Bounty Dog 【14Days】 84-86

84

 デルタ・コルクラートは、執務室の椅子に座ったまま物思いに耽ていた。重厚な木の机の上にノート型パソコンを起動させた状態で置いている。
 同じく卓上に置いていた通信機が激しく震え出すと、デルタは機械を耳に当てて応答した。機械を肩と耳で挟みながら、パソコンを操作して通信画面を表示させる。カメラを起動すると、液晶画面に女性が写った。四角形の枠の中に上半身を収めた女はデルタと瓜二つの顔をしており、ヘッドフォンを付けた頭部から生える長い直毛の青髪を掻き分けてから、銀縁眼鏡のレンズに覆われた青い目を釣り上げて此方を睨んでくる。
『お酒は置いて無いようね。仕事中に飲むのは非常識ですもの』
 開口早々に皮肉を言ってきた女に、デルタは真顔で答える。
「貴女に常識を語られたくは無い」
 間髪を入れずに言葉を続けた。
「事情は2日前に伝えた通りです。ヒュウラが超希少種の保護任務に失敗して、稼いできたポイントがオジャンになった。上層はあいつを絶滅危惧種じゃ無かったら喪失(ロスト)してやりたいとほざく程にお怒りだ。修正は不可能です。ヒュウラは本日、絶滅危惧種用の保護施設へ輸送します」
『良いわね、”ほざく”。貴方も私に似てきたじゃない』
 女は悪笑を浮かべた。デルタは真顔のまま言葉を続ける。
「何が可笑しいんですか?俺はこの結果に納得していない。正直、俺もヒュウラに怒りを感じている。絶対に喪失(ロスト)を回避出来た筈なのに、あいつは俺に何の相談も無く、馬鹿犬ぶりを最悪の形で披露したんだ!!」
 デルタは机に拳を叩き付けて怒鳴った。壁に立て掛けている松葉杖が振動して床に倒れる。同じく立て掛けられていた、白銀のショットガンは倒れなかった。女は壁に勇ましく寄りかかっている武器を一瞥してから、デルタに言った。
『成る程。貴方は愚行だったと思っているのね、デルタ。私は逆よ』
 興奮するデルタと異なる冷静さを持って、女は言った。
『あの子はやっぱり凄く良い子。余りにも素晴らしい判断だわ』
 デルタの怒りの火に油が注がれた。青髪の女は意地の悪い笑い顔をして黙る。
 室内は暫しの沈黙に包まれた。デルタは椅子に座ったまま倒れた松葉杖を拾い上げて壁に立て掛けると、震える口を動かした。
「何時も思っている事だが、貴女にはこれまで一度も口で伝えた事はない。貴女を尊重しての配慮で。だけど、もう限界を超えた。そろそろハッキリ言わせてくれ」
 青髪の女の表情は変わらない。デルタは怒鳴り上げた。
「何で俺と姉さんは、双子なのに考え方が全然違うんだ!?貴女には人として当然持つべき大事なモノが色々抜け落ちてる!!絶滅危惧種を何だと思っている!?弟の俺を、一体何だと思ってるんだ!?」
 女の態度は変わらない。諭すように返事した。
『デルタ。貴方には愛情を持っているし、何時も私を支えてくれて感謝してるわ。私が”抜けさせられた”3班の現場保護部隊を良く引っ張ってくれてる。あの子の世話も良くやってくれたわ、躾も含めて。だけど、部隊の引っ張り方が余りにも緩過ぎるわね、それが1番気になる』
 陶器がぶつかり合うような音が液晶画面の先から聞こえてきた。上品なティーカップをソーサーから持ち上げて紅茶らしき飲み物を啜った女は、茶器を枠の外に下げて真顔でデルタを見つめてくる。机の上に置いた握り拳を震わせながら姉と呼んできた己を睨んでくるデルタに、女は淡々と言葉を発した。
『説教は此処までにするわ。話題を変えるわね、こっちの方で実は用があるの。情報部にたった今、上層から最優先で、ある亜人の保護任務を現場部隊に今直ぐさせろと命令されたわ。切り札(カード)のヒュウラは勿論』
 女は口を閉じて、直ぐに開いた。
『使わない。絶滅危惧種なんか使う訳無いわ。今回の保護対象(ターゲット)は私が知る限り、最凶の亜人よ』

85

 『世界生物保護連合』3班・亜人課の、ミト以外の保護官達が全員呼び出された。支部の中央部にある大広場で緊急集会が開かれると、前方に設置された壇上で松葉杖を脇に挟んで直立しているデルタは、マイクを片手に掴んで部下達に説明を始めた。
「皆、あの世界中で起きている前代未聞の大量殺人爆弾テロ事件を知っているか?私のこの質問で事の趣旨を察して貰えると幸いだ。組織の上層から我々3班に、最優先事項として保護任務を実行せよと命令が出た。あの事件の犯人は亜人だ。しかも、1体の仕業だ」
「1人!?何百万人も世界中の人間を殺しまくっているテロリストが、たった1人!?」
 若い男の保護官が驚愕して思考を口から漏らした。デルタは縦横に整列して立っている部下達に、睨み目を向けながら説明を続ける。
「1”体”だ。そして、もっと信じられない事を言う。犯人の亜人の種の名前は『ローグ』。ローグだ、私は未だ信じていない」

 デルタは長めの溜息を吐いた。指を鳴らして合図をすると、背後に垂れている白い巨大なスクリーンにプロジェクターから放たれた光が当たる。画像が写し出されると、保護官達は息を呑んだ。目線の先に見えたのは、1種の亜人の姿だった。
 古ぼけた写真のような物に描かれている亜人は、黒い獣のような大きな三角形の耳に、銀色で癖のない真っ直ぐな質感の髪をしており、目は前髪に隠れて見えなかった。魔法使いのようなゆったりとしたローブを着ており、肌は降り積もったばかりの粉雪のように真っ白だった。靴を履いていない裸足で、背景は何処かの森の一角のようだった。草木の生い茂る自然に囲まれた空間で、人差し指を数字の1を示す形にして、腕を軽く持ち上げている。亜人を囲むように火の玉と水の塊、電撃を放つ球体が幾つも浮いていた。御伽話の絵物語に描かれる空想の世界の住人が使う能力のような『魔法』を思わせる摩訶不思議な現象が、この世界の現実にあるモノとして、画像の中に収められていた。
 デルタは銀縁の眼鏡のレンズに覆われた青い目を釣り上げて説明する。
「ローグは、この保護組織が設立するキッカケになったLランク『絶滅種』。絶滅して”いる”筈の亜人種だ。我々保護組織が把握している亜人種の中で、最も恐ろしい力を持っている」
 若い女の保護官が、顔面を蒼白させてデルタに質問する。
「リーダー。ローグって凶暴なのですか?」
 デルタは解答した。
「彼らの性格は組織の持つ記録には一切残っていない。が、能力だけでなら最凶だ。我々人間も、他の亜人達も使えない未知の魔法が、唯一この種だけ使える」
 デルタは腕を上げてプロジェクターを停止させた。垂れ幕が白に戻ると、マイクを掴んでいる側と反対の腕で握っている松葉杖を使って、負傷した右足を支えながら壇上を降りる。保護官達の列の前に立つと、デルタはマイクの電源を切って更に説明を続けた。
「能力が記録通りのモノだとすると、先ず通常の方法だと太刀打ち出来ない。魔法というのは、何もない所からあらゆるモノを生み出せる力だ。実際は全く違うと”魔法”を研究している人間達は唱えているが、専門家の意見は棚に置いても、そういう事を自在にやってのけてしまう。正しく化け物と呼べる種がローグなんだ」
 男の保護官がデルタに尋ねる。
「リーダー。ローグは魔法のような能力が凄く凶悪だから、危なくて駆除されてしまったのでしょうか?」
 デルタは被りを振って即答した。
「違う。彼らは人間のエゴの、最大の犠牲者。ローグが使える『原子操作術』は、この世界の全ての物質の素となっている『原子』というモノを、何かしらの方法で自由自在に操る技術だと、この能力を研究している人間達は唱えている」
 デルタは遠くを見るような目をして呟いた。
「少し昔、ありとあらゆる資源を使い果たしエネルギーが後数年で枯渇すると危惧されていた時代に、エネルギー要らずリスク無しの完全エコロジーを確立出来る魔法が使える生き物を人間が見付けて”しまった”。それがローグが絶滅してしまう悲劇のキッカケだ」
 デルタはマイクの電源を入れた。口元に添えて保護官全員に聞こえるように言った。
「結論を言う。世界中の人間が大量に殺されているこのテロ事件は、1体のローグが人間にしている復讐だ!!
 任務の内容を諸君に伝える!我々の保護活動に理解が無い一般の人間達は、未だ犯人の正体に勘付いていない!我々の組織が独自にプロファイリングして、爆弾テロリストは亜人・ローグだと確信した!一般の人間達に喪失(ロスト)されてしまう前に、ターゲットを速やかに保護して回収するのが今回の任務だ!!此方で選抜したメンバーは速やかに現場に向かい、任務を開始せよ!ターゲットは南西大陸の端にある、先進国の都市に居る!!」

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 任務に抜擢された作戦部隊の保護官達が、輸送機に乗って現場に向かった。足の怪我が理由で支部に残る事になったデルタは、白銀のショットガンを背負い、松葉杖を使いながら可能な限りの最速で通路を移動する。
 包帯が巻かれた右脚は、動かす度に鈍い痛みに襲われた。人間のエゴが作り出した凶器に奪われかけた身体の一部を、今はもう居ない亜人が失う事を防いでくれた身体の一部を、デルタは懸命に支えながら前進する。と、
 前方から、人影が姿を現した。
 唐草模様の風呂敷に包んだ荷物を時代劇の旅人のように背負っているヒュウラが、此方に向かって歩いてくる。デルタの目の前で止まると、虹彩が金、瞳孔が赤い不思議な目で見つめてきた。
 表情は、いつもと同じ仏頂面をしている。デルタは先を急いでいたが、妙に湧き上がった安堵感に浸ると、右足を地面から浮かせて松葉杖で体を支える格好をして、ヒュウラに話し掛けた。
「ヒュウラ。すまんがお前の最終護送は、急用が出来てしまって暫く時間が掛かる。それまで支部で暇潰しをしてくれると助かる。此処でやり残している事があれば、今のうちに全部やっておいてくれ」
「テレビを」
 ヒュウラは口だけを動かして答えた。
「持っていく」
「俺が施設に送ってやるって言っただろ?持っていく物はリモコンくらいにしておけ」
 デルタは可笑しくなってケラケラ笑い出した。ヒュウラは無表情のままデルタの顔を凝視する。
 咳が出るほど笑ったデルタは、突然何かを思い出したように腰のポケットに手を入れた。通信機と同じ大きさのポータブルプレイヤーを取り出すと、ヒュウラに機械を差し出した。
「そうだ。そんなお前にビデオレターが届いていたんだった。保護施設に住んでいる、お前と知り合いらしい亜人達からだ。彼らもお前も人間と殆ど変わらないからな、たまにこういう人間みたいな依頼をされる事もある」
 機械の側面の窪みに小さな記録ストレージの機械が刺さっており、機械の一面全体が液晶画面になっている。デルタは松葉杖で体を支えながら、介護用品を掴んでいない方の手でヒュウラの手の中に握られた機械を操作した。ヒュウラは液晶画面に映った映像を見つめると、患者衣のような水色の服を着た亜人達の姿が映し出された。
 裏切りクソ鼬のAランク『希少種』絹鼬族の青年と、同じくAランクの言葉が凶悪過ぎて文章で書くと棒線で表現規制がされる鷺饒族の青年、そしてリングと一緒に半殺しにしたCランク『警戒種』陸鮫族の男が横並びになってヒュウラを睨んでくる。鮫を真ん中にして、左右には鮫奇襲防止用のパーテーションが付けられていた。その後ろに渋柿をこれでもかとリングに投げ付けてきたBランク『要保護種』虹猿族の青年が、椅子に座って干し柿を口いっぱいに頬張っている。
 これまで出会って保護した亜人達が、ヒュウラにメッセージを送ってきた。
『見てるか犬野郎。おれの、飯を!腐らせた罪は重いぞ犬野郎!!今度は逃げねえぞ、こっちに来たら覚悟しろよリベンジだ!!』
『ディナー。今度こそ、バクバクのムシャムシャー!!ディナー』
『ハッ!ハハハッハハ!ハッ!!テメエを倒す為に俺達、打倒テメエ同盟を組んだんだ!!数の力でくたばらせてやる。この、ーーーーーの、ーーーーの、ーーーーーーーーーーー野郎!!』
『キャー。ミーは関係ないキャ。猫ちゃんに、干し柿は甘くて美味いと言ってといてキャ。キャキャキャキャー!!』
 映像が消えた。ヒュウラは機械から顔を上げると、無表情のままデルタに向かって呟いた。
「そうか」
「そうだな。非常に残念だが、お前が行く施設と彼らが暮らす施設は全く違うんだ。お前は超希少種だけが暮らす、特別館の方だからな」
 ヒュウラに返された映像再生用機械を片手でポケットに戻して、デルタは同じ手でヒュウラの首輪に触れた。アンテナが付いた機械の首輪の機能に異常が無いか確かめると、デルタは首輪から手を離してヒュウラの頭を撫でた。
「念の為にな。首輪は何処も不具合が無さそうで安心した。行ってこい、ヒュウラ。休暇が出来たら会いに行くからな」
 ヒュウラの表情は殆ど変化しなかった。微量に上がった口角を見て、再会の機会がある事を喜んでくれていると確信したデルタは笑った。

 ヒュウラがミトの部屋に向かって歩き去ると、デルタは再び通路を前進した。穏やかだった顔を険しくして、思考に耽りながら移動する。
(ヒュウラは好奇心が旺盛だ。だから絶対に知らせない。あいつ以上に希少な亜人が今、人間を殺し回って暴れている事を)
 重厚な鉄の扉の前で止まる。肘と胴で開扉して部屋に入室し、照明を付けると、壁一面に設置された液晶画面と黒塗りの執務机の上に置かれた、マイク付きのヘッドフォンと液晶画面付きの機械を見つめた。
 デルタは革に似せて人間が作った化学物質が張られた黒い椅子に座ると、松葉杖杖を壁に立て掛けて、頭にヘッドフォンを付けた。右足を伸ばした格好で機械を操作し、液晶画面を凝視する。
「半年前までは、コレが俺の任務をする時のスタイルだった」
 独り言を呟き、苦笑をしてから直ぐに真顔に戻る。
「現場任務は正直、姉さんの実力には到底及ばない。だが”此方”だったら部下達を上手く動かせる自信がある」
 再び独り言を言うと、画面に映った映像を見て目を釣り上げた。黒い背景の上に黄緑色のベタ塗りの箱が密集して並んでおり、複数の点が疎らになって箱の上に表示されている。
 通信機の発信機追跡画面を巨大化させたモノには、アルファベットと数字を組み合わせた、フィールドの位置を示す指標が併せて表示されていた。デルタは機械を操作して画面を確認し、ヘッドフォンのマイクの電源を入れる。現場で待機している保護官達に、機械越しに指示をした。
「皆、待たせた。此れより私が部隊を誘導(ナビゲーション)をする!ターゲット・ローグの保護任務を開始せよ!!」