「サタンもしくはルシファー」第１話

2024年5月27日 11:40

あらすじ

人類の歴史をかけて、神が送り込んだ救世主・藤堂魁。人類最初のひな型・アダムの失敗、満を持して送り込んだイエス・キリストが十字架にかけられたー２度目の失敗。３度目の正直、藤堂魁に失敗は許されない。しかし、悪魔もそうはさせじと、藤堂魁の命を虎視眈々と狙っている。果たして、神の思いが通じ、人類の新たな歴史が切り開かれるのか。世界制覇を目指すユダヤ財閥との戦いを通じて、真に豊かで平和な社会（ユートピア）を理想に掲げる、藤堂魁の思いは遂げられるのか。

俺はエルサレムに居た。ユダヤ人のルーツを調べていくうちに、現地に足を踏み入れたくなったのだ。
テルアビブ近郊のベン・グリオン国際空港でハイウェイバスに乗り、「ヤッファ門」（ヘブライ語でうつくしの門を意味する）から、エルサレム旧市街地に入った。
旧市街地の狭い道路には、みやげ物屋がずらりと軒を並べ、中東特有の「スーク」や「バザール」が居並ぶ、そんな雑踏の中に、俺は紛れ込んでいた。
ヘブライ語は話せなかったものの、英語はなんとか通じたようで、俺はバザールでお目当てのニット帽を、手に入れることに成功した。
通りを歩くうちに、ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」にたどり着いた。そこは、ユダヤ教だけではなく、キリスト教、イスラム教の聖地でもあった。この日も、それぞれの信徒がみな一心不乱に、壁に向かって熱心に祈りを捧げていた。
俺も、見よう見まねで祈ってみることにした。しばらくすると、頭上からささやく声が聞こえたのだ。
「私は大天使ガブリエル。あなたこそ、ここエルサレムで十字架に召されたイエス・キリストの再臨、メシア（救世主）です」。
青天の霹靂とはこのことか。あまりにも突然のことに、俺は驚いた。夢を見ているのかと、あたりをうかがったが、やっぱり夢ではない。どうやらこれは現実らしい。
啓示を受けた俺は、嘆きの壁をあとにした。人ごみを離れ、しばらく路地を歩いていると、俺は街角で偶然、モーゼと出くわした。反対側の通りでは、マリアがほほ笑んでいるではないか。
これはいったいどうしたことか。俺は恐怖でその場に立ちすくんだ。どうやら、聖地特有の「エルサレム症候群」という、一種の精神錯乱に陥ったらしい。
あげくの果てに、俺は意識を失い、そのまま倒れこんでしまった。救急車で病院に担ぎ込まれ、否も応もなく精神科への入院を余儀なくされた。
世界最強の諜報機関とうたわれる、イスラエルの「モサド」がこの病院でも網を張っており、俺は「怪しい外国人」と思われ、スパイの嫌疑をかけられたのだ。
イスラエル人は、ヘブライ語を母語とするが、一般的には英語を使うらしい。そういうわけで、俺の取り調べもすべて英語で執り行われた。
モサドのエージェントが、居丈高な態度で矢継ぎ早に聞いてきた。
「お前はどこの生まれだ」
「名前は」
「家族構成は」
「最終学歴は」
「仕事は」
「趣味は」
俺は、質問の一つ一つに丁寧に、噓偽りなく答えた。
俺の基本的な性格を始め、思想・信条や性癖まで、モサドのエージェントによって、その場でじっくりと炙り出されていった。
彼らが俺を取り調べたのは、イエス・キリストの再臨が日本人であるという情報を得たためらしい。それゆえ、日本人という日本人をしらみつぶしにチェックしているという。
そんな事情が隠されていたことを、俺はあとで知ることになる。