Bounty Dog 【アグダード戦争】246-247

 地の底からは、どんなに深い場所からでも天に向かって這い上がれる。だが天高過ぎる場所に居ると、一度でも地まで転落したらほぼ確実に生き残る事は出来ない。

246

 彼の今いる地から北の方角で、中央が黒く周りが白い大きな花弁が特徴の、阿片の花達が道のように並んで揺れている。アグダードは世界的にも非常に過酷な環境である砂漠地帯だ。人間が意図的に植えて管理しない限り、乾燥・熱波・そして極寒にも強い一部の植物以外は適応出来ずに瞬く間に枯れて喪失してしまう。
 植えただけでこの地に適応し、しかも過剰までに増えに増えた、大変希少でこの地の英雄のような存在にもなった別の植物が、土と砂で出来た飛行場の端に数枚葉を出して生えていた。
 アグダード現地人を装っていた赤混じりの白髪をした白人の青年は、深い赤目で目の前の土の中で己だけの力で生きている、毒の煙を浴びずに腐っていないサツマイモの葉達を暫く眺めてから、植物に何もせずに離れていく。箱型の機械を右手に掴んでいた。黄みがかっているが黄色人種の色では無い白い手で、通信機を操作する。機械の背面に、北の地で大量に植えられている花達と同じ阿片の紋章が描かれていた。
 青年は機械を耳に当てると、己の主である”イシュダヌ”に連絡した。
「ご連絡がまた遅くなりました。大変申し訳ございません。……はい……はい……はい。
 隊長の始末ですか?未だしていません。……はい、大変申し訳ございません。確かに、慎重にし過ぎています。
 …………ハサナン(畏まりました)。あなたに命じられている後継試験を終わらせて、隊長の首を土産に、其方に今直ぐ戻ります。ですのでもう少しの間だけ、その道に付けている脱走奴隷処分用の毒の仕掛けはーー」
 硬い何かが幾つも割れる音と共に、憤怒したイシュダヌに通話を一方的に切られた。青年は何の反応も示さずに、小型飛行機の中で身に付けた、アグダードの民間人が着ている白い民族衣装『ディスターシャ』に縫い付けている胸ポケットの中に通信機を入れる。仏頂面で再び麻薬の原材料にされる為に植えられた哀れな花達の道を見ると、その先で黒煙を幾つも上げている焼け野原を見つめながら口角を上げた。
 頭に何も被り物をしていない赤目で髪と肌が白い青年は、飛行場の真ん中で立ちながら独り言を呟く。
「玉乗り、トランポリン、猛獣使いにジャグリング。こんなのは全く出来なくても大丈夫だよ。この土地の外からやってきた化け狼くん、化け猫さん。そしてこの地でずっと住んでいる、化けモグラ達。亜人の皆んな、人間のエゴに散々巻き込んでいて御免ね。でも……其れでもずっと人間達に付き合ってくれてありがとう。
 練習無しの一発本番だけど、君達の力で人間達が驚く見事なサーカスを、その城で思う存分に披露して。”あいつ”に容赦なんてしなくても良い。だけど皆んな、曲芸は命懸けでするモノだよ。油断しないでね」

247

 ファリダは、アグダード語で『花』という意味である。”彼女”は冥土の世界に咲いている、死神が愛する花だった。綺麗な色の花弁をしているが、棘どころか手に掴んだ存在から『自由』を根刮ぎ奪い取る猛毒を持っている。

 今、ヒュウラの目の前に、その花が人間に擬態して立っていた。大きく溜息を吐くと、浅黒い肌をした右腕が掴んでいる通信機を操作して、違う場所に連絡を始める。話していたのはアグダード独自語だった。アグダードで産まれ育っている子分モグラが通訳をしてくれる。『己の後継がやっと帰ってくる。外に置いた奴隷達がしている爆弾攻撃を辞めさせろ』と兵士に命令していた。『2、3人銃で撃ち殺して後は鞭で叩け』と、最後に大声で命令してから通話を切る。
 機械を布の中に入れると、汚い緑色の布を、右腕だけで頭から剥ぎ取った。ヒュウラとリングは相手の露わになった顔を見て強い衝撃を受ける。布の中から遂に正体を現したイシュダヌは、2種の亜人が”民間お掃除部隊”の軍曹達と『世界生物保護連合』のミトとシルフィと同じようにしていたイメージと、全く真逆の姿をしていた。

ここから先は

2,149字

¥ 100