Bounty Dog 【清稜風月】94-95

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 完璧な安心・安全なんて此の世に無い。例えあったとしても、神や運命という存在は”生者”にのみ、気まぐれにしか与えてこない。己が祖国の為に真面目に任務をこなそうが、何処を探してもそんなモノは初めから全く無い。其れも”人間としては死んで”から11年間此の世に留まり続けて重々承知している”幽霊”が背負わされた宿命だった。
 寧ろ自由という『全ての人間が持つべき最高の幸せ』がある国だと世界に謳い続ける一方で、影で自国の人間達を含めて世界中の他の国々と人間達から自由を根こそぎ奪って征服しようとしている祖国を見限った今の方が、命を狙われる危険が増えたが幸せだった。今の己には、どんなに脅威に晒されようが命懸けで護りたい存在が居る。国というモノを牛耳る何処の誰かも分からないエゴイスト達よりも、護る存在はたった1人の”生者”だけで充分だった。
 あの人は脳を動かし、己は相手の手足になり、あの人を脅威に晒す生き物は漏れ無く全てを”祟り”殺す。そう心に誓ってあの人が作った小規模ながらも強大である”この組織”の最高幹部専属スパイとして世界中を飛び回りながら任務をこなしている2年間の方が、己は未だに幽霊のままだが”生きがい”を感じていた。
 安心・安全は相変わらず己に無いが、充実感に満ちている。充実感に満ちた状態で、今も此の東の島国で組織とあの人の野望を叶えるべく任務を行っている真っ最中だった。イヌナキ城の本丸に居る目標(ターゲット)とは未だ距離があるが、あと数回警護の死角を潜り抜ければ、いずれ目標が居る場所に辿り着く。簡単な任務であると確信しており、少年は余裕綽綽だった。
 唯、1つだけ先程から気になっている事があった。己の背後にある建物ーー二ノ丸から、重機でも使っているかのような轟音が何度も響いてくる。

 人間の姿をしている”生きた幽霊”の少年は、この城に亜人が1体紛れ込んでいる事を既に知っている。その亜人を利用して、己はこの城に潜入したからだった。
 亜人の特徴も事細かく知っていた。強靭な脚力と超高額で取引出来る目の価値も含めて全て”お見通し”だったが、轟音の正体については、あの狼の亜人が二ノ丸で城の人間達に見付かって暴れているだけだと思った。
 ーーこの任務は、余裕綽綽。ーー少年の思考は己が居る場所まで揺れる程の轟音が響いていても、微塵として変化しなかった。

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 狼の亜人には全く余裕が無かった。吐き気が限界突破して目眩と化し、目眩すらも限界突破して気絶し掛けているが、此処で気を失えば色んな要因で己は絶対に死ぬだろう、極限の状態に陥っていた。

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