Bounty Dog 【アグダード戦争】87-88

87

 ヒュウラがカスタバラクに追いかけられている場所と同じ『箱』の元4階の現3階の東エリアで、モグラの亜人コルドウは威嚇声を上げながら身を伏せていた。殆どの照明を己の鋼鉄の爪で壊した薄暗い通路の一角で、カスタバラクから奪い取った軍帽を、ヒュウラの腰布をグルグル巻いて覆っている頭に乗せて被る。
 仲間達を実験体にして残虐に殺した仇だが、容姿も声も凄く素敵だと思う人間の宝物を被って、モグラは憎しみを傍に置いてファンが大好きなアイドルの私物を身に付けたかのように凄く喜んだ。ハートマークを沢山頭から噴き出す。帽子を被ったまま身体を左右に振って小躍りを暫くしてから、帽子を脱いで、ズボンのポケットに土を掻き出してから折り畳んで丁寧に入れた。
 我に返って、傍に置いていた憎しみを拾い戻して遠くに向かって威嚇声を高々と上げる。憎きお犬ことヒュウラがしていた事と同じように、光から逃げる途中の通路で拾ってきていたカスタバラク軍の国旗を広げて、マントのように羽織ってみた。何だかとても強くなったような気がした。ハートを大量に噴き出しながら王様ごっこも暫く楽しんで、再び我に返ったモグラは、シルク100%の旗を丁寧に畳んで通路の端に置く。
 シルクは動物性の素材だから余り好きじゃなかった。服好きのモグラは植物性の素材を好んでいた。石油で作る化学性の素材は、石油も化学も何なのか分からないから何とも思わなかった。モグラは遊ぶのを辞めた。真面目に敵討ちをする為に、大きな声で威嚇をしてから、東エリアを走り回って光を出す機能が生き残っている照明を爪で切り裂いて壊し始めた。
 光を放つ人間の道具を壊しながら、コルドウはヒュウラとカスタバラクは仲間だと頭の中で思った。お犬ことヒュウラは自分を此処に連れてくる為に初めから自分を騙していて、美味しいお豆で自分を餌付けして仲間だと思い込ませていたが、本当はカスタバラクの飼い犬で、即ち自分の群れの仲間のサニリーとパッチョムを殺したカスタバラクの飼い犬のヒュウラも、仲間殺しの共犯なのだと思った。
 事実は全然違っており、仲間どころかヒュウラが世話になっている軍曹達”アグダード民間お掃除部隊”とカスタバラクは敵同士なのだが、盛大に誤解をしたモグラはヒュウラに激昂した。好感度を最低まで下げて、頭から蒸気を大量に噴き出す。ヒュウラも敵とみなし、見つけ次第八つ裂きの細切れにする対象に加えた。
 コルドウは東エリアの通路の照明を破壊し尽くした。闇に覆われた通路で階全体に聞こえるように大きな大きな威嚇声を上げる。モグラは威嚇声を上げながら、通路をゆっくりと歩き出した。
 先ず無礼極まり無いお犬のヒュウラを優先的に見つけ出して速攻で始末する事にする。カスタバラクも勿論仲間の仇なので八つ裂きの細切れにする対象だった。が、カスタバラクに対しては、何より先ず初めに”あっし”をどうしても相手に絶対に言わせたかった。自分と同じ一人称をあの超素敵イケメンボイスに言わせて、しっかりと聞いて、凄くキュンキュンときめいてから、お礼にお安い服のセール品争奪戦争に勝利する為の極意を冥土の土産に教えてあげて、それから始末する事にした。
 コルドウも己の作戦を開始する。開始した早々に銃声が聞こえた。カスタバラクがヒュウラに撃ったライフル弾の音だった。音のした方角に向かって威嚇声を上げる。作戦を実行する為に走ろうとして、
 別の音も耳に届いた。
 その音は銃声に比べると凄く小さかったが、コルドウは急停止で足を止めて、男がした左手に振り向く。音は声だった。知っているような気がする声が、己に向かって話し掛けてきているように聞こえてきた。
 声は、サニリーでもパッチョムでも、他の群れの仲間達のものでも無かった。が、コルドウは聞こえてくる声を、自分が聞いたことがある声だと確信した。
 コルドウは吸い寄せられるように、扉が開いた一つの部屋の中に入っていく。銃声が彼方からまた聞こえた。カスタバラクがヒュウラに2発目の銃弾を撃ったが、ヒュウラがかわして追いかけっこを続けていた。

 コルドウは、部屋の中に入って直ぐに声の正体を知った。懐かしい存在に再び会って、嬉しくて頭からハートマークを沢山噴き出した。
 コルドウは今でも相手を凄く大好きだと思っていた。相手は恩人で、人間だった。

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