見出し画像

「サタンもしくはルシファー」第12話

 俺は、モスクワに居た。
アブラハムとボリスに会うため、自ら出向いたのだ。もちろん、アブラハムの用意してくれた、用心棒3人は、常に俺の命を守ってくれている。
 今回は、彩も連れて来た。新婚旅行の代わりと言っては何だが、俺はこれからあまり頻繁には海外には出られない。そう思って、同行させた。
「私は、若いころにアメリカとオーストラリア、東南アジアに行ったことがあるけど、ヨーロッパは初めてなの。嬉しいわ。それにしても、この外国人は何者?図体がデカいし、顔つきも怖いわ」
 彩は、用心棒たちを前にして、不審げな表情を浮かべながらも、楽しそうにはしゃいでいた。
 ロシアにやって来たのは、ユダヤ・ネットワークを攻撃する準備を整えることが主な目的だったが、「魁」の布教具合を知ることも、重要なテーマの1つだった。
 橋本は、財務省を辞め、「魁」の代表に専念して、忙しい日々を送っている。
 俺と橋本の2人で考えたのだが、「魁」のキャンペーンとして、「タバコを辞めよう!適度なお酒を飲もう!」
を取り入れた。
 すると、イギリスやフランスなどヨーロッパを中心に、タバコの不買運動と、反喫煙運動が活発になった。
 一方で、各国のアルコール業者は、酒の購入促進にと、「魁」のキャンペーンロゴを積極的に活用し始めた。
 ――明らかに、「魁」のポテンシャルが発揮され始めている――。
 俺は、新たな時代の到来を予感した。
 前置きが長くなったが、いま目の前には、アブラハムとボリスが座っている。
 モスクワの中心にほど近い、目抜き通りにあるロシアンパブで、3人は計画を練っていた。
「藤堂さん、ユダヤ・ネットワークにハッキングする準備は、いつでもOKですよ」
 ボリスが、軽やかに口を開いた。
「いや、もう少し待って欲しい。我々が立ち上げた新宗教『魁』が、順調に勢力を拡大しているところなんだ。今後の布教の様子を見ながら、ボリスにはゴーサインを出すつもりだ」
 俺は、歯車が上手く回り始めていることを、強く感じ取り、思わずほくそ笑んだ。
「1年前のクーデターは、中途半端な形で終わってしまいました。何とかイスラエルの政権を奪取し、スファラディ系ユダヤ人の国家を作りたい」
 アブラハムが、悔しそうに悲願を口にした。
「俺に考えがある。プロパガンダを使うんだ。『魁』を通じて、反ユダヤのキャンペーンを張ることにする」
 俺は、閃いたばかりのアイデアを、2人に話した。




 
 
 
 
 
 アブラハム、ボリスとの会談を終えて、俺と彩はモスクワを観光した。
 このあと、彩が行きたいと言った都市を中心に、ヨーロッパを周遊した。
 ローマ、ロンドン、パリ、ベルリンと大都市を足早に回って、中世の田舎町、ベルギーのブルージュをゆっくりと散策した。
 続いて、俺が行きたかった街、スペインのバルセロナで、アントニオ・ガウディの建築した、サグラダ・ファミリアを見物。
 さらに、スペインのグラナダを訪れ、アルハンブラ宮殿で、異国情緒を満喫した。
 彩はバカンスを堪能した様子で、終始ニコニコ顔だった。
 最後に、スペイン・イビサ島に到着。ビーチリゾートを楽しんだ。
 彩は、オレンジのビキニ姿で、周りの注目を一身に集めていた。体の線が全くと言っていいほど、崩れておらず、それが俺の心を昂らせた。
「ヨーロッパを回ってみて、どうだった?」
「こんなに長い間、旅行が出来るなんて夢みたい。こんな機会を作ってくれて、感謝しています。あなた、本当にありがとう」
「どの街が印象に残った?」
「みんなステキだったけど、強いて挙げれば、ブルージュね。舟で運河を巡ったり、街歩きをしたり。チーズやチョコレートを買って食べたけど、どれも美味しくて。街自体がかわいいし、まるで中世にタイムスリップしたみたいだったわ」
「彩がこんなに喜んでくれて、俺も嬉しいよ」
 旅の最後に、イビサ島で海に沈んて行く夕陽を、2人で眺めた。
彩は、ピニャコラーダを飲みながら、茜色の情景にうっとりとしていた。
 俺は、マティーニを手に、これから始まるユダヤとの戦いを思い浮かべながら、一つ大きく武者震いをした。




 
 
 
 
 俺は、「魁」の本部に居た。
    9階建てのビルを丸ごと借り受け、先日事務所開きをしたばかりだった。
 ここに、橋本代表を始め、幹部たちが集まった。若手の宣伝部長、生谷尚哉に作らせた、反ユダヤの宣伝チラシを、お披露目することが目的だ。
 この日は、アブラハムとボリスも、呼び寄せていた。
 ユダヤ教のアブラハム、ロシア正教のボリスはともに、日本の神道のことは、あまり分からないようで、「魁」が作った外国人向けパンフレットを熱心に読んでは、異教の信仰を勉強していた。
「これからは、この事務所を作戦本部とする。アブラハムもボリスも、これからはこのビルで寝泊まりしてくれ」
 俺は、反ユダヤ・ネットワークに確かな手応えを、感じ取っていた。
 宣伝チラシには、こう書くことにした。
「世界の9割の富を独り占めしているヤツが居る!」
「こいつらは、飢えた子供たちや、迫害された難民に、救いの手を差し伸べることもなく、見殺しにしている!」
「そいつは誰だ?」
「アシュケナジー系ユダヤ人だ!」
以上の扇動的な文句を掲げ、日本語を含め、8か国語で表記することが決まった。
 チラシの反響は物凄かった。早速、国内外の通信社、テレビなどマスコミが取り上げ、「魁」の存在は急速に知られることとなった。
 イギリスのBBCが、「魁」に独占インタビューを申し込んできた。タイミングを見計らっていた俺は、このインタビューで正体をばらすことを決意した。
「BBCのワトソンと申します。『魁』の実質的リーダーの、藤堂さんですね?」
「はい、そうです」
「あなたの宗教は、神道をベースにした宗教統一を、謳っていますが、なぜユダヤ人だけを攻撃するのですか?」
「異なる宗教同士で対立したり、揚げ句の果ては戦争で殺し合う。世界の宗教にはみんな、限界が見えてきています。その元凶となっているのが、ユダヤ教です。ユダヤ人には、大きく分けて2種類居ます。イエス・キリストの血統を受け継ぐ、正統のスファラディ系ユダヤ人と、人種的にも宗教的にも偽物の、アシュケナジー系ユダヤ人です。
    我々が、攻撃しているのは、アシュケナジー系ユダヤ人です。あなたもロスチャイルド財閥は、ご存知でしょう?彼らもアシュケナジー系ユダヤ人であり、巨万の富を蓄えながら、チャリティーや慈善活動にも全くと言っていいほど、貢献していません。世界にこれだけ貧富の差があるのは、すべてアシュケナジー系ユダヤ人のせいであり、それが彼らの思惑でもあるのです」
「すると、アシュケナジー系ユダヤ人を排除すれば、世界は豊かになると、おっしゃるのですか?」
「はい、その通りです」
 俺は、インタビューに応じながら、ここぞとばかり打ち明けた。
「実は私は、イエス・キリストの再臨なんです。イスラエルのモサドにも、ロスチャイルド財閥の総帥、アラン・ロスチャイルドにも、ローマ法王、ヨハネ・パウロ2世にも、私の正体は知られています」
「本当ですか?だけど、あなたは日本人じゃないですか。どうして、宗教の違う日本に、救世主が現れたのですか?」
「神道の持つ、宗教パワーのおかげです。『魁』は、愛、平和、豊かさを謳っています。アシュケナジー系ユダヤ人を打倒し、世界を真に平和で豊かにすることを、目的としています」
「趣旨は、よく理解できました。本日は、取材に応じて頂いて、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
 俺は、インタビューを終え、予想以上に上手く喋れたと、自画自賛した。




 
 
 

 
 俺は、パリに居た。
 「魁」のヨーロッパ本部がこの日、パリ・コンコルド広場近くのビルに、誕生するのを見届けるために、橋本、アブラハム、ボリスを連れて、やって来たのだ。
 本部長は、ミシェル・プロスト。フランス語はもちろん、英語、ドイツ語、日本語の4か国語に通じた若き実力者だ。
 大学時代、比較宗教学を専攻しており、神道にも造詣が深いという。「魁」が発足して間もなく、東京にやって来てすぐに入信。今回の抜擢となった。
 俺は、ミシェルと握手して、ヨーロッパ本部長就任を、歓迎した。
 ミシェルは元々、カトリック信者だったが、パリ大学で比較宗教学を学ぶうち、キリスト教よりも日本の神道に魅せられ、「魁」に喜び勇んで入ったという。
「藤堂さんはじめまして。あなたの大ファンなんですよ。あなたのことは、BBCのインタビューで知りました。イエス・キリストの再臨なんですってね」
「ミシェル君、君はいくつだい?」
「27歳です」
「若いな。『魁』の普及に、頑張って努めてくれたまえ」
「はい、ありがとうございます」
 俺は、これだけ上手に日本語を操るフランス人は、初めて見た。ミシェルのことを、もっと知りたいと思い、尋ねた。
「ミシェル君は、日本のどこに魅力を感じる?」
「はい、何もかもが違うところです」
「例えば?」
「まず、言葉が明らかに違います。欧米の言葉は、アルファベットから出来ていますが、日本は漢字、ひらがな、カタカナの3種類を、使い分けています。こんな言語、世界的に見ても、歴史的に見てもほかに例を見ません」
「なるほど、君の言う通りだな」
「また、食事についてですが、フランスのコース料理は、一般的に前菜、スープ、オードブル、メーンディッシュ、デザートと、時間を置いて順番に料理が運ばれてきます。つまり、時系列です。これに対し、日本の定食はご飯、味噌汁、メーンのおかず、小鉢、漬物など、みなお盆に載せて一度に出てくる。つまり、空間系列です。食事時間も時系列は長く、空間系列は短くなります」
「ミシェル君は、日仏の文化の違いを、よく理解しているね」
 俺は改めて、この男は使えると感じ取っていた。
「藤堂さん、まだあります。これは、日本人よりも、私たちフランス人の方が意識しているかもしれません。天皇制です。これは、システムというよりも文化的に優れた価値を、有していると言えます。神話の世界を含めて、2600年以上も歴史のある王朝など、類を見ません。フランス革命で王政の途絶えた我が国は、何と口惜しいことをしたことでしょう?」
 なんてすばらしい洞察力を持っているんだ、この青年は?俺は、感動すら覚えていた。

    #創作大賞2024 #ミステリー小説部門
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?