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映画『コンパートメントNo.6』、旅は人生そのものかも知れない。

ロシア最北端ムルマンスクへ向かう寝台列車、6番客室に偶然居合わせたフィンランド人女性ラウラとロシア人炭鉱労働者リョーハ。

ムルマンスクにある遺跡ペトログリフを目指すラウラは、恋人にドタキャンされひとり旅をすることに。よりによって強面でマフィアのような雰囲気のリョーハと同じ客室で過ごさなければならない。しかも彼は泥酔している。最悪だ。古びた寝台列車の客室や薄汚いトイレ、愛想のない強面の女性車掌、どこをどう切りとっても不安しかないこの風景に、わたしならきっとここで下車するだろう。

しかしラウラは旅を続ける。
一度は帰ろうとするも電話ごしの恋人にあまりにも冷たくあしらわれ、やけになったのだろうか。彼女は客室に留まる。

旅の一期一会は実に不思議なものだ。
ラウラのことなど全く気にも止めていない電話越しの恋人、彼女の大切なビデオカメラを盗んでいった同郷のフィンランド人バックパッカー、リョーハが途中下車し訪れる、実家の母親のような女性。

旅で遭遇する思いがけない出会いや別れ。
そうした目に映る全てのものが、物事の本質を見せてくれるような気がする。だから口先だけの優しさよりも態度で示すリョーハに強く惹かれてしまうのはごく自然なことなのだと思う。

モスクワから離れるほどふたりの距離は近づき、ラウラの中でこり固まっていた何かが、少しずつほぐされていくように思える。彼女の奥底に眠っていたものが引き出され、仏頂面だったラウラがどんどんチャーミングになっていく。ラウラの心はもうモスクワにはないのだ。

リョーハはどちらかというと教育が無く、女っ気もない。ひとり炭鉱夫として一生を終えるのかも知れない。だから突然現れたラウラは彼にとっては女神みたいな存在だったのだと思う。

結局リョーハは何者だったかは最後までわからない。でもそんなことはどうでもいいのだ。リョーハがものすごく誠実で、ペトログリフという単語が最後まで言えなくて、笑うと少年のようで、何よりもラウラを喜ばせたいという気持ちを誰よりも強い。もうそれだけで充分ではないか。


好きとか、愛しているとかそういうものとも何か違う。最北端の雪にまみれて無邪気にじゃれあっているふたりは、まるで遠い昔からずっと知っている幼なじみのようだ。

旅には終わりがある事をふたりは知っている。
そして別々の世界で暮らした方が良いということも。だからこそ二度と戻ることのないその一瞬の瞬きは儚く、美しい。  

久しぶりにひとり旅をしてみたくなった。


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