「味方は最後についてくる」佐渡島庸平の考える、信頼と応援の方程式
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株式会社コルク代表の佐渡島庸平さんは、新卒で入社した講談社で週刊漫画雑誌『モーニング』の編集を担当後、独立。2012年に株式会社コルクを起ち上げました。夢に向かうクリエイターを応援するエージェント会社、コルク。そこで得てきた知見と講談社時代の思い出を語る佐渡島さんの「応援」に対する考えは、極めて冷静なものでした。
<Profile>
株式会社コルク代表。
1979年生まれ。東京大学文学部を卒業後、2002年に講談社入社。週刊モーニングの編集者に。『バガボンド』(1998、井上雄彦)、『ドラゴン桜』(2003、三田紀房)、『働きマン』(2004、安野モヨコ)など、数々のヒット作を世に送り出した。2012年に独立し、株式会社コルクを創業。作家と「エージェント契約」での作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営を行う。著書に『僕らの仮説が世界をつくる』(2015、ダイヤモンド社)『WE ARE LONELY, BUT NOT ALONE.』(2018、幻冬舎)など。
人を信じられない社会で「信じる」をベースにすること
――FiNANCiEでも謳っているのですが、今後ますますその傾向が強くなりそうな「自己実現の社会」においては、何が必要だと思いますか?
まず思うのは、「信じる」っていうことが必要ですよね。だけど、人を「信じる」行為ってすごく難しいことだと思うんですよ。
信じることは、昔から難しいことで、だからルールを作る必要が社会にはある。
たとえば恋人との愛情さえも簡単には信じられないこともある。だから契約をするわけですね。それが結婚です。結婚っていうのは「ルールのテンプレート」なんですよね。2人の人間が生きていこうとすると、起こり得るトラブルがいろいろある。だから財産や子どもをどうするかといった問題がクリアになるように、そのテンプレがそもそも用意されているんです。
――法に基づいてということですね。
うん。結婚がそうであるように、社会ではいろんな形でルールがテンプレート化されているんです。人はなかなか他人のことを信じられないから、「もう一歩踏み込もう」「誰かとより深い関係を築こう」とするときに、テンプレート化したルールを利用しているわけです。
従来の会社も同じで、社員がこのプロジェクトに本当に深く関わってくれるかどうか、実際わからない。つまり信じられないから、「正社員」にして、「副業禁止」にして、時間的に拘束することによって自分たちのやっているプロジェクトにしか本気では参加できないように形を狭めてきた。
そうして、いまの世の中にあるほとんどの仕組みは「信じない」ことを前提につくられているんです。
人と話したり、接したりしていても、どこまで信じれる人なのかは、わかりようがないですよね。信じることはリスクが大きすぎて、信じないことにして、ルールを制定する方が、コストがかからない社会だった。
――だからルールが必要だと。
そう。これは近しい関係でも同様で、恋人同士や家族でも、そういうルールがないとうまくいかないことがすごくいっぱいある。やっぱり人は変わるものなので。他人だったらなおさらですよね。
たとえば、ある人が「歌手になりたい」って言っていたので応援することにした。でも1ヶ月後にその人が「やっぱり詩人になりたいな」とか、コロコロ変わっちゃう可能性もあるわけです。
変わってしまうと、人はその人のことを信頼できなくなったり、応援できなくなったりする。
応援するためには、相手への信頼が土台にあります。
2人の編集長から受けた、本当の「応援」
――佐渡島さんにとって「この人からの応援が力になった」というエピソードはありますか?
講談社に勤めていた頃、ぼくの直属の上司でもないし、一緒に仕事をしたこともないある編集長がいたんです。それなのに、その人はすごくたまに、いい仕事をすると「これはいい仕事だったね」といったメールを定期的にくれていたんです。
ぼくが講談社を辞めるとき、机の上に、手紙と本と20万円が置いてあったんです。それはその人からのもので、手紙には「困ると思うから使ってくれ」とだけ書いてあったんですよ。ぼくとほとんど接点がなかったのに、影からずっと応援してくれていたんです。
ぼくが辞めることになったとき、大抵の人はみんな「応援してるよ」「困ったらメシを食わせてあげるよ」って言ってくれたんですけど、社交辞令と感じるものも多かった。
もちろん、お金がすべてというわけではないのですがなくて、その人はぼくに対して20万も出して具体的に応援してくれた。
ぼくも講談社の給与を知ってるからわかるんです。直接に可愛がっていた後輩でもない人間に、20万円を出してあげるって相当な行為ですよね。その行為自体に気持ちを感じるから嬉しいし、ありがたかった。「こうして見てくれている人がいるんだな」と。
いろんな人が「応援」っていう言葉を口にするけど、これがまさに本当の応援だなって思いましたね。彼が定年するときに、今度はぼくがお礼に行くつもりです。
――ご自身としては、どうしてその人が応援してくれたんだと思いますか?
それが編集者なんだと思いますよ。結果を出しているかどうかは関係なく、ずっと動きを見ていて「それがいいんだよ」って言って応援ができる人。
もう一人、もう亡くなってしまったんだけど、ぼくがモーニングに入ったときの編集長です。『ドラゴン桜』がまだあんまり売れていない頃に、会社でちょっとすれ違ったときに「あれはいい作品だよ。売れるよって励ましてくれたんです。
編集という行為は、他の人の才能を見つけてサポートする行為なんですよ。ずっと口出しをするのが編集者じゃないと思います。その編集長の言葉は、ぼくのなかですごく印象に残ってますね。
夢中になれることは、打席でしか見つからない
――佐渡島さんが個人的に「この人なら応援したい」と思う人は、どんな人ですか?
応援を必要としてない人ですね。応援されてもされなくてもやることがある人。
応援がないとできないと思ってる人って、それをやりたいと思ってないですよ。「応援してもらう」という承認欲求が先で、やりたいことがあるわけじゃない。
だから矛盾してるんだけど、「応援してもらわなくてもいい」って思ってる人を応援したい。
でもそれは、「周りを頼らない人」がいいという意味じゃなくて、何かに夢中になっている人がいいということ。「応援を必要としていない人」っていうのは、何かに夢中になっている人であって、周りを頼らないこととは全然ちがう。
夢中になっている人は、夢中だから周りに頼ることを思いつかないだけなんです。そういう人を応援したいですね。
――やりたいことが先にある人は、最初から応援してほしいなんて考えないと。
うん。ぼくね、ドラゴンボールの「元気玉」って本当によくできてると思っていて。悟空って戦い始めたばかりのタイミングで、いきなり「みんなオラに元気を分けてくれ」とか言わないわけじゃないですか。自分で戦って、最後の最後に言う。
「地球を救うためにオラばっかり頑張ってる」なんてことも言わないですよね(笑)。
――たしかに。むしろ戦っているのが楽しそうです。
そう、楽しんで勝手にやってるんですよ。でも、最後にどうしても......っていうときだけ「元気玉」を使う。「応援」も同じで、最後にもらうものだと思うんですよ。
――わかりやすいですね。いまの時代は特に、夢中になれることが見つからない人が多いと思います。それを見つけるためにはどうしたらいいと思いますか?
「夢中になる」といっても、一瞬でなるものじゃないですからね。
たとえば、スポーツの試合でも、完全に集中している状態って、全体の時間のほんの一部でしょ。そもそも試合が始まらなかったら集中した状態にさえならない。逆に集中する状態に入ってから試合をしようって思っても、無理なわけです。
だから、打席に立ち続けていくことですね。
よく記事なんかに書かれている話だけど、モチベーションが上がってから動くんじゃなくて、動いているからモチベーションが上がるわけですよね。
――打席に立つのを迷ってしまうときはどうすればいいですか?
それは失敗した姿を人に見られるのが恥ずかしいと思っているから。それだけだと思います。失敗を恥ずかしいと思ってなければ、べつに迷うことはない。
そもそも失敗した打席ってみんな気づいてないですからね。そんなに人は自分のことを見てくれてない。
それがわかっていれば打席に立てるし、立ち続けていればやりたいことは見つかって、気がついたら夢中になっています。
その最後の最後に、応援してくれる人がついてくる。そういうものだと思います。
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