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映画『リコリス・ピザ』、青春を謳歌できなかった者が感じた傑作。



なんて愛らしい映画なんだろう。


高校のアルバム撮影の列に並ぶゲイリーと写真撮影助手のアラナの出会いがホント素晴らしい。

突然女神に出会ってしまったかのような、15歳の少年の輝きをポール・トーマス・アンダーソン監督は実に見事に捉えている。あのキラキラした屈託のない、そして愛らしい笑顔はどこから来るのだろうか?
好きというもはや訂正不能で、時に一方的な感情が持つエネルギーがスクリーンから溢れている。

故フィリップ・シーモア・ホフマンの息子クーパー・ホフマンのデビュー作。満面の笑みで走る彼は青春映画のスターのような貫禄さえ感じられる。

クーパーが演じるのは、太っちょニキビ面の15歳の子役ゲイリー。その純朴な見た目とは裏腹に15歳にして大人の社交場にも顔がきき、自らウォーターベッド、ピンボール販売も手がける野心家だ。彼は次に何を見せてくれるのか?10歳年上のアラナがきっとそう感じたように、期待で胸が高鳴る。

『リコリス・ピザ』はまるで写真のアルバムのような作品だ。いくつかのショートエピソードで構成されるが、それぞれの話は繋がりがあるようでない。わたし達はゲイリーとアラナのつかず離れずの関係性にヤキモキし、ハリウッドの奇人がたまに出て来てギョッとしたりする。

最後まで特別なドラマがある訳ではないが、ひとつひとつのエピソードの持つ純度が高く、まるで思い出のハイライトを観ているかのよう。そしてそれらは鮮明な輝きを放つ瞬間に溢れている。

そこには世界の中心が自分であるかのような自己中心的な感覚や、おとなや世間を馬鹿にし、でも世間の事なんて何一つ知らない、そんな怖いものしらずな青春、常に出会いを求め、何者かになりたくてもなれない青春。誰しも感じたであろう感情がこの物語の一瞬一瞬に凝縮されている。

青春へのノスタルジー。誰にでも平等に広がっていた無限の可能性。後悔も含めて、様々な想いが湧き起こる。でも最後にはステキな恋をしたかのような甘酸っぱさのなか幕が下りていく。これこそが映画の持つ魔法なのだろう。

忘れられないのはハリウッドの変人たち。ショービズ界は変人の巣窟だ。ジョン・ピータースを演じたブラッドリー・クーパーをもっと見たかった。ショーン・ペン、トム・ウェイツの破天荒ぶりには笑うしかない。ゲイリーもこんな大人にきっとなるんだろうな。

恋にも似た余韻を引きずりながら劇場を後に出来る貴重な体験。ユニバースでも、マルチバースでもない、何も起こらないが、確実に心を揺さぶられる作品。映画の持つ力を改めて信じることが出来た傑作。

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