Bounty Dog 【アグダード戦争】258-259

258

 紛争地帯アグダードで延々と続く2000年以上の戦争を終わらせる為に活動する民間革命部隊の内輪の喧嘩を瞬く間に収束させ、最後の敵勢力長・イシュダヌを親子ごと正体を暴くという大成長をしている保護官の少女は、同時に成長する遥か前に大罪を2つも犯していた。
 1つ目は、野生生物と同じ扱いである『亜人』のヒュウラに、出会って早々に人間の食べ物である海苔付き醤油煎餅を食べさせて大好物にしてしまった事。この点に関しては軍曹も先日から同じような事をしているが、軍曹の場合は煎餅が食べられないストレスで餓死しそうになっていたヒュウラを救う為にした、果物を2種類搾って混ぜるだけの最低限の調理方法で作っている、ある意味でミトの罪の尻拭いをしているようなモノだった。
 ミトのもう1つの罪は、アグダードでは尻拭いの仕様が無かった。その罪を彼女が犯したのは、今からおよそ半年前に遡る。入隊して数日しか経っていない新人保護官だった彼女は、保護組織3班現場部隊が月1回支部で行っていた定期集会に行く直前、当時話題になっていた世界連続無差別殺人爆弾テロ事件のニュースをテレビで見ていたヒュウラに、テレビのリモコンにはチャンネルボタンもあると教えながら、驚いていた彼に向かってその時は極めて、極めて軽々しく言ってしまった。
「ヒュウラ。何故画面が変わるのか、教えるわね。それはね、深い、とんでも無く深い闇なの、テレビって。視聴率という絶対的ノルマを一定数以上獲得しなければ、画面に写っている彼らは漏れなく消されてしまうの、テレビの神に。
 テレビを見る人間達を寄せ付けられない、集められない、数字を稼げない役立たず共に、テレビの世界で生きる資格なぞ無い。画面から消された役立たず共は、神に100烈往復ビンタをされた後、テレビの裏にある冷たい冬のような寒さの衣装部屋という地獄に押し込められ、神に認められし画面に映れる者達の使う、大道具小道具という武器と防具に、そして食べ物飲み物あらゆる物に強力な毒と罠を仕込むの。彼らを漏れなくこの世から消し去って自分が乗り変わる為に。これは戦争よ、誰もが全員敵でしか無い、醜いテレビの戦争よ。
 彼らが信じるのはテレビの神だけ。神は絶対的存在。時々、神を崇める為、彼らは皆んなで神輿を担ぐ。わっしょいワッショイ神輿を担ぎながら、狂ったように神を崇めて、神輿を放り投げて、そしてヒュウラ。何処から嘘だと勘付いた?答えは全部よ」

 ミトが保護組織入隊初日に単独で挑んで奇跡のように保護に成功した、世界に7体しか確認されていない最重要保護対象『超希少種』の狼の亜人は、当時彼女が言ったテレビに関する話の最後に言った「全部よ」を、「全部”本当”よ」だと認識していた。彼の中ではそれ以来、テレビの中には神が居て、神が時々闘いをテレビの中にいる大勢の人間達に強いて、闘いに負けた”役立たず”の人間達は、物凄く凍える場所らしい『衣装部屋』という謎の地獄から闘いに勝ってテレビの画面に出続けられる勝者を、あらゆる手を使って殺して乗り替わろうと襲ってくる。
 そんなアグダードの戦争以上に悍ましい数々の死戦を掻い潜っている真の勝者に、テレビの神は何故か容赦しない。どんなに強くても褒美ではなく絶望しか与えず、『神輿』という人間が作った最低最悪の兵器を勝者にも敗者にも担がせて、己を散々崇めさせた後で全員の頭を狂わせてゴミのように全員テレビの世界から最終的に消し去る。そうだと彼は、新人保護官が軽率に吐いた嘘を完全に歪ませた状態で信じ切っていた。
 ーーテレビの神はエゴ極まりない死神だ。それでも俺はこの道具で人間について沢山知りたいので、テレビの神に俺の存在がバレて悍ましいテレビの中の世界に吸い込まれないように、テレビの画面から30センチ以上離れて見ている。
 先程、イシュダヌに対応していた兵士は、相手の事を『死神の花』と言った。イシュダヌは、ミトが俺に教えた最低のエゴイスト・テレビの神に関係しているロクでも無い人間で間違い無い。加えて、この『箱』に居る人間は、布を被って鞭を持っている人間達以外は明らかに頭が狂っていた。やはりイシュダヌは”掃除”しないといけない。あいつは死神・テレビの神の下僕だ。『神輿』も持ってる。この『箱』に絶対、『神輿』が置いている!!ーー
「神輿を壊す」
 イシュダヌが居る部屋から離れながら、梁の上を走って移動しているヒュウラが口だけ動かして一言呟くと、ヒュウラの背に乗っているミディールは困ったように眉をハの字に寄せた。己の群れのリーダーが祭り狂のモグラ故に、リーダーが大好きなモノの1つである『神輿』を破壊しようとする親びーんを説得する。
「親びーん。だからでやんすね、其れ壊しちゃうとラフィーナに怒られちゃうでーー」
「神輿は」
 ヒュウラがミディールに振り向いた。限界まで吊り上がった虹彩が金、瞳孔が赤い独特の目で子分モグラを睨むと、背後に居る猫の亜人が、一声鳴いてから補足した。
「ニャー。ニャー、ヒュウラ会った時、聞いた。ミコシ、担ぐ、頭狂う。凄く怖い人間の道具、ウニャー」
「え!?でもラフィーナは神輿が大好きで、何時も担げってあっしらにーー」
 驚愕して困惑し出したミディールに、ヒュウラは睨みながら口を動かして言った。
「犠牲になった」
「え!?ええええええ!!あぎゃあああああああ、ラフィーナが祭りにやたら狂ってるのって、もしかして!!」
「担いだ」
 ヒュウラは前方を向いた。リングが悲しそうにニャーと鳴く。ミディールは強い衝撃を受けて放心状態になった。事実は全てが滅茶苦茶だが、亜人達は全てが真実だと信じ切っていた。
 ミディールは、ヒュウラに尋ねる。
「も……もしかしてでそうろう。オンとオフを何時も連呼してるエスカドも」
「犠牲になった」
 モグラはショックであぎゃああと喚いた後でワンワン泣き出した。己の群れの仲間が2体も人間の兵器の犠牲になっていたという、事実では全く違うものを事実だと信じてしまう。
 リングがミディールに向かって一言鳴いた。相手の名前を呼んでから、もう一声鳴いて尋ねた。
「ニャー。ミディールも、何時も服、服、煩く言うニャ。神輿担いだ?」
 ミディールは、頭に被っている骨の帽子から怒りの十字マークを沢山吹き出した。怒り顔をしながら、猫に答える。
「ちゃう!!あっしの人間の服と服屋とお安いセール好きはね!あっしらの恩人のタイサさんが、死んじゃう直前にあっしに楽しさを教えてくれたモン!!大事な大事な、タイサさんとあっしの絆のようなモン!!あっしは神輿を触って無いでござんす!!いっこも狂って無いでそうろう!!」
 ミディールは頭から蒸気を噴き出して暫く怒ったままだった。ミディールは”タイサさん”という今は死んでしまっている人間の事が大好きなようだ。ヒュウラも何処かで”タイサ”という言葉を何度も聞いた気がするが、思い出せなかった。
 唯、ぼんやりとだがある言葉を思い出した。ガチャガチャとノイズが混ざりながら、ポケットの中に入れていた小さな機械の中から己に向かって話し掛けてきた、一度も会った事が無い人間の老いた男の声が言っていた。
(自分が死んだ時に自分の事を他の存在に忘れられないようにする方法は幾つかあるが、私は自分という存在を祖国に消された『生きた幽霊』。だから自分の趣味を相手に植え付けて相手の趣味にしてしまい、相手が気付かない内に自分の分身にしてしまう事で、私は永遠に他の命の中で生き続けることにしている)

 ヒュウラが背負っている人間の服と服屋とお安いセールに狂っているモグラの亜人・コルドウのミディール。彼の中で、1人目の”戦争終結で強大な力になった存在”世界最強の先進国の中でも最強と謳われていた陸軍第一部隊の最上指揮官”大佐”兼40年以上任務に携わっていたベテランスパイ、”自称”アルバード・テスタロスタは今も生き続けている。

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