Bounty Dog 【14Days】 57-58

57

 ククの住む穴から出ると、ヒュウラはリングに連れられて、土山の広場から離れた山林を歩いていった。幾分か移動すると、小川のせせらぐ岸に辿り着く。
 黄色い土で出来た縁と縁の間を、白濁した水が流れていく。川の側に並んで建てられている簡易な木の棚の上に、漁業用の大きな網が乗せられていた。ヒュウラは再び網を見付けると、接近して両手で掴んでから、背の先で立っているリングに振り向いて、仏頂面のまま尋ねた。
「リング。コレは何だ?」
「ニャー。ソレ、網、名前ニャ。ニャー、ヒュウラにした、使い方。包む、捕まえる、道具ニャ」
 一鳴きしてから、リングはヒュウラの隣に寄って説明する。茶色い手袋を付けた手から垂れている網の端を持ち上げると、引っ張ったり緩めたりして網の目が口のようにパクパク動く様子をヒュウラに見せた。
 微塵も変化しない青年の顔を見て、リングは笑顔で話し掛ける。
「ニャー。ヒュウラ、した、乗る、ひっくり返る、面白かったニャ。頭ぶつけた、今も痛い。人間、網、魚、捕まえる、食べる。魚、ニャー達も大好き。生、焼く、美味しいニャ」
 無数の鳴き声が、其処らから聞こえてくる。
 リングは振り向いて大きく一声鳴く。やまびこのように無数の鳴き声が絶え間無く響くと、何十体もの猫の亜人が丘と木の影から姿を現した。
 リングと同じような姿をした猫達は、時々鳴き声を上げながらヒュウラを見ている。無表情で網を持ったまま反応しないヒュウラに代わって、リングは大きく手を振った。猫達も燥ぎながら手を振り返してくる。
 リングは目を三日月の形にして、ヒュウラに話し掛けた。
「ニャー。ヒュウラ、気になる、皆んな来た。アレ、ニャーの群れ。ニャーだけ、戦う、出来る。ニャー、皆んな守ってる。ニャー」
 ヒュウラは若干目を釣り上げる。リングは笑いながら拳を握って素振りをする。
「ニャー。戦う。ニャー、いつも戦う。戦う、皆んな逃げる。皆んなで逃げる、頑張ってるニャ」
 腕を止めて、リングは大きく伸びをする。仲間の猫達の視線を受けながらヒュウラと向かい合わせに立つと、リングは、網を掴んだまま静止しているヒュウラに言った。
「ニャー達、凄く多過ぎ。でも皆んな、頑張ってる、生きてる。ニャー」
 リングは誇らしげに一声鳴いて、笑った。

「喵人はGランク『超過剰種』。余りにも数が多過ぎて、絶滅危惧種と別の意味で早急な対策が必要とされている」
 ヒュウラの巨斧を背負ったデルタは、ミトを含めた部下の保護官を引き連れて山道を登っていた。真顔で周囲と通信機を見比べているミトの手の中で、機械の画面に表示された赤い点が、川を示す黄緑色の帯の側で静止している。
 自らが保護した超希少種を探し続ける新人保護官に、班長は様子を横目で見守りながら部下達への説明を続けた。
「我々保護組織はGランクの種には、SランクからBランクにする保護と真逆の対応を行う。任務の際は大量に討伐して、数を調整する事が目的になる」
 真剣な面持ちで耳を傾けてくる男女の保護官達の目は見事に全員座っている。デルタは真面目に聞き耳を立ててくる部下達に、刹那に微笑んでから眉を寄せて私見を述べた。
「本当は私個人は討伐なんてしたくない。他の過剰種も殆どであるが、特にこの種は増え過ぎた理由が、人間のエゴのせいでしか無いんだ。今回は任務外だから彼らに関わる必要は無い。手を出さずに説得だけして、ヒュウラを返して貰おう。向こうはきっと、我々人間を恨んでいる」
 腰のポケットの中に入れた通信機が忙しく揺れ動く。デルタは手で機械を掴み、ポケットから出して耳に添えると、部下の保護官の声が興奮しながら話してきた。
『リ、リーダー。喪失(ロスト)している個体を1体発見しました。人間の女性のようです。く、首が捻り曲が……』
 デルタは部下を宥めながら応答する。
「ああ、落ち着いてくれ。了解した。恐らく喵人の仕業だろう。しかし、あの種は凶暴性が無い筈だが……環境による種の意思の変化かも知れない」
 暫く考え込んでから、デルタは部下に尋ね事をして応答を聞き、通信を切った。直ぐに何処かに連絡をして再び通信を切り、自分に注目をしてくる部下達に向き合う。
 ミトもその中にいた。赤い点が示された機械を両手の中に包んでいる。デルタは無言で静止をしていると、震え出した通信機を片耳に当てて、応答しながら口を開いた。
「ルートを確認していた。先行する部隊の保護官曰く、この先に掛かっていた吊り橋が崩れているそうだ。情報部に新たな道を探して貰っているから、ルートを示して貰い次第、我々もヒュウラの所に向かおう。あいつは身体的に全く問題無い。相変わらず首輪のスピーカーからは、猫の声だけが聞こえてくるが」
 デルタが通話に応じている間、ミトは自分の通信機でヒュウラの生体情報を確認する。血圧、心拍数、体温諸々を表す数字と折れ線は正常な値を示していた。真顔のまま画面から目を離して、ミトは上司を凝視する。デルタが耳から機械を離すと、
 横並びに立っている保護官達の最も端に居る男が、何かに気付いた。腕を伸ばし、人差し指以外を握って1点を示すと、大きく口を開けて上司に尋ねた。
「リーダー。あの看板は何ですか?」
 デルタは不審に思って背後に振り返る。部下が示した場所にある一枚の建て看板を確認すると、目を見開いて呟いた。
「何という事だ。そうだ、此の国はそういう所なんだ」

 リングは海苔が張り付いている、湿りきった丸くて平べったい物体をヒュウラに手渡した。ヒュウラは無表情で即座に突き返すと、リングは一声鳴いてから眉を寄せる。
「ニャー。煎餅、直って無い?水、いっぱい付けた、固めた」
 もう一度手渡して、直ぐに返される。リングは眉をハの字にしながら物体に口を付けて食べると、渋い顔をして舌を出した。
「ウニャー。フニャフニャする、変な味。ヒュウラ、コレ美味しい、何で?」
「違う」
 若干目を釣り上げて、ヒュウラは一言だけ返事する。リングは、かつては煎餅だった不味いモノを無理矢理口の中に入れて飲み込むと、ヒュウラが手で掴んだままにしている網に視線を注いだ。
 一部が破けている事に気付くが、反応を表さずに顔を上げる。橙色の愛嬌を持つ目が金の虹彩に赤い瞳孔の、人間の財となる宝石になる、感情が読み取れない目を見つめた。リングは微笑みながら口を開く。
「ヒュウラ、ニャーのお願い、聴く、元の所、帰すニャ。ヒュウラ、食べない、安心してニャ」
 返事をしないヒュウラに、リングは笑顔を見せる。双方無言で隣合って座ったまま、小川のせせらぐ水音を聞いていると、ヒュウラは仏頂面のまま、首輪の前面を片手で掴んだ。
 口だけを動かして、リングに伝える。
「デルタとミトが探してる」
「デルタ?ミト?人間?ヒュウラ、捕まえた奴?ソレ、壊す。道具、持ってくるニャ、待ってて」
 立ち上がろうとしたリングを、ヒュウラは腕を掴んで引き止める。振り返ってきたリングにヒュウラは表情無く首だけを横に振ると、リングは一声鳴いてから意図を読み取って返事した。
「ニャー。壊さないの?ニャー。人間、来る、教えて。ニャー達、逃げるニャ」
 ヒュウラは返事も反応もしない。隣に座り直したリングは舟漕ぎをしてから立ち上がると、ヒュウラの腕を掴んで引っ張り上げた。
「ヒュウラ、付いてくる。ニャー」

 リングは小川を渡って、なだらかな丘の上にヒュウラを連れて行った。草木の少ない黄色い土が敷き詰められた空間の中央に、円柱型の小さな岩が椅子のようにポツンと置かれている。
 岩の上にヒュウラを座らせる。周囲を見渡してから、リングは一声鳴いた。
「ニャー。ヒュウラ、此処居る。此処目立つ。人間、直ぐ見付ける。ヒュウラ、迎え来る、帰るニャ。ニャー、お願い、言って良い?」
 ヒュウラは首を一度だけ縦に振る。リングはもう一声鳴いて、ニッコリと笑った。
「ニャー。外から来る亜人、ニャー、ずっと待ってたニャ」
 リングはヒュウラの網を持った手を握る。橙色の目を閉じて小さく溜息を吐いてから、目を開けて言った。
「クク、ニャーのお願い、聞いてくれない。ヒュウラ、お願い、言うね。迎え来る人間、言って」
 無表情で凝視してくるヒュウラに、リングは伝えた。
「もう辞める、人間にさせて。ヒュウラ飼ってる人間、全部の人間に言わせる、辞めさせるニャ。ニャー達、喵人、殺すの」
 リングの目に涙が溜まった。少しだけ溢れて、頬を伝って落ちた。震えた唇を強く結んで、直ぐに開いた。リングは話を続ける。
「ニャー、人間に言えない。人間、ニャー、見る、殺そうとする。ヒュウラ、代わりに言って。おんなじ命。増やして増え過ぎた、減らす、どんどん殺す、意味が分からない」
 ヒュウラは返事も反応もしない。リングは大きく被りを振った。
「クク、皆んな逃げる、止めようって言う。ニャー、意味が分からない。ニャー、クク、変えたい。外から来たヒュウラ、人質、連れてきたニャ」
 橙色の目が釣り上がる。リングはヒュウラの手を握っている自身の手が掴む位置を相手の腕にズラすと、力を加えて強引に立たせた。
 仏頂面だが首を傾けて疑問の念を伝えてくるヒュウラに、リングは真剣な顔をして話し掛ける。
「人質、人間に辞めろ言う、人間、喵人殺す、辞める、その時待つ。それまで逃げる、クク、考える、変えたかったニャ。ヒュウラ、ククにもう1回会うニャ。クク変える、手伝って。クク変わるまで、一緒に手伝っーー」
 リングは突然口を閉じた。断続的に聞こえてきた微かな音に耳を澄ませると、眉間に深い皺が彫られる。
 音は徐々に近付いてきた。地面も僅かだが少しずつ揺れ始める。ヒュウラの背後から一体の猫の亜人が走ってきた。幼い男児の猫は荒れた息を鳴き声を発しながら整えると、リングに向かって叫んだ。
「ミュー。リング!来るミュ!!」
「ニャー。分かった!皆んな、直ぐ伝えて!!」
 子供の猫が返事代わりに一鳴きして、彼方へと走っていく。リングはヒュウラに向き直ると、掴んでいた手を離した。
「ニャー。ヒュウラ、見付からない所、隠すね。1番意味が分からないの、また来た」

58

 大地の僅かな揺れは、強大な地響きになった。火に何かが燃える臭いがしてくる。火のような灯りが多量の粒になって山々の隙間から見えてくる。
 泥が付いた運搬トラックが何台も山道を走っている。荷台に大勢の人間が乗っていた。面長の顔と小さく細い目の民族的特徴を持つ老若男女はそれぞれの郡で、遠足にでも行く様に和気藹々と雑談に耽っている。
 皆が手に猟銃を掴んでいた。荷台の端に積まれている袋の中には、大量の銃弾とガス缶と爆弾が詰まっていた。


「リーダー、この看板は何ですか?」
 若い男の保護官が、再びデルタに尋ねた。その場にいる保護官全員が、巨大な立て看板を凝視している。
 看板には、一部の人間達が使う角と跳ねと直線が多い独特の文字で、以下のように案内文が書かれていた。
 化猫大狩猟運動会開催。
 期間と場所も記されていた。期間は本日、場所は保護官達が向かおうとしている、ヒュウラが今居る山の一角だった。

 ミトは通信機を握り締めて、看板を睨んでいた。釣り上がった茶眼に熱が籠っている。他の保護官達がお互いに推測と質疑応答を繰り返している中、通信機を耳に当てて連絡をしている上司に怒鳴るように問いかけた。
「リーダー!私はこの看板の字を読めないですけど、何となくですが絵を見て意味が分かりました。でも教えてください!コレは一体どういう事なんですか!?」
 デルタは機械から発せられる連絡先の人物の声を聴きながら、目線を看板に向けた。デカデカと書かれた案内文の背景に、独特のタッチで2種類の生き物のイラストが描かれている。2種類とも人の形をしており、右には銃と爆弾を手に持って構える黒髪黄肌の男と女、左には金髪黄肌と橙色の眼に、頬に赤い三角形の模様が付いた猫のような亜人の男女が、横倒れになった格好で描かれていた。
 デルタは眉を寄せただけで、開きかけた口を直ぐに閉じる。沈黙した上司にミトは怒りを感じると、結んでいる紐を肩に掛けて背中に垂らしているドラム型の弾倉が付いたサブマシンガンを、前身に回し移した。
 叫ぶように問う。
「リーダー!早く教えてください!!」
 デルタは呟くように応える。
「ラグナル保護官。私は任務の前に、ヒュウラと一緒に伝えた筈だ。此の国は余りにも大き過ぎて、私達の常識が通じない所がある。要するに、此の看板はーー」
 通信機の奥から響いていた声が、反応した。
『デルタ。私が説明するわ、代わりなさい』
 デルタは通信相手に返事をすると、眉を寄せて険しい顔をしながら、ミトに自分の通信機を手渡した。ミトは上司から受け取った機械を耳に当てる。女性の声が聞こえてきた。デルタによく似た声だが、女性らしい音程の高さと知的な印象を与える冷静さを持っている。
 女性は、己が『世界生物保護連合』3班・亜人課の情報部の人間だとミトに伝えてから説明を始めた。
『その看板の意味は、貴女が察している通りよ。貴女達が今居るその国では、喵人がスポーツハンティング用の標的として推奨されているの。組織は勿論猛反対。だけどデルタが言った通り、此の国は余りにも大き過ぎるのよ。世界的にも権力が有り過ぎて、私達のような寄せ集めの国際組織は、反論どころか意見すら言う事が出来ない』
 ミトは目を見開いて硬直する。サブマシンガンに指を掛けた。一緒に掴んでいる自分の通信機が溢れ落ちて、地面にぶつかって跳ねた。
 女性は説明を続ける。
『此の大国で政治をする人間達曰く、この遊戯を国の観光娯楽として取り入れた所、人間同士の犯罪、特に殺人事件が劇的に減ったそうよ。超過剰種の数を調整出来、人間が人間を殺す行為も減る。メリットしか無い画期的な遊びだと、全世界への拡大を本気で推進してる』
「人間じゃ無いなら、沢山数が居たら好きなだけ遊びで殺しても良いんですか?それって余りに命を冒涜してる!最低!!そんな事を考えた奴ら全員、頭が可笑しいわ!!」
 ミトは憤怒して叫んだ。足元に転がっている自身の通信機の画面で、赤い点が少しずつ移動していた。
 デルタはミトから通信機を取り上げた。取り上げてから、足元に落ちている通信機を拾って手渡し、肩を叩いた。
 ミトを見つめた青い目は、とても優しかった。
「君が保護官だという事を、私は誇りに思う」
 デルタは機械を耳に当てて通信先の女性に礼を言ってから、別の内容で会話を始める。暫くしてから再び礼を言って通信を終わらせると、機械が振動して別の相手と通信を開始する。
 直ぐに会話が終わると、デルタは保護官達を横に並ばせる。中央に立ったミトが看板を激しく睨み付けると、デルタは部下に通話の内容を伝えた。
「本来の任務を任せていた班から連絡があった。目標数、陸鮫族の保護が完了したそうだ。ヒュウラが居る喵人の住処に、部隊全員で早急に向かう!あいつを何としてでも直ぐに回収しないと!!」

 地響きが続く中、ヒュウラは茂みの中に居た。リングが木の枝の束を何度も頭に被せてくる。金と赤の不思議な目だけが見えている状態までカモフラージュに覆い隠されると、リングは目を三日月の形にして声を掛けてきた。
「ニャー。ヒュウラ、迎えの人間、来る。此処で待つ。ニャー、ウンと離す。迎えじゃない人間、多分来ない」
 ヒュウラの目は何の反応もしない。リングは微笑みながら言葉を続ける。
「ニャー。此の音、人間。ニャー達、殺す遊び、しに来た。でもやられっぱなし、ならない。ニャー、やり返す。ニャー、凄く強い」
 リングは拳を握って素振りをする。回し蹴りを数回してから満面の笑顔をすると、リングはまた木の枝の束を被せてから鳴いた。
「ニャー。ヒュウラ、バイバイ。ニャーのお願い、人間、絶対言ってね。ニャー」
 リングは踵を返して、走っていった。彼方に広がる山々から、幾つもの細い煙が狼煙のように吹き上がっていた。

 リングは住処の土山に戻ると、大きく息を吸ってから鳴き叫んだ。独特の猫の鳴き声が何度も響くと、穴から猫の亜人達が出てくる。
 地響きは身体を大きく揺らすまでに大きくなっていた。リングは片腕を伸ばしてヒュウラを隠した山と真逆の方向を指し示すと、眉を寄せてくる猫の群れに、一声鳴いてから指示をした。
「ニャー!皆んな逃げろ!!ニャー、人間、出来るだけ、倒す。出来るだけ倒す、逃げる、皆んな先、逃げろニャ!!」
 猫達は、何故か誰も動こうとしない。
 群れの先頭に立っている男と女の幼い猫の亜人は、ぼやくようにリングに向かって呟いた。
「ニュー。また逃げるニュ?昨日も一昨日も逃げたニュー」
「ミィー。疲れたミィ。もう辞めたいミィー」
 リングは怒鳴る。
「早く逃げろ!!人間、コレも飽きる!飽きる、辞める、それまで頑張る!皆んなで頑張る!生き残るニャ!!」
 微塵も従おうとしない群れに怪訝しながら、リングは土山の最奥に掘られた穴の中に潜る。狭い道を滑るように這い進んで、奥の空間に座っているククと老いた女の猫の亜人を見つけると直ぐに叫んだ。
「クク、早く逃げろニャ!此処、人間、知ってる!此処、狙ってくる!!」
 ククは、撫でていた長い金色のおさげ髪から手を離した。隣に座る老婆の猫と顔を見合わせると、穏やかな顔をしてリングに言った。
「ミャー。リング、私は何度もお前に言った。もう頑張らなくて良いミャ。全部が人間のモノ。コレは運命ミャ」
「ニィー。そうよ、いつも守ってくれてありがとうニィ。でも運命」
 老婆の猫も同じ顔をしてリングに言う。リングは眉を寄せると、身体を震わせながら尋ねた。
「どういう事?クク、皆んな、何言った?」
 ククは答えた。
「人間は全ての命の御主人様。だから逆らうなと、言ったミャ」
 リングの抱いていた感情は、瞬く間に怒りになった。胴を反らせて、鳴き声ごと怒鳴り散らす。
「ブニャー!ニャー達、他の生き物、人間の為に生きてない!!クク、皆んな、可笑しい!!可笑しいニャー!!」
 リングは穴から出て行った。土山の広場を去って、狼煙の上がっている方向へと疾走していく。
 穴の中に残されたククは老婆の猫と一緒に一声鳴くと、腕を伸ばして手招きした。招き猫のように指を曲げて振られた手に応えるように、男児と女児の猫の亜人が1人ずつ、通路から這い出てくる。
 穴の中で輪になって、4体でそれぞれ一鳴きする。ククは子供達の頭を愛おしそうに撫でると、ゆっくりと口を開いた。
「ミャー。お前達、頼んだミャ」

 ヒュウラは茂みから出ていた。片手に網を掴んで仁王立ちをしながら頭の上と身体中に乗っている枝を取り除くと、首輪の後面に手を添える。スイッチを押しては離し、再び押してから離すと、仏頂面で遠方の山々から登る煙の束を眺めた。地響きは止んでいた。代わりに鉄が焦げるような不快な臭いが仄かに漂ってくる。
 暫くすると、首輪から信号を読み取ったデルタの声が聞こえてきた。
『ヒュウラ、お前だけか?直ぐに迎えに行く。俺達が着くまで其処で何も蹴らずに、何もせずに大人しく待っていろ』
 ヒュウラは煙を見つめながら、返事ではない言葉を発した。
「デルタ、リングが危ない」
『リング?名前か?誰だ?』
 ヒュウラは歩き出す。手に掴んでいた網を腕に巻き付けると、目を釣り上げて答えた。
「俺の友」