意味感はつきまとう。どうすればいいのだろうか。どうすることもできないのだろう。この無意味感とともにがっぷりよっつになって生きていくしかないのだろう。そしてごくたまに訪れる無意味感が消える瞬間。この瞬間を頼りにまた生きていくしかないのだろう。明日もそういう瞬間を探して生きようと思う。

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