掌編小説:Fall on the Ceiling

善人は死後、天に召されれ、あの世にいく。
悪人も同様にあの世に行くが、
悪人は天から「落ちる」。

「うぁぁぁぁぁー!」
最近、よく夢を見る。天井に落ちる夢だ。
天井に落ちたところで、目が覚める。
寝汗で布団が湿っている。頭が痛い。ここ毎日二日酔いだ。
布団から出て、結婚指輪を触る。結婚指輪にあるイニシャルをなぞる。

建設現場で現場監督をやっている。
現場監督の仕事は、主に管理だ。品質や工程、お金、安全を管理している。
何よりも、難しいのは、人間の管理だ。
現場で仕事をするのは、あくまで人間だ。人をうまく管理できないと仕事は進まない。

現場にあるロッカーで若手の職人が話している。
「ギャハハ、意味わかんねーよ。」
「お前wちげーよ。それはあれだよ!」
ガチャ。
「おはよう。」
扉を開けて、あいさつをする。職人さんとの関係を構築するのも、現場監督の役目だ。その一歩として、挨拶。コミニュケーションが大事。
「だから、ちげーよw」
「オメーが、ちげーって、だからあれだよ!」
若者は話を続けている。

現場の職人の挨拶が済んだら、まず事務作業。
今日の作業の確認をする。今日の目標をしっかり確認して現場に伝える。
ここでメールも確認する。大事な要件はここで返信をしておく。
後に回しておくと絶対に返信しない。
ガチャ。
事務所から、年配の職人と若手の職人が入ってくる。
「だから、昨日も同じこと言っただろう。」
「すみません。」
「すみませんじゃねーんだよ。ちゃんとやれや!」
「はい。」
「返事にやる気が感じられない。」
「はい!!」
年配の職人が、私の席に向かい資料に手を伸ばす。
資料の間に挟まっていた風俗のチラシをとる。
取った勢いで私の席に資料が散乱する。
「わかってんのか?こら」
「はい、、」
ガチャ。そのまま、年配の職人と若者の職人は事務所を後にする。

昼休み。
しっかり食べないと働けない。食べることも仕事のうち。
コンビニ弁当だが、栄養バランスを考えて、野菜ジュースも飲む。
ガチャ。
事務所に職人が続々と入ってくる。
「ふー、やっとメシだー。」
グチャ。
職人がヘルメットを置く。置いた先は私の弁当の上だ。

仕事帰り。
子供を迎えに行かなければいけない。
早く仕事を切り上げて、保育園に向かう。
保育園につき、我が子を待つ。
園児が続々と出口からでてくる。
我が子の姿も現れる。
「あっ!!」
こっちに気がついたようだ。
「ママー!」
「おかえりなさい。」
「今日のご飯何ー!?」
私を素通りして、母親の元に帰る我が子。

あの事件が、きっかけで全てがおかしくなった。

「すみません。もうちょっと残業できないでしょうか?」
私は言う。ここはビルの現場、8階にいる。
「あぁ!これで何回目だよ!ちゃんと計画出してんのかよ。」
「すみません。お願いします。」
「やってられるかよ!毎回毎回、ちゃんと管理するのがおめーらの仕事じゃないのかよ!帰るわ、ボケが!」
「…。」

疲れて自宅に帰る。
「パパー、おかえり」
「ウルセェ!」
びっくりする子供。
「何やってんの!」
母親が出てくる。
ばしっ。私は妻を殴った。仕事のストレスを家庭にまで持ち込んでしまった。
ストレスの吐口は家族にあててしまった。

「だからよー。なんでやんなきゃいけねーんだよ。アホが。」
「…。」
「オメーがやれや!」
若い職人は、振り返り歩いていく。
「うぁああー。」
キレた私は、若い職人を押してしまった。
若い職人は、ビルから落ちてしまった。
下で見上げる他の職人。
私は慌てて、現場にあるエレベータに乗る。
そこから記憶がない。

元々、仕事なんかうまくいかなかった。
家族の生活も、私には向いていなかった。
家に向かわず、いつも、仕事帰りに行き着く先は飲み屋だ。
浴びるように酒を飲んで、今のこと、昔のこと、自分のことを忘れる。

天井に落ちる夢を見て目が覚める。
今日は現場は休みだ。

気がついたら現場にいた。
あの事件を境に、現場に立てなくなっていた。
事務所にこもって事務作業しかできなくなっていた。
今日は、職人もいない。無視されることもない。
久しぶりに現場に立った。

あの時のエレベータに乗ろうとしたが、様子がおかしい。
エレベーターひどく壊れていた。
エレベーターの中は血まみれになっていた。
エレベータの中に光るものを見つけた。
手に取ると、それは指輪だった。
指輪にある文字をなぞる。指輪をはめると、今はめている指輪に吸い込まれた。

思い出した。
あの時乗ったエレベーターが猛スピードで上昇したことを。
急停止で私は天井にぶつかったことを。
私があの時死んだことを。
罪を犯したものは天に召されることはない。
天に「落ちる」のだ。
<了>



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