Bounty Dog 【清稜風月】158-159

158

 カイ・ディスペルという、ヒュウラ達が未だ存在を知らない人間の少年が此の世界の一角で生きている。北東大陸の端にある自然豊かな先進国の寒村で産まれ育ち、秋生まれの彼はヒュウラがデルタ・コルクラートと別れて南西大陸中東部で軍曹達に出会い、紛争地帯アグダードで活動していた始めの数ヶ月の間に、8歳から9歳に成長していた。
 彼は、此の東の島国に足を付けた事が未だ一度も無い。だが彼がかつて所持していた物体が1つ、様々な国と土地を巡った後に櫻國にもやって来ていた。元の持ち主である彼は存在すらとうに忘れている。彼にとってその物体は、特別なものでは全く無かった。
 ”10歳離れた己の兄が毎月くれるお小遣い”。100エード銀貨はカイにとってその程度の認識でしか無く、己のような子供でも持てる小さな価値の金でしか無く、電撃を跳ね返したり、光を凝縮させて暴走独裁者の目を眩せたり、鉛の銃弾から人間の命を守ったり、太陽の熱を凝縮して紙に火を付けたりという摩訶不思議な現象を度々起こしているとは微塵も勘付いていなかった。
 元の持ち主は何にも一切勘付いていないが、2枚は喪失し最後の1枚が現在櫻國人の袖の中にある”奇跡の100エード銀貨”は、同じく無数に居る人間達の中で奇跡のように産まれてきた存在である、元持ち主が持っている強大な力を先立って解放させていた。
 カイ・ディスペルは、自然以外に何の面白みも無い貧困農家の集落に住んでいる極々普通の白人の少年。に見える。だが彼の兄は僅か18歳で入学も卒業も世界一困難である超一流大学で教鞭を執る教授兼天才科学者。更に星の力を操れる最強の亜人が命の恩人で”友”だと思い、彼に秘技として星の力を操る特殊能力の一部を授けている。今の彼は兄よりも科学と『原子操作』に関して遥かに高い実力を持っていた。神童と扱われるべき存在だった。だが”一部”を除いて誰も未だ、彼が人間の世界を根本的に変える脅威的な力を持った存在である事に微塵も勘付いていない。
 ……本人すらも、己の力に全く勘付いていない。

159

 我々の世界で其れは、メラビアンの法則と呼ばれている。人間と人間がコミュニケーションを取り合う際に相手の言動から真の心情を判断する為に参考になる情報源は、言語情報が最も信憑性が低く、聴覚情報は3割で信用出来、視覚情報が5割以上の確率で、最も相手の真が判断出来る。

 ヒュウラとコノハは、会議と”事件”が始まろうとしている客間の真上から移動した。運動神経が人間の中では高めだが超人では無いコノハは、ヒュウラに許可を得てから相手の背に乗り、超人級でしか無い異常に高い運動神経持ちの狼の亜人が繰り出す”忍者犬曲芸移動”にNO、NO呟きながら慄いた。
 ノウを背負っている”黒い風”は、人工池から噴き出した水柱が石を積まれて止められている中庭でヒュウラを探し回っている女官達の、誰1人にすら気配を勘付かれなかった。疾風のように走る犬科の亜人は、屋根から屋根に少しのステップを踏んでからハイジャンプをして悠々と渡る。客間の向かい側にある建物の屋根に数分も掛けずに到着すると、直ぐ側に設置されている西洋式の暖炉用煙突の傍で、ノウことコノハを下ろして身を伏せた。

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