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ロバート・ワイズ監督の傑作『重役室』を復刻し、会う人全員に薦める

ワーナー・アーカイヴスの日本未発売DVDリストというものは存在しません。ピックアップ用のリストはすべてわたしが作成しました。映画業界というのは結構アナログ的なもので、わたしはこれまでにスタジオが持つ権利作品のデータベースのようなものにアクセスしたことがありません。たぶんあるのかもしれませんが、クラシックに関してはいちいち「その作品の権利があるかどうかを調べるので時間がほしい」という回答を本国からもらっていました。ワーナー・ブラザーズ社はワーナーのロゴマークが入って入れさえすれば権利を持っているというわけではないようで、1本1本確認作業が必要でした。例えばアラン・ラッドの野心的なアドベンチャー『サンチャゴ』やフィルムノワールっぽい復讐もの『地獄の埠頭』などはワーナーがラッドのジャガープロから定期借用していたり(そのせいで権利がすぐ切れてしまいました)、ターナー作品はターナーに権利があるものもあればワーナーに権利があるものもあり、法則性があるわけではなく、制作の都度様々なスキームを組んでいたのだろうと推測していました。
そういうわけで、わたしはまず北米で発売中のワーナー・アーカイヴ作品を一つ一つチェックし、リストを作っていました。その中にロバート・ワイズ監督の『重役室』がありました。
全米3位の大手家具メーカー、トレッドウェイ社の社長ブラードは、通りで意識を失い突然死した。死の直前にブラードが重役会議を招集していたが、ブラードは現れない。社長の死が重役たちに伝えられると、社長の座を狙う財務担当のショーと、それを阻止しようとする副社長フレッドの対立が浮き彫りとなっていく―。
これがわたしの書いたあらすじなのですが、まあとにかくロバート・ワイズ監督の計算し尽くされた演出がすごい作品です。オープニングで「社長」の後ろ姿が映し出され、会社を出て町を歩いていくところが描かれます。この町はウォール街です。その途中で「社長」は意識を失って倒れ、遠くからサイレンが聞こえてくる、というのがイントロダクションで「社長」の顔は一切映さないという凝った演出。

 本作の魅力は緻密な構成、人物描写にありますが、なんといっても素晴らしいのはキャスティングです。まず女優から見ていきましょう。次期社長選挙のカギを握る大株主にバーバラ・スタンウィックという大女優を持ってきました。わたしはジョーン・クロフォードでもぴったりだったと思います。この人の貫録たるや、さすがのハリウッドスターという感じです。そして主人公ドンの良妻賢母役にジューン・アリスン。これもぴったりです。『夜の乗合自動車』は可愛らしかったですが、『グレン・ミラー物語』『戦略空軍命令』、全部良妻賢母です。そして営業部長の秘書で愛人役がシェリー・ウインタース。これもぴったり。この人は若いころはかわいそうな役がぴったりですね。『陽のあたる場所』の、モンゴメリー・クリフトの貧乏時代の恋人役は悲しかったですね。『狩人の夜』でロバート・ミッチャムに騙される信心深いお母さん役も印象的でした。『ポセイドン・アドベンチャー』あたりからはえらく肥えてしまって、『 ダイナマイト諜報機関/クレオパトラ危機突破』の女ボス役とか『血まみれギャングママ』みたいな恰幅のいい悪役が似合うようになりました。この3人の配役は見事です。女優のタイプを完璧にわかっている気がします。

次に俳優陣ですが、主人公の意匠促進部長ドン役がウィリアム・ホールデン。これまたぴったりです。50年代の他の役者ならグレン・フォードかグレゴリー・ペックが正義感を感じさせますがちょっと違いますね。60年代ならポール・ニューマンとか。70年代ならダスティン・ホフマンとかレッドフォードがやる役ですね。80年代ならロビン・ウイリアムズ、90年代ならトム・ハンクス、2000年代ならどうでしょう。ベン・アフレックとかでしょうか。狡猾な社外取締役がルイス・カルハーン。この人は『皇太子の初恋』の国王みたいな、王様役が似合う人ですね。で、ちょっとユーモアがあって、腹黒い感じがすごく良く出ていました。そして監査役のフレデリック・マーチ。この人は『5月の7日間』の大統領役が良かったですね。ものすごく理知的で頭がきれて、知的なんだけど冷酷な感じ。言っていることは正しいんだけど、あなたのことを好きになれない。そんな感じです。社内最長老で最初次期社長に担ぎ出される経理部長にウォルター・ピジョン。絵にかいたような温厚そうな人。自分は社長の器じゃないと自覚している感じがすごく良く出ていました。営業担当部長で、秘書と不倫関係にあるのがポール・ダグラス。『緑の火 エメラルド』ではエメラルド採掘にもグレース・ケリーにも前のめりなスチュワート・グレンジャーを抑える役でした。この映画では誠実そうでしたが『重役室』では不誠実な役。

 わたしはこういった群像劇でビジネスや政治の世界を描く作品が好きで、確かに子供の頃はよくわからず興味も持ちませんでしたが、大人になってからは言葉の意味もよくわかるようになり、二度三度鑑賞して味わえるようになったのがうれしいです。本作は面白いので会う人会う人すべてにお薦めしてきました。マニアックな映画ファンとは配役の妙について、若い映画ファンとはロバート・ワイズの演出法について、そして鑑賞したすべての人たちとラストの名演説について、話に花を咲かせたいと思いながら。

 以下、無用のことながら。

 もう1本、この系列でどうしてもDVDにしたかった作品がありました。オットー・プレミンジャー監督の『野望の系列』(62)です。

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 ウォルター・ピジョンも出ていますが、こちらもキャスティングが分厚い。ヘンリー・フォンダ、チャールズ・ロートン、わたしの好きな『向う見ずの男』のドン・マレーも出ています。大統領が新しい国務長官にヘンリー・フォンダを指名しますが、過去に因縁のあるチャールズ・ロートンが大反対を展開。正義感の強いドン・マレーを委員長にしてフォンダが適正か調べる委員会を立ち上げ、あの手この手で陥れようとする話です。アメリカの政治の闇を描き出すスリリングな1本で、日本ではATGが配給したということはメジャースタジオ作品ではなかったわけです。しかし北米のワーナー・アーカイヴスにはタイトルがありました!急ぎ問い合わせましたが、例によって日本の権利はなし。毎回毎回肩を落とす日々でした。

 『重役室』や『野望の系列』の事を思うと、50年代から今なお、経営や政治の世界というのはあまり変わってないんだなとしみじみ思います。ただひとつ言えるのは映画では、暗く淀んだ闇を描きながらも、ウィリアム・ホールデンやヘンリー・フォンダのような人物がいるはずだと信じていたんだなということです。わたしはそれを今の現実世界でも信じてみたいと思っています。

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