Bounty Dog 【清稜風月】51-52

 “笑う”という顔の表現は、心中がどんな状態でも意味を変えて使う事が出来る万能表現である。

51

 ヒュウラの櫻國滞在は、初日に半強制で行った亜人・麗音蜻蛉の保護任務の一件以来、麗音蜻蛉の日雨を護衛している人間の猟師・睦月と毎日のように山の麓から離れた場所にある町や入出国審査場、他の島にある土地を巡って”狩り情報漏洩犯”の情報収集をしていた。
 毎日毎日山から色んな場所に連れて行かれては、その場所をウロウロして日雨が居る山の頂上にある家に戻ってくる。其れを繰り返してあっという間に2週間経った。櫻國での14日間も非常に短く感じた。
 だが14日共に過ごした時間は、ヒュウラと睦月から心の壁が完全に外されていた。ヒュウラは5日目まで首輪に和柄のリードを付けられて連れ回されていたが、6日目からはリードが外されていた。狼の亜人は相変わらず勝手に別の場所に行こうとする事があるが、人間の猟師に必ず行き先を伝えてから行き、集合場所をお互い確認してから数十分後に必ず戻ってくるようになっていた。
 ヒュウラは睦月・スミヨシを己の”主人”とも”準・主人”とも思っていなかった。唯、代わりに日雨と一緒に己の”友”だと確信していた。
 また”友”が増えた。今は此の世に居ない存在も居るが、ヒュウラは東の島国で1人と1体、己の”友”が増えた。

 櫻國に来たばかりの頃はピンク色の花が大量に咲いていた桜の木々も、僅か2週間足らずで今は真緑色の葉が多量に付いた極々平凡な木々に変わっていた。雪のように散っていた美しい花弁も散り切って今は地面に赤黒い小山になって所々に積もっており、並木道では朝から現地人達が土に穴を掘って、汚くなった花弁達を穴に落として土を掛けて”まるで初めから無かったモノ”のように扱って埋めていた。
 満開に咲いていた時は、人間達に人間達が燥ぐ為に利用されていた。だがこの木は、花を無くした途端に人間は誰も見向きもしなくなっていた。
 桜という木も人間のエゴに春になる度に巻き込まれている哀れな植物だった。だがこの木も、どの木も人間の為に綺麗な花を一輪も咲かせてはいない。

52

 14日目までは特に変わった事は起きなかった。しかし15日目になって、朝から突然ヒュウラの身の回りに異変が起きた。
 犬の種としては遅い起床である午前7時頃に目が覚めて、すっかりお気に入りになっていた真っ赤な七宝柄が施されている和布団から身を起こすと、目の前に生気が全く無い和服を着た小人が座っていた。
 寝起き早々に悍ましい物を見た狼は、顔は仏頂面だが冷や汗が顔から流れる。正座で座っている謎の小人は1人だけでは無かった。様々な色の着物を着た黒髪でおかっぱヘアの和人形が、鮮やかな鞠と一緒にヒュウラの布団を囲むように大量に置かれている。
 滝のような冷や汗を流しながら縮んで亡霊と化した人間のようなリアルな人形を凝視しているヒュウラに、人形の背後から日雨が現れた。ニッコリと微笑みながら狼の亜人に悪戯をした虫の亜人は、何の悪気も持たずに天真爛漫な態度で朝の挨拶をした。
「はい、おはよー!朝ご飯出来てるよ。顔を洗って歯を磨いて、食卓に集合!!」

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