Bounty Dog 【清稜風月】42-43

42

「ヒュウラ、やっぱりとんでも無い事になった。国が大きく動くかも知れない」
 睦月・スミヨシは町の一角にある川辺近くの桜並木の道を歩きながら、横で一緒に歩いている狼の亜人に向かって話し掛けてきた。ヒュウラは仏頂面のまま舞い散る大量の桜の花弁を全身に浴びながら、口だけ動かして睦月に言う。
「この島が」
「言うと思ったけど、島自体は動かないよ」
 睦月は眉をハの字に寄せながら即答した。ヒュウラが首だけ傾けて疑問を表現してくると、人間の青年は人間では無い青年に説明をする。
「この島に住んでいる人間達の生き方が大きく変わるかも知れないって事だよ。さっき僕達が会った2人はね、櫻國に住む人間達の群れの長のような存在なんだ」
「つが」
「つがいでも無いよ、2人は親戚。槭樹さん……男の方は奥さんと2人息子さんが居たけど死んじゃってる。女の方の甘夏さんも親が両方死んじゃってるんだ、半年前に起きた大量辻斬り事件でね」
 睦月がヒュウラに説明したと同時に、1人と1体の後ろからキンキン声の悲鳴が聞こえたような気がした。狙っていたイケメン指導者が子持ちの既婚者だったと知って盛大にショックを受けた女保護官の存在に未だ気付かない人間の青年と亜人の青年は、背後で起こっている小さく大きな悲劇を一切気にせずに会話を続ける。
 睦月は首の角度を戻した人間とほぼ同じ姿をしている狼に、視線をやや背けながら半年前に櫻國で起きた事件について話した。
「僕は家族や猟師仲間達も含めて事件が起きたこの町には元々住んでいないし、あいつも自分の里が町から大分離れた場所にあるから無傷だったけど……相当酷かったらしい。
 あの時は日雨が心配で、緊急で帰ってきてくれていたあいつと山のあの家で辻斬り犯を返り討ちにするべく待機していたけれど、辻斬り犯は町だけ荒らしに荒らして、たった1日で櫻國から出て行った。日雨は無事だったけど町で死者が数百人も出て、幸とは決していえない状態だった」
 国際保護組織の亜人課支部で身を拘束しているあの鼠の亜人は、支部で捕まえるまで世界中の人間達を大量に殺し回っていた。鼠は櫻國でも大量殺人テロを起こしていたようだ。ヒュウラは己の主人も殺した”糞鼠”の姿を思い出して、機嫌が一気に悪くなる。
 “世界一危険な紛争地帯”と称されていて鼠の亜人も来れなかったアグダードに居た時から、支部に帰ったら鼠を始末すると決めていた。例えシルフィやミトが邪魔してきても、絶滅種でどうのこうのとか下らない言い訳を喚かれようとも、必ず今度こそあの『ローグ』という糞鼠を冥土に送って、デルタ・コルクラートの仇を討つと決めていた。
 凄惨だった当時の事件の記憶を思い出して顔を伏せていた櫻國人の青年は、意識を別の方角に向けようと首を振ってから顔を上げる。己の横で共に歩いているヒュウラの顔を見つめると、睦月は茶色い目をやや吊り上げて、外から来た狼の亜人に再び話し掛けた。
「今はもう辻斬り犯は突然何処かで消えて居なくなったそうだ。其れは兎も角、あの文(ふみ)を甘夏さんに解読して貰ったから調査が進められる。日雨も元気そうだったし、僕達はこの町で引き続き”麗音蜻蛉・殺生情報提供犯”を探そう」
 ヒュウラはふいに、山を下りる時に聴こえてきた不思議な音色を思い出した。睦月の口ぶりから、あの音は日雨が出したモノだと勘付く。
 ヒュウラは返事も反応もしないが、睦月を見捨てようともしなかった。内心、渋々相手に付いていく。
 現在、ヒュウラの首輪には和柄の模様が施されているリードが付けられていた。リードを掴んでいる睦月に、自由を奪われてしまっていた。

43

 睦月は殺人事件現場である和菓子屋では無く、現場から少し遠い場所にある茶屋に入った。リード越しに連れられているヒュウラを見て、店の中にいた人間達が小さな声で騒ぎ出す。
 全ての視線を完全に無視して、睦月は適当な席に狼を向かいにして座ると、己の分と合わせてヒュウラが食べられそうな物を注文した。
 程無くして、海苔付き醤油煎餅と緑茶、柏餅2個とほうじ茶が卓上に並べて置かれる。先ずは甘味と茶をお互い食べ飲み始めた1人と1体の横の席で、失恋ショックの後遺症でやや窶れている女保護官が、苺大福3個と苺入り餡蜜を食べて心を急回復させている。
 その直ぐ側の席に、もう1人若い人間が座っていた。その人間は甘味を一切食べておらず、西洋のズボンと靴を履いた足を組んで番茶を飲みながら櫻國の観光用冊子を読み耽っていた。
 少年の卓上に、茶と一緒に木製のボトルガム用容器が置かれている。心のリペア中に泣き始めた面識無し相手への失恋女保護官の嗚咽声が店中に響き渡ると、ヒュウラと睦月が横に振り返って、漸くコノハを認識した。
 ヒュウラと睦月はコノハを見たが、そのまま放置する。身体の向きを元に戻してから、己達の会話を始めた。

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