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映画『ナイトメア・アリー』、教祖はなぜ堕ちるのか。

映画『ナイトメア・アリー』の監督・ギレルモ・デル・トロは、これまでの作品で彼が愛して止まない幽霊、怪獣、ロボットなどをモチーフとして用いてきたが、本作ではこれらのいわゆる怪物は登場しない。しかし、本当の怪物は人間の奥底に潜んでいる事を私たちは最後に知る。

この悪夢がアメリカンドリームの代償だとすると、余りに残酷な結末を受け入れ難い人もいるだろう。ブラッドリー・クーパー演じるスタンは読心術を身につけペテンを繰り返すうち、多額な報酬、名声や地位、豊かな暮らしを手に入れるが、それらが幻影であるとはまるで気付かない。彼は自身を過信する余り、止まらない暴走列車と化し自分自身を見失っていく。そして最後に全ては幻影だと気付いた時、彼は「獣人」になる事を選択する。
わたしが恐ろしいと思うのは、人の心を操ることにより、あたかも自分に本当の力があると錯覚してしまうことだろう。これは大きな罠だ。そして宗教でもある。ジーナが幽霊ショーをやるなとスタンに警告していた理由はまさにここにある。ジーナのパートナーであったピートも自分を見失いアルコールに溺れていったのだろう。錯覚に陥り、幻影にとらわれている時が人生の頂点である。しかし、その頂点で全てが幻であり、すぐ先に転落が待ち受けていることを誰が予測できるであろうか?

本作の怪物はケイト・ブランシェット演じるリリスと言って良いだろう。精神分析医である彼女はスタンと同様に読心術を操るメンタリストでもあるが、彼女は大きなトラウマを抱えている。リリスの胸の深く大きな傷は、過去に受けた暴力が彼女のトラウマであることを物語る。彼女の潜在意識には男性、権力、暴力への憎悪と復讐心があり、権力者達を恐れない無知なスタンはまさに彼女にとっては好都合の男だったのだろう。そして彼女はスタンがエズラを殺害し用済みになるやいなや、彼を見ず知らずの精神異常者として仕立てあげた。カーニバルの興行師が一時的に働いてくれる「獣人」をいとも簡単に作り出したように。リリスは暴力の犠牲者でもあるが、その美しい見た目と裏腹におぞましい残虐性と知性を持ち合わせた本当の怪物なのだろう。

この映画に大きな説得力を持たせているのは、間違いなくカーニバルやアール・デコ調の建造物などの舞台美術だろう。本作の前半ではカーニバルのいかがわしい雰囲気を、後半ではエズラやリリスが暮らす上流階級の冷徹な世界を見事に対比させ構築している。ギレルモ・デル・トロが作り上げた両極端の世界は見るものを圧倒させる。そして彼はそこに巣食う人間の本質は大して変わらないことを教えてくれる。

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