Bounty Dog 【14Days】 71-74

71

 白鮎族の青年との游泳はスムーズにされた。ヒュウラを背中から抱えた青年は水の洞窟を泳ぎ抜けて沢を渡り、先で流れ落ちる大きな滝を下った途中で岩壁に開いた大穴へと跳ね移る。
「僕も肺呼吸なんだ。家ではいっぱい息が出来るよ、安心してね」
 瞼を閉じて俯いているヒュウラに、青年は口パクで話し掛けてくる。返事も反応もせず四肢を力無く垂らしているヒュウラを抱えたまま、魚は壁の中の水路を通り、丸い形をしている水面へと浮かび上がった。
 水から上半身を出した魚は、ヒュウラを持ち上げて石の床に横たえる。人間が作った様々なアウトドア用品の小物と、家具のような形の岩が置かれている小さな洞窟に辿り着くと、水から全身を出した魚の青年は、尾鰭を石の床で折り曲げて直立すると、倒されたまま微動だにしない狼の青年に向かって話し掛けた。
「お疲れ様。さあ着いたよ、此処が僕の家。散らかっているけど、ゆっくりしていってね」
 ヒュウラは動いた。倒れたまま身体の向きを変えて振り向く。無表情の顔に衰弱の色が出ていた。
 青年はニッコリと笑うと、尾鰭で地面をピョンピョン跳ねて、テーブルのような形の岩の横に置かれている、椅子のような形をした岩の上に腰掛けた。
 ヒュウラに向かって声を掛ける。
「出入り口は此処しか無くてねえ。出るのは魚じゃないと難しいんだ。元気になるまで休んで。元気になったら、このテーブルでお話ししようね。獣犬族(じゅうけんぞく)の子」

 体力が回復して起き上がったヒュウラは、岩のテーブルに頬を付いて微笑み顔を向けてくる魚の青年の側まで歩いて行った。魚に促されて、テーブルを挟んだ逆側にある椅子のような形の岩に腰掛ける。
 魚の青年は椅子から腰を上げると、尾鰭をバネのようにして跳ねながら奥まで移動した。端が欠けて水苔が付いた木の皮をお盆のようにして、洒落たデザインのティーカップとソーサーを2客乗せて運んでくる。
 テーブルまで戻ってくると、ヒュウラの前にティーカップが置かれる。端が所々欠けているティーカップに入っている透明の液体を無表情で眺めているヒュウラに、椅子に座り直した魚の青年は微笑みながら話し掛けた。
「中身は水だよ。お茶もお茶菓子も此処には無いんだ、ふやけちゃうからね。僕、コレ気に入ってるんだ。川の底で見つけてね。きっとキャンプに来た人間達の忘れ物だね」
 愛おしそうに、欠けたティーカップを眺める。ヒュウラはティーカップの底を鷲掴みにして、中の水を口に放り投げて塊のまま飲み込む。「わあ!ワイルドだね!!」とはしゃいだ魚の青年は、自分のティーカップの水を上品に一口飲むと、片腕を伸ばして横倒しに放り置かれているヒュウラのティーカップをソーサーの上に戻した。
 無表情で腕と脚を組んで座っているヒュウラに、話し掛ける。
「僕、人間が大好きでねえ。色んな道具を作っちゃう所とか、尊敬してる。凄いよねえ」
 ヒュウラは返事も反応もしない。魚の青年はニコニコ笑いながら話を続けた。
「君も人間の道具、好きそうだよね。僕達、仲良くなれそうだねえ」
「変」
 ヒュウラは一言だけで答える。魚の青年はクスクス笑いながらティーカップの水を一口飲んだ。音を立てずに上品にソーサーの上に器を置いて、水掻きの付いた手と手を組んで肘をテーブルに乗せる。
「君だって変だよ。人間が勝手にしている保護活動の手伝いをしてる。君自身も保護されてるみたいだね。首輪、付けてるね」
 ヒュウラの首を覆うアンテナ付きの機械の首輪を指差して、青年はニコニコ微笑んだ。仏頂面のまま顔を見てくるヒュウラに、青年は更に言葉を続けた。
「君が僕を捕まえたいの、知ってるよ。でも僕は人間は大好きだけど、人間に育てて貰いたいとは思わない。僕は自然と一緒に生きながら、遠くから人間を見ているのが好きなんだ」
 魚の青年は満面の笑顔でヒュウラを見つめた。仏頂面のまま腕と脚を組んで視線を向けてくるヒュウラに、魚は頷きながら話し出した。
「僕は人間以外の事も色々調べるのが好きでねえ。君の事も知ってる。”種”でだけど。生物素材を持つ亜人種の中でも、獣犬族は結構有名なんだよ。人間からされる理不尽でね。同じくらい有名なのは、東の小さな島に居るらしい虫の亜人。1番酷い理不尽を受けたのは絶滅した鼠の亜人だけど、彼らが人間に絶滅させられたのは能力を欲しがられたからで、素材じゃない」
 魚はティーカップの水を上品に飲み干す。顎を見せた顔を戻してヒュウラに正面を向けると、遠くを見るような哀れむような目をして金と赤の不思議な目を見つめた。
 魚は呟くように口を開く。
「欲とかお金というものが絡むと、人間は凄く凶暴になる。凄い道具をいっぱい作れるのに、僕達や他の生き物からもあらゆるものを欲しがるなんて、人間って凄く不思議な生き物だよねえ」
 魚はティーカップの縁を愛おしそうに指で撫でた。欠けた部分に水掻きの付いた指が引っ掛かり、皮膚が切れて血が滲み出る。怪我をした指を口に入れて血を吸い取ると、青年は青い目を三日月型にして、微笑みながらヒュウラに話し掛けた。 
「ごめんねえ、しんみりさせるつもりは無かったんだけど。……そうだ!君も人間の道具を色々知っているのだったら、お気に入りの物を教えて欲しいな。何かある?」
 青年は手と手を合わせて、上半身を揺らして小躍りを始める。子供のように目を輝かせる魚を置いて、ヒュウラは岩から腰を上げた。洞窟の隅に並んで置かれている、大きな壺のような灰色の容器に向かって歩いていく。
 壺に近付いて、ヒュウラは無表情で中を除いた。ワカメが満帆に詰まっている。
「あーソレ、僕の主食。美味しいよう、食べる?」
 嬉しそうに声を掛けてくる魚の青年を無視して、ヒュウラは壺を1個抱え持つと、テーブルと出入り口の間で壺を大きく振った。ワカメが岩の床に散乱する。
 壺を運んでは壺をひっくり返してワカメを撒き散らす行為を数回繰り返す。更にワカメを手で掴んでは放り投げて、量と位置を調整する。スナック菓子に埋もれたミトの自室の汚部屋をワカメで再現したヒュウラは、横倒しになった空の壺を1個立たせて置いてから、ワカメに埋もれた空間の真ん中で胡座を掻いて座る。壺を指差して、透明な箱を持ったような手の形にしてボタンを押すジェスチャーをしたヒュウラは、壺を指差しては腕を伸ばして、見えない箱を握った手の親指で、見えないボタンを超高速で連打した。
 魚の青年はニコニコ微笑みながら、クイズに答える。
「テレビかな?僕、テレビも知ってるよ。でも見た事無い。良いなあ、僕もテレビ見たいなあ」
「テレビは」
 一言だけ発したヒュウラは電源ボタン連打のジェスチャーを止めて、魚の顔を見る。空間が暫しの静寂に包まれると、ヒュウラは一言だけ発した。
「楽しい」
「わー良いなあ!良いなあー!!」
 立ち上がった魚が、はしゃぎながら尾鰭で上下に飛び跳ねる。無表情のヒュウラの全身から陽気なオーラが溢れ出ると、狼と魚は人間の道具で意気投合した。

72

 ミト・ラグナル保護官は、眼前に広がる渓流と手に持った通信機の画面を交互に眺めた。機械の液晶画面に表示された赤い点は、自分が伏せている川辺の真下、地中深くにある小さな洞穴に居ると示されている。
 ヒュウラの生体情報を確認して、無事であると確信してからミトは背後に振り返った。仕切りに鳴き声を出しながら怒っているリングに頭を叩かれている、デルタ・コルクラート保護官の肩にタオルを掛ける。
 全身水濡れの班長は猫パンチの連打を受けながら、通信機を両手に掴んで放心していた。ブニャブニャ叫びながら更に猫パンチを放とうとするリングを引き剥がしたミトは、苦笑いをしながらデルタに話し掛ける。
「リーダー、落ち着いて良かったです。パニックを起こして川の水を全部抜けと指示してきた時は、どうしようかと」
「ああ。私も自分が暴走仕掛けた事に自分で驚いている」
 遠くを見つめながら、デルタは呟いた。憤怒したリングに背中を猫キックされて我に帰る。通信機をポケットに入れてズレた銀縁の眼鏡の位置を指で素早く調整し、白銀のショットガンを掴むと、クアッドロードで麻酔弾を素早く給弾してから振り返った。リングが放った猫パンチを片手で難なく受け止めると、目を釣り上げてミトに話し掛ける。
「兎に角、通信機で直ぐにあいつの居場所が分かった。君とリングは私の騒ぎで駆け付けて来てくれたが、これからどうやってあいつとターゲットを保護するかも、一緒に考えてくれないか」
「ニャー。デルタ、ヒュウラ、会う、騒ぐ、殺しそう。ニャー、ヒュウラ、守る!デルタ、見張る!!」
 特別保護官兼超希少種の友達である猫の亜人は、デルタを激しく睨んだ。亜人に全く信用されていない亜人専門保護官の上司に、同じく亜人専門保護官のミトは真顔で話し掛けた。
「ヒュウラが居る洞窟ですが、情報部にルートを調べて貰いました。この先にある滝の途中から石壁の穴に入って、更に蛇道になっている水路を潜っていった先のようです。人間が泳いで通る事は、不可能です」
 大きく被りを振ってから、ミトは顔を伏せて地面を凝視した。相手は地の中に掘られた洞窟でワカメに囲まれながら魚の亜人と楽しく雑談に更けている事を全く知らず、相手の安否を純粋に心配する。
 リングも地面に倒れ込むように伏せると、先端に毛が付いている独特の形をした耳を土に擦り付けて地中の音を聞いた。
「コレ本当に美味しいよ。食べてみてよお」
 ヒュウラに勧めながらワカメをモシャモシャ食べ始めた白い魚の声も咀嚼音も聞き取れないリングは、上半身を起き上がらせると、肩を落としてニャーと一声鳴いた。
 デルタは仁王立ちをして腕を組みながら、地を見下げて呟く。
「行くには大掛かりな道具が必要だろうが、ターゲットが勘付いて逃げてしまうだろうな。非常に厄介だ。彼はヒュウラに一体何がしたいんだ?」
 リングはデルタを凝視した。デルタは視線に気付くと、リングは一声鳴いてから話し掛けてきた。
「ニャー。あいつ、捕まえる、焼いて食べる?魚ニャ」
「どうか止めてくれないか。君も特訓が必要なんだな」
 リングは鳴き声だけで生返事をしてから、再び地面に片耳を擦り付けた。
 デルタは通信機の画面を見る。ヒュウラの生体情報に変化があった。僅かの時間だが、呼吸が止まった。

73

 ヒュウラは生臭いワカメの束から鼻を離した。無表情で茶色い手袋を付けた指で鼻を強く摘むと、散乱させたワカメを手で掴み取って壺に戻していく。
 魚の青年がワカメを食べながら不思議そうにヒュウラを見つめていると、掃除を一通り終わらせたヒュウラは、仏頂面で石のテーブルへと歩いてきた。椅子の形の岩に腰掛けて、腕と脚を組む。テーブルを挟んで再び向かい合った2種の亜人は暫く微動だにしなかったが、水掻き付きの手がティーカップを木の皮の上に乗せる音が響き出すと、手の主である魚の亜人が開口した。
「僕、君の事がもっと知りたい。取り敢えず、君の名前は何て言うの?」
 ヒュウラが目をやや吊り上げる。口を閉じたまま魚の亜人の顔を凝視すると、
 首輪から放たれた女の声が、代わりに彼の名を教えた。
『ニャー。ヒュウラ』

 ミトの通信機を奪い取ったリングが、機械越しに話し掛けてきた。雑音として騒ぎ立てる少女の声と冷静な青年の声も聞こえてくる。
 保護官2人がリングから通信機を取り返そうとしているらしい。風を切るような音も雑音に加わった。人間達から逃げながら、リングは一言鳴き声を上げてヒュウラに話し掛ける。
『ニャー。ヒュウラあー、元気?ニャー、リング。聞こえる?』
「聞こえる」
 首輪の背面に付いたスイッチを指で押しながら、ヒュウラは無表情で返事した。リングが嬉しそうに2、3回鳴き声を上げると、木の葉が擦れるような音が響く。
 関節を捻って足だけで木の上に登ったリングは、太い枝の上で座って通信機を持ちながら、木の下で騒いでいる保護官達に舌を出して挑発した。
 通信機から陶器が出す細かい音が断続的に聞こえてくる。音が止んで暫く経ってから、澄んだ音程の高い男の声が聞こえてきた。
「わー、僕も声が聞こえた!其れは電話って道具だね!首輪の形の電話は珍しいねえー!!」
 温和な青い目をキラキラ輝かせて、魚の青年はヒュウラの首輪を凝視した。興奮して尾鰭を使って跳ね踊っている魚を、ヒュウラは無表情で見ている。
 リングは眉間に皺を寄せる。橙色の愛嬌のある目を限界まで釣り上げると、目の前の人間達への挑発を止めて、通信機越しに魚の亜人に怒鳴った。
『ブニャー!!お前、ヒュウラ、返せ!お前、捕まえる。焼いて食う、ニャー!!』
『お願いだから食べないで、リンちゃん!』『いや、焼く事も許さん』木の下から反応する保護官2人の声がヒュウラの首輪から一緒に聞こえてくる。
 ブニャブニャ鳴きながら脅してくる猫の声に、魚の青年は眉をハの字に寄せながらぼやいた。
「うわあー、あの鳴き方は猫の人だね。あの子の種はそこら辺にウジャウジャ居る。実は僕達、魚系の種の天敵だったりするんだ。わーお、困ったあー」
 何故か嬉しそうに笑っている魚は、困り顔をしながらヒュウラを見る。返事も反応もしないヒュウラに代わって、首輪からリングが更に脅してきた。
『ヒュウラ、返さない、生でも食う!ニャー!!』
 魚の青年は猫の女に話し掛ける。
「ごめんねー、猫の人。彼ともう少しお話しがしたいんだ」
 リングの怒りが頂点に達した。
『ブオオニャアアー!お前、食うニャー!!』
 首輪から木の葉が擦れる大きな音が響き出した。ブニャブニャ鳴くリングの声と何かが叩かれる打撃音と木の葉が擦れる音が混ざって断続的に聞こえると、音が全て止んで直ぐにデルタの声が話し掛けてきた。
『ヒュウラ、ターゲットと話しているのか?雑談なら彼を保護してからでも出来る。早くターゲットを連れて戻ってこい』
 超希少種の魚の青年は、ニコニコ微笑みながらヒュウラを見つめてくる。ヒュウラは首輪の背面に付いたスイッチを指で押した。押したまま、無言で静止する。
 不可解な行動を取ったヒュウラを見て、魚の青年は首を傾げた。何かがガリガリ掻きむしられる音が聞こえてから、デルタが再び声を掛けてくる。
『聞いているのか?返事しろヒュウラ。御意でも良い』
 ヒュウラは微動だにしない。首輪を指で押したまま動かない亜人の青年からの返事を待ったデルタは、数分経っても得られなかった期待を諦めて、一方的に指示をしてきた。
『俺とラグナルとリング、3人で直ぐにお前を回収に行く。ターゲットを保護して待っていろ』
 ヒュウラの目が動いた。虹彩が金色、瞳孔が赤色の不思議な目をやや釣り上げると、一言だけで返事した。
「そうか」
 ヒュウラは首輪のスイッチから指を離して通信を切った。魚の青年に目線を向けると、魚は目を三日月形にして笑った。

74

「出たぞ。我々いつも驚きのあいつの口癖、そうか」
 リングに掻きむしられて生傷が刻まれている顔で超希少種ロボットフェイス狼の物真似をしながら、デルタはヒュウラの口癖を復唱した。ミトは木の上に登って猫の亜人をロープで拘束している上司を見上げながら、苦笑する。
「君が後でこいつにデコピンしてくれ」
 ミトに小声で指示をしてから、デルタはリングを片腕で抱えて木から降りた。ブニャブニャ鳴きながら空に足蹴りを連打する猫を横倒しに置いて、通信機の画面を操作する。ヒュウラの首輪に付いているカメラレンズを起動させて地中の様子を確認すると、美形の人魚のような見た目をした青年が表面を向いて爆笑していた。
 水掻きが付いた両手の平を拍手するように叩きながら「臭いってハッキリ言ったね!焼いたらもっと美味しいと僕も思うよ。でもふやけちゃうもん!!」と、澄んだ綺麗な声でヒュウラに言っている。
 微かな量だが、青年の背後に見える石で出来た床の上に、ワカメが散乱していた。状況が完全に謎だが、デルタは眉間に深い皺を掘るとカメラ機能を切って呟いた。
「そうか、と。何が一体そうなんだ?!今直ぐ30発くらいあいつにデコピンを喰らわしたい、私のこの、身の底から沸き立ってくる何とも言えない気持ちが落ち着いたら行動しよう。少し待っていてくれないか?」
 ミトは声を漏らして苦笑した。デルタは胸ポケットからウイスキーの小瓶を取り出し、中に入った琥珀色のアルコール飲料を、気を落ち着ける為に暫く見つめてからポケットに戻す。木の根元に立て掛けていた自分の愛用武器である白銀のショットガンを掴むと、横に置いている袋の口から飛び出ている巨大な片手斧を見た。
 ヒュウラの愛用武器から直ぐに目を離して、デルタは険しい顔をしたままミトに振り向く。ドラム型の弾倉が付いたサブマシンガンを紐で背中に回し付けている新人保護官は、上司の視線に気付いて、猫から奪取した通信機の画面から視線を上げた。
 デルタは声に感情を込めずに指示を言う。
「ラグナル保護官、君もあいつが許せなくなったら、残り4日しか無いが遠慮無くデコピンを喰らわせて良い。同じ背丈以上の種にデコピンする程度では、絶滅危惧種は喪失(ロスト)しない」
「申し訳ありません、リーダー。私はヒュウラに折檻したくないです」
 ミトは即答してから眉をハの字に寄せた。困り顔をしてデルタとリングを交互に見る。腕を胴ごとロープでグルグル巻きに縛られて地面に倒された猫の亜人は、ニャーニャー鳴きながら転がり回ってはデルタの足に猫キックを放っていた。デルタは猫の攻撃に反撃する事なく、険しい顔のまま通信機で保護部隊と連絡を取っている。
 ミトの眉の傾度が、更に狭まった。
(リーダー。リーダーって保護生物を何時も丁重に扱う人だけど、ヒュウラには何故か凄く厳しい。というか日々どんどん厳しくなっている気がする)
 ミトは自分の通信機を覗く。黒い背景に黄緑色の線が格子状に伸びている画面の中に、洞窟を示す水色のベタ塗りの図形と赤い点が写っている。
 水色の図形の中で止まっている赤い点を凝視する。大きな茶色い少女の目が見開かれると、通信機から顔を上げてデルタに向かって叫んだ。
「リーダー!ヒュウラが動きました!また何処かに連れて行かれるみたいです!!」

「ヒュウラくん。沢山お話したし、そろそろ家を出て移動しようか。君の友達から逃げるんじゃ無いよ、君に見せたいものがあるんだ」
 首輪の通信で相手の名前を知った魚の亜人は、岩の椅子に座っている狼の亜人に離席を促す。
 ヒュウラは組んでいた腕と脚を解くと、仏頂面のまま返事した。
「御意」