Bounty Dog【Science.Not,Magic】2-3

2

 中央大陸は、リングの生まれ故郷だ。此の大陸は極々平凡な小国も幾つか点在するが、大陸の殆どを”独特の価値観”を持った人間達が暮らしている巨大国家が占めている。
 此の巨大国家は幾千年も積み上げていた己の国の文化や歴史的価値が高い文明遺産を、超大量の自国の人間達の命ごと破壊と焚書をして唐突に喪失させたり、百人以上死亡する大事故が起きても生存者の救出活動を一切せずに現場一帯を大量の土で埋めて事故自体を無かった事にしたりと、狂気染みた異様な価値観も持っている。
 だが余りにも国が巨大過ぎる故に、他の国々の権力者は此の国の権力者達と現住民達が度々行う理解不能な活動の数々を目の当たりにしても、侵略しての植民地化も同盟しての連合化も全くしようとは考えない。穏便にいえば”暗黙の遊牧大国”。率直にいえば”目の上の永遠に腫れが引かないタンコブ大国”として扱っていた。
 其の国の、山の上に狼と猫の亜人が1体ずつ立っていた。猫の亜人は久々に帰ってきた故郷の地の、黄土色に染まった霧の中にある人間が作った物体を懐かしそうに眺める。ニャーと一声鳴いたが、囁くように小さく鳴いた。看板が立っている。角々した独自文字での案内文と狩られて倒れている猫人間、猫人間を狩る銃を持った人間達の絵が描かれた亜人のスポーツハンティング勧誘看板は、リングが群れの仲間を無くして此の大陸を去ってから1年が経とうとしている今でも撤去されていなかった。
 だが変化は起こっていた。更に悍ましい狂気を感じる独自語の落書きが、看板の上にデカデカとカラー塗料入りスプレー缶で書かれていた。
『食えるモノは何でも食べよう!何でも!!』
 文章は2行で、下の行に補足が書いていた。
『小さいモノは特に美味い』

「ニャー。ヒュウラ、ニャーより大きい。大丈夫」
 リングは仏頂面で隣に立っているヒュウラに振り向いて満面の笑顔を見せた。両の腕を伸ばして下向きにした手の平を相手と己の頭頂部に当てながら身長を測る。ヒュウラは櫻國から支部に戻って直ぐの時期から身長が10センチ程伸びていた。現在の身長は170センチ。男としては未だ小柄だが、9ヶ月前は同じ背丈だったリングよりも頭1つ分高くなっている。
 リングは周囲に人間が居ない事を確かめてから、喜びの鳴き声を上げた。キャッキャと小さく飛び跳ねながら、相棒の”子犬”の成長を喜ぶ。
「伸びた。ニャニャー!ヒュウラ、背、伸びたニャ!!」
「そうか」
 ヒュウラは仏頂面で返事をしてから己の腕を見た。服が小さくなっている。成長真っ只中の子供の狼は、己が大人の狼へと近付いた事にぼんやりと勘付いた。
 リングが跳ね飛び踊りを辞めて、ヒュウラに話し掛ける。
「ニャー。服、小さくなった。帰る、服、大きい、変える。ヒュウラ、大きい。でも服、小さい」
 落書きが書かれた巨大看板を再び見る。中央大陸の人間が使う独自語を若干だが読めるリングは、落書きの文章を読むなり機嫌を損ねた。呟く。
「ヒュウラ、服小さい。人間、小さい、美味しい、書いてる。服小さい、ヒュウラ、食べる?また狙う?……ニャー、ヒュウラ、守る!ブニャー!!」
『安心なさい。貴方達は、此処での任務は2回目』
 ヒュウラの首輪の奥から、シルフィ・コルクラートが話し掛けてきた。小さく溜息を吐いて、直ぐに言葉を続ける。
『リングは故郷(ふるさと)で、現地での活動は1000回目以上のホームグラウンドでしょ?其れに今日の任務で人間からの”捕食”を危惧しないといけないのは、貴方達じゃ無いわ。今回の任務の保護対象(ターゲット)は3体』
 リングはニャーと鳴いたが、ヒュウラは返事も反応もしない。シルフィは話し続ける。
『鼬、鳥、そして鮫。全てAランク・希少種の亜人。鮫の亜人は元Cランク・警戒種だったけど、此の国で今起こっている”珍味ブーム”のせいで、うちの班が少しずつ捕獲して保護していたけど野生種が乱獲で激減して、ランクが上がってしまった。貴方が彼の子達に会ったら懐かしいと思うわよ、ヒュウラ。彼方も会いたがってる筈だろうし』
 シルフィは含み笑いをした。近くに居るらしき部下の保護官に向かって一言二言指示を伝えてから、遠隔で話し掛けている特別保護官の亜人達にも指示をした。
『間違い無く喧嘩になるでしょうけど、余り暴力は加えない事。人間に捕まる前に捕獲して連れ戻しなさい。施設から脱走して3体仲良く逃亡中の、貴方の”お友達”』

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