Bounty Dog 【14Days】 101-104

101

 ローグの子供は超希少種亜人用の座布団に座っていた。お行儀良く正座をして、程良く柔らかい敷き物の心地良さに、黒い大きな獣耳を振りながら上機嫌になる。
 集会場は崩壊間際の状態だった。『原子』が作った爆弾で、壇も白幕もプロジェクターも、全てが砕けて焼け焦げて徹底的に破壊されていた。
 唯一無傷で残されている青いビニールシートに乗った座布団の上で寝転がると、ローグは着ている黒いダボダボの服の腰ポケットから3枚の硬貨を取り出す。非常に小さな体が座布団の上に収まるように手足を折り曲げると、仰向けになりながら友から貰った100エードコインの1枚を光に当てた。
 噴き上がる炎の光を凝縮して、硬貨が真っ赤に光り輝いた。ローグは嬉しそうに笑う。13日前に出会い、此の人間の金と一緒に沢山の恩を己にくれた”友”を思い出して、子供らしく純粋に笑った。

「デルタ、あいつ、子供。子供、弱い、大人、強くする。クソガキ、お仕置き、大人、懲らしめるニャ」
 リングはヒュウラの後ろを歩きながら、先頭を歩くデルタに目を釣り上げながら話し掛けた。デルタは前方を向いたままリングに返事をする。
「普通の子供はそれで良い。だがアレは普通の子供じゃない。未知の魔法使い、爆弾テロリスト、大量殺戮魔、子供の皮を被った化け物だ」
 己の部下達も殺した絶滅種の亜人を嫌悪して侮蔑したデルタは、引き摺るように動かしていた右足から足を掴み支えていた右腕を離した。白銀のショットガンにポケットから取り出した麻酔弾を数発装填して、銃口を前方に向ける。
 爆発は随分前から止んでいた。ローグが”魔法”を使うのに疲れたのかと思ったが、考えが頭をよぎった直後に再び爆発が起きた。
 ヒュウラとリングも含めて其の場に居る全員の身が揺れる。肌が熱気を、鼻が臭気を察知すると、デルタは銃で前方を狙ったまま言った。
「C47は、集会場を突っ切った先の道を右手に曲がれば直ぐだ。だが嫌な予感がする。もしかしたら」
 再び通路が爆発した。壁を隔てた直ぐ向かいの通路が爆発する。ヒビ割れた壁の隙間から黒煙と炎が襲いかかってくる。デルタはショットガンを片手で持つと、右手で右足を掴んでヒュウラ達の居る側に振り向いた。
「やはり直ぐ近くにローグが居る。一旦隠れるぞ!!」

102

 ヒュウラを間に挟み、デルタを先頭、リングをしんがりにして、1人と2体は武器庫用の部屋に退避した。亜人の捕獲や密猟者の逮捕の為に使う銃火器と麻酔弾・打撃式麻酔針がそれぞれ分けられて保管されており、銃火器は金網が張り付けられている壁にフックに掛けられ、銃弾類と麻酔針は金属製の箱の中に詰め込まれている。
 デルタが人間の大人が1人入れる程の大きな箱を3箱指さして、中身を全て取り出してから倒して縦に並べるように亜人達に指示した。リングとヒュウラが従って作業する。ヒュウラが更に仏頂面で、並べた箱の側面を力の限り踏み蹴った。金属板が簡単に割れ壊れて箱同士が繋がる。3個の箱が簡易式の防火シェルターに変わった。
 ヒュウラが更に仏頂面のまま、シェルター内の床を箱の板ごと強く踏んで穴を開ける。大人の人間1人が全身を隠せる大きさの窪みを作って暫く見つめると、デルタに指示されてシェルターの中で待機する。
 リングは扉が半開きになっている武器庫の入り口から、部屋の外に広がっている通路を睨んでいた。睨み先の通路が爆発する。光と炎がハッキリと見えた。耳をつんざく音が響いて、衝撃波が身体を襲ってくる。
 リングは橙色の目を激しく吊り上げた。足元に転がり落ちている麻酔針を1本拾い持つ。デルタに扉を閉められると、首根っこを掴まれて簡易シェルターに向かって歩かされた。猫は抵抗せずに箱の中に押し込まれると、小さく一声鳴いてから、巨斧を横倒しにして手が届く位置に木製の柄を向けて置いているヒュウラに横から抱き付いた。
 扉に向けてショットガンを構えているデルタに話し掛ける。
「ニャー。デルタ。ヒュウラ、ニャー、入った。お前も入れニャ」
「ああ、俺も直ぐ箱の中に入る」
 デルタは口だけで返事をする。麻酔針を持っているリングの目は吊り上がったままだった。
 デルタは扉を睨み付けた。爆発が止まっている。10秒……20秒……30秒……沈静したまま時間が経過する。
 デルタの首が動く。左右、真後ろ、足元、前方に向き直って、再度真後ろを見た。
 ローグは何処にも居ない。安堵の溜息を吐くと、デルタ・コルクラートは漸く左足の膝を折って身を伏せた。負傷している右足は伸ばしたまま、2種の亜人が入っている即席の防火シェルターに潜り入る。
 シェルターの中央付近に居るヒュウラとリングをそれぞれ一瞥すると、デルタは折り曲げられない右足を箱から出した状態で、ショットガンを構えた。前方に狙いを定めて応戦体制を整えると、
 リングが突然、箱から飛び出した。
 強引に押し退けられたデルタは、箱の側面に身をぶつけて驚愕した。麻酔針を両手で掴んだ猫の亜人は怒号の鳴き声で発しながら扉を蹴り開けて、通路を爆走する。
「ブオオオニャアアアアー!!クソガキ、ニャー、お仕置きする!!」
「リング!何処に行くんだ!?勝手に行くな!!」
 注意は馬鹿猫に聞こえていない。怒りが頂点に達して馬鹿化した猫の亜人は怒涛の鳴き声を上げながら、ローグを探して暴走し始めた。
 不気味な程に、爆発が全く起こらない。
 超過剰種に置いてきぼりにされた超希少種は、仏頂面のままデルタの肩を掴んで箱の中に引き寄せた。シェルターの中に右足以外を入れられたデルタが振り向いてくると、ヒュウラは口だけを動かして尋ねる。
「デルタ、どうする?」
 デルタは目を丸くした。直ぐに嬉しそうに微笑んでから、忠犬に答えた。
「そうだな。本当は一緒に部屋を出て、お前を守りながらあの馬鹿猫を捕まえたい。だが俺のこの足では、無闇に動くとかえって囮になってしまう」
 デルタは開け放たれた扉の先を凝視する。通路から噴き出てくる炎が見えた。直ぐ側にある集会場が崩壊していると察した。集会場を通らないと辿り着けない脱出口・C47に向かう事は、ほぼ不可能になっていた。
 思考に耽る。脳内で作戦を練り直しながら、デルタは独り言のように呟いた。
「リングは放置出来ない……彼女だって我々が保護している大事な命だ。だがこの状態では、悔しいがこの方法しか採用出来ない」
 デルタは目を吊り上げて、白銀のショットガンで前方を撃った。2、3発空気に向かって銃弾を放つと、ポケットから通信機を取り出す。
 機械を口元に添えて、ヒュウラの顔を見てからデルタは不敵に笑って言った。
「我々も恐ろしい”牙”を持っているんだと奴に教えながら、コレでリングが死なないように俺が誘導(ナビゲート)する。そしてお前にも後衛(サポート)を頼みたい。俺を背負って走ってくれ。でも最悪の時は、俺を放り捨てて逃げてくれ」
 ヒュウラは大きく被りを振った。
 デルタは困ったような顔を刹那だけしてから、爽やかに笑った。
「C47には行けない、目指すのはC2の先にある脱出口にする。此処を全員で無事に出たら、お前は保護施設に行って俺達とお別れだ。その前に、最後にもう1度チームを組もう。脱出任務だ」

103

 デルタは通信機を操作して、リングの右手首に付いている発信機から出る電波を受信した。黒塗りの背景に黄緑色の光が格子模様が浮かんでいる画面に、支部を示す青い凹型のベタ塗りの図形と黄色い点が表示されている。点が高速で図形の中を走り回っていた。リングの暴走が手に取る様に分かる状態で、デルタは機械を口元に添えて通信機と腕輪型の機械越しにリングに指示をする。
「リング。C30付近と推測する。回ってきて戻ってこい。ローグは無視しろ」
 馬鹿猫が憤怒の鳴き声混じりに怒鳴り返してきた。
『ブニャアアア!ニャー、クソガキ、お仕置きする!!ブニャー!!』
「ブニャじゃない。リング、ローグは無視だ。それか、そのまま先に脱出しろ。天井にある通気口を使え。壁登りが出来るお前なら、中に入るくらい簡単だろ?」
 渋い顔をしながら、デルタは再び通信機の画面を見た。走り回っていた黄色い点が突然止まった。リングは機械の中から大きく一鳴きしてくると、急に上機嫌になってデルタに言ってきた。
『ニャー!ツウキコウ、それ、使う!デルタ、サンキュー、ニャ!!』
(何時、そんな軽い言葉を覚えたんだ?リング)
 デルタはリングが違う理由で心配になった。ヒュウラに視線を移すと、ヒュウラは仏頂面のまま此方を見て静止している。
 爆発は未だに止んだままだった。平和であるが不気味でもある静寂は、永遠に続くのでは無いかと思ってしまう程の長さで起こっていた。
 デルタはヒュウラに指示をする。
「ヒュウラ。お前は未だ動かなくて良い、此処で暫く待機だ。俺も此処で、タイミングを見ながらお前を護衛する」
 返事も反応もされない。デルタは言葉を続けた。
「支部は一応全体に防災処理を施しているんだ。どんなにあいつが爆破しようが完全に崩壊する事は無い。頃合いを見て、お前に背負って貰って一緒に此の部屋を出る。俺がリングを誘導しながら、全員で脱出するぞ」
「御意」
 ヒュウラは返事をしてから巨斧の柄を片手で掴んだ。何時でも動けるように体制を整えてから、デルタを凝視する。
 デルタは右足を伸ばした状態でシェルターの端に座り込むと、ショットガンの銃口を前方に構えた。ふと思い立ってヒュウラの側に振り向くと、ヒュウラの首輪を見つめてから、左腕を首輪に伸ばして話し掛けた。
「ヒュウラ。くーー」

 デルタは爆発した。横倒しになって吹き飛んだ。

104

 ヒュウラの時が止まった。
 デルタ・コルクラートが視界から突然消えた。相手の首の周りが赤く光ったかと思うと、突然居なくなった。轟音と衝撃波と熱気と煙が、代わりに己を襲ってきた。
 レンズが砕け割れてフレームが折れ曲がった銀縁眼鏡が、煙を纏いながら宙を飛び、壁に当たって床に落ちる。鈍い音が箱の外から聞こえてきた。重さがある水分を含んだ何かも、床にドサリと倒れる音がした。
 ヒュウラを次に襲ってきたモノは臭いだった。慣れている筈なのに今は吐き気がしてくる、とても酷いあの臭いだった。
 ローグの子供が簡易シェルターの上に居た。死角を通って真後ろから登ってきて、お行儀良く箱の上で正座をしていた。
「うきゅ」
 独特の鳴き声のような口癖を言って、ローグは箱の上から飛び降りる。両手を背の後ろで結びながらゆっくりと歩くと、箱の外に倒れている何かを見て、またゆっくりと歩いて、箱の中を覗き込んできた。
 瞳孔の濁った赤い大きな目で、箱の中を凝視する。
 箱の中には、物凄く大きな斧だけが倒れ落ちていた。
 ローグは箱を暫く見つめると、首を大きく傾げてから視線を離した。箱の外で倒れている何かをもう一度見ながら、心の中で呟く。
(うーん、中にも居ると思ったけど。気のせいなのか……逃げちゃったのか。まあ、どっちでも良いや。やったー!やっと1つ壊したー!!)
 黒い大きな獣耳を上下に振りながら、両手を胸の前に出して指先の腹同士を合わせる。瞳孔が濁っている大きな目の色を赤から真紅・水色・黄緑・黄色・灰色に変化させると、再び赤色に戻った目を三日月形にして、ゲラゲラ笑いながら部屋を出て行った。
「次は、あの騒がしい奴にしよう。もう1つも探すよ、皆んな壊すよー!あはは、あははははは!!」


 ヒュウラは、倒れた斧で隠れていた窪みから這い出てきた。箱からも出てきて、箱の外に倒れている何かを見て正体を知った。目を限界まで見開いた。
 何かはデルタだった。仰向けに倒れた彼は、首から上が完全に砕けて無くなっていた。頭部があった部分は、未だ形を留めている右足よりも悲惨な状態になっていた。
 デルタ”だった”モノが其処に倒れていた。デルタは十数秒前に突然目の前から消えて、今は何処にも居なくなっていた。
 死んだ。唐突に死んだ。ヒュウラは目を見開いたままポケットから半乾きのシーツを引っ張り出すと、デルタだったモノの失われている部分を隠すように、シーツを被せた。


 リングは雄叫びのような鳴き声を上げながら、ローグと通気口を探して爆走する。此の世から喪失(ロスト)したデルタ・コルクラートの死に際を見ていない彼女は、首がキチンと付いている綺麗な身体をした彼だけを記憶に残した。

 ミト・ラグナルも、上司が殉職した事を知らなかった。彼女は通信機を使って己が連絡出来る場所に片っ端から支援の依頼をしていた。
 情報部の女とは連絡が取れなくなっていた。代わりに応答してきた別の情報部の保護官から、逆に女の居場所を尋ねられていた。

 ヒュウラは、デルタの亡骸の傍に跪いた。顔を伏せて其の場で静止する。
 ヒュウラの顔に浮かんでいる表情は、ざんばらに切られた長い前髪に隠れて外から見ても分からなかった。唯一露出している口がゆっくりと動く。
 保護の真逆になる言葉を、彼はぽつりと呟いた。
「殺す」