【短編小説】検索ワード:2pac 殺害 犯人
ラッパーになりたい。偉大なラッパーになりたい。俺のリリックをみんなに聞いてほしい。俺のリリックで世界を変えたい。世界を変えられると思っていた。
ノートを前にして、気づいた。俺にはみんなに言いたいことがなかった。ラッパーのように、社会に不満はないし、虐げられたような経験もなかった。自分には何もなかった。
いつもの何もない生活に戻る。YouTubeを垂れ流しにして、大切な時間を浪費する。しばらく、まとまらない頭でYouTubeを見ていると、ある広告が流れてきた。
「偉大なラッパー プロデューサー活動」
普段ならスキップする広告を見る。
「今なら無料」
「誰でも偉大なラッパーになれる」
「準備不要。私たちにお任せを。」
「続きはこのURLで」
「偉大なラッパーになりたかったら、GOAT RAPへ」
気づいたら、URLに飛んでいた。
都内にある雑居ビルにGOAT RAPはあった。
担当する人物は、スーツ姿のビジネスマンだった。ゴリゴリのB BOYファッションの人が来ると思ったが、違った。
私「本当に、無料で何もしなくてもいいんですか?」
スーツの男「私どもで用意できるものは全ていたします。リリックや音楽、経費全てお任せください。料金の方も無料です。こちらの資料に目を通していただいて、サインをお願いします。」
私「はい。」
半信半疑だったが、こちらにデメリットがあるようにも思えなかったし、無料という言葉には弱い。
私は資料を読むフリだけして、サインした。
スーツの男「では、早速ですが、刑務所に収監してもらいます。大麻所持の軽犯罪で。」
私「へっ?」
スーツの男「先ほど、申し上げましたが、私どもで用意できるものは用意します。しかし、用意できないものは、協力していただきたい。」
私「はい?」
スーツの男「ラッパーには、やはりバックボーン。どのように環境で生きたのかが重要になります。厳しい環境や虐げらた環境で、リリックは深みを増します。素晴らしい言葉も、大したことのない人間や、経験したことのない人間が話したも説得力がないです。」
私「でも。」
スーツの男「刑務所に収監されれば、リリックに深みが増します。大丈夫です。もう警察には通報済みです。用意していた大麻が家から発見されます。私どもで全て準備済みです。」
私「でも、俺は、これからどうなるの?」
スーツの男「大丈夫です。私どもに任せておけば。」
家に帰ったら、本当に警察がいた。
逮捕から起訴、収監まで滞りなく進んだ。
晴れて前科者になった。
一人になった時間は短かったが、牢屋の中の孤独が生むのは、不安しかなかった。
もうGOAT RAPのスーツ姿の男は来ないのではないか?ラッパーになれなかったら、就職はどうなるのか?
そんなことばかりがよぎる。
収監から2週間。
面会にスーツ姿の男が現れた。
スーツ姿の男「どうですか?刑務所は?」
私「どうですか?って最悪ですよ。こんなんでラッパーになれるんですか?」
スーツ姿の男は、スーツケースからノートとカメラや録音機材を出した。
スーツ姿の男「私どもで、リリックの方を書かせていただきました。今この場でそれを披露していただきます。」
私「今。ここで?」
スーツ姿の男「はい。リリックにリアリティを出すためには、ここでやるのが一番かと。」
言われるがまま、私はノートに書かれたリリックをラップした。男は無言で撮影をしている。
面会時間ギリギリまで、ラップして、男は帰って行った。
また来ると、次来るときは、あなたはスターだと。
再び面会にスーツ姿の男がきた。
スーツ姿の男「こんにちは。どうですか?刑務所は慣れました?」
私「刑務所に慣れとかないですよ。」
スーツ姿の男「今日はいいニュースを持ってきましたよ。」
スーツ姿の男は、スマートフォンを出した。そこには、私がラップした内容がバズっているものだった。
スーツ姿の男「今、あなたのラップが注目されていますよ。ネットニュースでも取り上げられていますし、海外の方でも話題になっていますよ。」
私は驚いた。今まで半信半疑だったが、これで、この男を信用することができた。
私「すごい。俺、有名になっている。。」
スーツ姿の男「ラップはリアリティです。刑務所でのラップほど、リアリティが出るものはないです。しばらくは、ここでラップしてもらいます。」
私「はい、お願いいたします。」
スーツ姿の男は去って行った。
いよいよ出所。
信じられない量の報道陣に囲まれてしまった。ネット上では、いまいち実感できなかったが、このようにリアルな反応を目の当たりにすると、一気に有名になったという実感を感じられた。
ネット上だと、夢のような気分だった。
ここからトントン拍子に話が進み、東京ドーム。海外での出演。
金と女と薬物。いい飯を食いまくった。
私「次はどうすんの?スーツのお兄さん?」
スーツ姿の男「次は、、」
私「まぁいいや。売れてるし。スーツのお兄さんも飲みなよ!ハハ」
スーツ姿の男「次は、死んでください。」
私「ハハハ!またまたー!へっ?」
スーツ姿の男「死は永遠です。死で偉大なラッパーは完成します。」
私「またまたー。」
スーツ姿の男「こちらで全て用意していますので、安心してください。」
ガチャ。乱暴に扉を開けたのは、半グレの男だった。手には拳銃が。
半グレの男「死ね!!」
私「ヒー!」
私は逃げ出そうとするが、銃弾が私の体を突き抜ける。成功から死まで儚く散る。
エピローグ
スーツ姿の男が言ったように私は死によって、偉大なラッパーになった。
私が稼いだ全ての資産や保険は、全てGOAT RAPに入った。
あの資料だった。あのよく読まなかった資料に全て書いてあった。
死んだ時の遺産の相続が。
無料な訳がない。一番高くついた無料だった。支払ったのは自分の死だった。
他の偉大なラッパーもそうだったのかもしれない。
私のように。
<了>
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