Bounty Dog 【アグダード戦争】26-27

26

 アグダードの”ゴミ人間掃除部隊”にヒュウラが連れて行かれて、保護官達と一緒に彼らのアジトで一夜を過ごす直前まで、其の場に居る存在の誰1人として脅威に晒される事無く平和に過ごした。
 シルフィとミトは絶滅危惧種の亜人ヒュウラを保護する為、同じ亜人だが『超過剰種』と人間達に位置付けられているリングと横並びになって寝ている相手を、交代で見張っていた。くの字になって寝ているヒュウラは小さな寝息を立てて熟睡している。隣で寝ている猫は、ニャーニャー声と食べ物の名前を連呼する煩い寝言を延々と虚空に向かって喋っていた。
 ミトを仮眠させて、赤茶色い中東地帯の土壁に背を付けながら白銀のショットガンを抱えて胡坐で座っているシルフィは、大人しく寝ている狼と煩い猫を銀縁眼鏡を指で調整しながら纏めて睨んだ。芽生えてしまった人間への忠義心が原因で狂乱している狼の亜人に、人間への忠義心を捨てさせて野生を取り戻させる方法を頭の中で考える。忠義心を至極厄介なモノだと思ったが、狼に忠義心を植え付けた人間は決して責めなかった。
 シルフィの傍で横向きに寝転がっているミトは、寝たふりをしていた。相手に勘付かれないように睨み目を向けながら”上司面する眼鏡女”を交代の時間まで見張っていた。

 ”アグダード民間ゴミ人間掃除部隊”のアジトは、アリの巣のような構造をしていた。最深部の1番奥に隊長専用の部屋がある。現隊長は特別扱いをされる事が嫌いな人間だったが「仕来り」だの「幹部と下っ端の立場を明確にしておく為」だのと部下達に言われて、渋々使っていた。
 現隊長である軍曹は仮眠から目覚めて、隊長室で”部隊の仕来り”である隊長も行う見張りの準備をしていた。光沢がある青い中東の布を中世時代の西洋人騎士が身に付けるマントのように羽織っており、バナナマガジンとも呼ばれる緩やかな曲線を描く独特な形をしたアサルトライフルの弾倉を、部屋の一角に置かれている小汚い木箱の中から掘り出している。
 身を伏せて箱に腕を突っ込み、目当ての弾倉を2個掴むなり手を止める。背後から気配を感じて、軍曹は箱から腕を引っ張り出してから振り向いた。
 布を被っていない浅黒肌をした人間の男が立っている。ガーズィー・ヘルマンダだった。露わになった姿のまま薄紫色の目を吊り上げて、隊長の顔を凝視してくる。
 目の形が唐突に変わった。怒り顔から微笑み顔になると、部下は上司に敬語で話し掛けてきた。
「ベッサーオルハイル(今晩は)、軍曹。見張りは私が代わります。”最近は”最前線で動かれてばかりしていますから、御身体を充分に休めて下さい」
 軍曹は返事も反応もしない。ヘルマンダは部屋の入り口に付いている簡易な扉を後ろ手で閉めると、小股で2歩、此方に近付いてきた。
 口を饒舌に動かして、話し続ける。
「先程は突然私の”身隠し”を取ってきて驚きましたけど、あなたもあの余所者達に姿を晒したり、無謀にも拍車が掛かっていますよ」
 更に2歩近付いてきた。軍曹は伏せていた身を立ち上がらせる。相手に睨み目を向けると右腕を背の後ろに回して、掴んでいた弾倉を地面に落とした。
 青布の中に腕を入れる。軍曹は嘲笑顔になって言葉を返した。
「身バレしてんのは、俺とテメエだけじゃねえか。他の奴もあいつらに姿を見せてやれってか?良いぞー」
 ヘルマンダは、ニコニコ微笑みながら返事する。
「ラー(いいえ)、それも無謀。あなたは本当に無謀なんですよ、軍曹。
 そうだ、あなたにずっと話したかった事が」
 ヘルマンダは大股で歩き出した。微笑が満面の笑顔になると、上半身を包んでいた赤いアラビアスカーフを脱ぐ。
 上半身に巻き付けている無数のダイナマイトと片手に握った蓋開きのオイルライターを見せながら、歯を剝き出した笑顔で言った。
「先程はしくじりました。今此処で、さようならでーー」
 轟音が2回鳴る。ヘルマンダは眉間と喉に風穴を開けられて、血が噴き出る前に仰向けに倒れた。

 軍曹は真顔で、己が瞬殺した”スパイ”を見下ろしていた。伸ばした右手に掴んでいる、リボルバー拳銃の銃口から煙が立ち昇る。
 銃声で目を覚ました黒布達が、一斉に隊長室に駆け付けてきた。朱色の目をした背が高い黒布の男が集団の先頭を陣取って入室すると、即死したヘルマンダの屍を一瞥してから、軍曹に向かって話し掛ける。
「またですか」
 軍曹は拳銃を放り捨てて、朱色目に返事した。
「まただな。こういうのも随分と慣れちまったが、気分が悪くなっちまうのは何時迄も慣れねえ」
 朱色目に命令された黒布達が、ヘルマンダの死体から爆弾を外した。味方を装っていた敵の死体に歩み寄った軍曹は、薄紫色の目を見開いたまま硬直している男を凝視すると、部下達を指揮している朱色の目の黒布の側に振り向いて、指示をした。
「おい、こいつの墓を作ってやってくれ」
 朱色の目の黒布は目を若干見開いた。肩を竦める。他の黒布達も動揺し始めると、朱色目は軍曹に抗議する。
「でも、ガーー」
 軍曹は爽やかな笑顔でケラケラ笑い出した。標的を巻き込もうとして己だけが冥土に逝ったスパイの瞼を掌を使って閉じてから、澄んだ水色の目を三日月形にして朱色目に言った。
「作ってやれ。裏切り者でも仲間だった奴だ。居候の奴らにもこいつの事を忘れねえようにして貰おうと、顔と名前を教えてやった」

27

 人間達が夜中に起こした騒動中も、2種の亜人は起きなかった。朝になって、リングが早い時間に起きてきた。背伸びと一緒に大きく一声鳴いてから、ヒュウラを揺さぶり起こす。
 ヒュウラは何時もの無表情で、朝の挨拶をしたリングに見つめるだけの反応を返す。保護官達は眠気眼を擦りながら2人共に並んで壁側に座りつつ、寝具を回収しにきた1人の黒布に朝の挨拶をした。黒布から詫びを短い言葉でされてから、アジトを変えると告げられた。
 保護官2人は夜中に鳴り響いた2発の銃声を聞いていた。荷物を殆ど持っていない2人の人間と2体の亜人は”ゴミ人間掃除部隊”のアジト引っ越しの手伝いをした。引っ越しが終わる間際に、保護官達は軍曹と一緒に黒布達の指揮をしていた朱色目の黒布に「拠点は常に候補を3箇所決めていて、敵に特定されないように定期的に移動している」と教えて貰った。
 アジトの引っ越しは、然程時間が掛からなかった。数時間後、保護官達と亜人達は”アグダード民間ゴミ人間掃除部隊”の新たなアジトである、とある場所の小山に掘られた洞窟の中程にある大きめの広場に立たされていた。

 大勢の黒布達と朱色目と軍曹も広場に集結している。ミトはヒュウラを背中から抱えながら、広場の中央付近に立っていた。”先手”を取りながら睨んでくる外国人の少女を、壇になっている場所で腕を組んで立っている軍曹は一瞥してから、部下達に向かって大声で言った。
「昨日はテメエら全員、御苦労さんだった!寝ぐらの移動も御苦労さん!本当は何もしねえ予定だったんだが、今日中にもしかしたらデケエ”ゴミ掃除”をするかもしれねえ!とだけ、言っとく!!んじゃあ、見張り以外は次呼ぶまで解散ー!!」
 黒布達は軍曹に返事をしてから、広場を去っていった。残ったのは軍曹と彼の隣に立っている朱色目の黒布、そして保護官達と亜人達だけだった。
 朱色目の黒布は、隊長こと軍曹の側近のようだった。薄紫目のアグダード人ーーヘルマンダという男がそうだと思っていたミトは、彼が広場に居なかった事に、この時漸く勘付いた。
 雑談をしている軍曹と朱色目に、白銀のショットガンを背負っているシルフィが歩み寄る。腕を組んで仁王立ちをすると、不敵な笑顔をしながら2人の男に話し掛けた。
「昨晩何があったのかは容易に想像が付くけど、貴方達も大変ね。で、一応尋ねるけど、貴方達の”敵”ってどんな奴らなの?」
 軍曹と朱色目は同時にシルフィを凝視した。銀縁眼鏡を指で調整しながら、レンズに覆われている青クマが瞼の下に付いた青い目を吊り上げている青髪の白肌女に、浅黒肌の男達は其々口を開いた。
「……何処まで伝えるべきか」
「良いぞー、教えてやる!この地帯には今、腐ったゴミ勢力が3つある。んで、敵はそれに加担してる人間ども全部だ。汚えゴミダメどもとゴミどもを全部掃除して、この土地をヤベエくれえ凄え綺麗にする。それが俺達”民間お掃除部隊”の活動目的だ」
 軍曹はケラケラ笑いながら、サッパリとした爽やかな態度で教えてきた。慎重にしたかったらしい朱色目の黒布は眉を顰めるが、直ぐに呆れたように長い溜息を吐いてから、軍曹の説明に補足を入れた。
「昔は細かい国や勢力もウジャウジャいましたが、今のアグダード地帯を支配している勢力は3つだけになっています。我々の先任達が”掃除”を頑張って下さった事もありますが。ちなみにこの部隊は、意外と歴史が古くてですね。何百年も前から活動しているのですが、幹部の入れ替わりが激しいせいで部隊員の誰1人として何時何処で誰が設立させたのか分かりません。私も軍曹も所属歴が短い上に最下っ端から入隊しています。急激にのし上っちゃいましたが」
「俺達同期なのに、先にテッペン行っちまったわ」「万々歳ですよ。私は頭首するの、嫌なので」軍曹と朱色目の黒布は、顔を見合わせるなりケラケラ楽しそうに笑った。2人は友人同士でもあるようだ。シルフィは腕を組んだまま、仁王立ちの体勢を崩さずに質問を続けた。
「革命部隊だとは確信していたけど、全ての勢力が対象なんてね。普通は、考えが合う何処かの勢力に加勢するのだけど」
「全部ゴミです」朱色の目の黒布が表情を変えて即答した。シルフィを睨みながら、挑発する。
「あなたは我々に、ゴミに集る虻虫になれとでも?」
 軍曹が会話に割り込んできた。
「俺は虫ケラで良いってずっと言ってんぞ!但し、気楽な虫ケラだがな!!」
 朱色目は軍曹に、黒い布から勢い良く出した浅黒肌の腕と指を揃えた掌を向けた。ジェスチャーで『沈黙しろ』と指示する。軍曹は素直に従った。
 広場の真ん中でヒュウラを抱えながら壇に居る3人の人間達を睨んでいるミトを見つめ出した軍曹を放置して、朱色目はシルフィに言った。
「我々地元の庶民は、もう良い加減この下らない戦争にウンザリしているんです。王も大統領も要らない。アグダードは誰も支配していない真っ新な更地から、庶民達で力を合わせてやり直すべきなんです」
「そう」シルフィは一言だけで返事した。態度を全く変えない。軍曹に睨み目を向けるミトと、ミトとヒュウラに笑顔を向ける軍曹と、無表情で軍曹を見つめるヒュウラと、全員に向かってニャーニャー鳴き声を上げているリングの、2人と2体の様子を目だけを動かして確認すると、朱色目の黒布に視線を戻した。
 朱色目の黒布の目の角度は、斜めから真横になっていた。隣に立っている軍曹に顔を向けて、相手に声を掛ける。
「軍曹。”あいつ”の主人ですが」
 突然話を振られた軍曹は、少し驚いた素振りをしてから朱色目に顔を向けた。声掛けに応える。
「あー、そうだった。よし!んじゃあ、ヘルマンダを寄越してきたド一流ゴミ野郎を当ててやる!ファヴィヴァバはケチだから、あんな手間が掛かる事はしねえ!だったら、イシュダヌ!!」
 朱色目は首を横に振ってから答えた。
「ラー(いいえ)。カスタバラクでした」
 スパイの主人の名を聞いて、軍曹は目を大きく見開いた。暫くしてから身を大きく震わせて、笑いを堪えながら大声を口から出す。
「気い、合いそうだなー!んだけど、いっちゃん面倒臭え野郎じゃねえかよ!!どうする?御礼参り行っちまうか!?」
 朱色目の黒布は、首を大きく縦に振って答えた。
「それが良いです。あいつは放置すると、本当に面倒にしかならないですから」
 朱色目の黒布は、漸くシルフィの顔を見た。腕を組んで口角を上げている相手が口を開く前に、先手を取った。敵勢力の大将の名を教える。
「ナスィル・カスタバラク。『アグダード新王国』と名付けている、3つの勢力の中で1番新しいモノの支配者です」
 軍曹はシルフィと同じ表情とポーズをする。シルフィからの返事を待たずに、朱色目は説明を続けた。
「あいつはアグダードの人間ではありません。先祖がアグダード人らしいですが産まれは外の国で、軍隊の兵士としてやってきて、勝手に此の土地に居座って勢力を作って、好き勝手な事をやっている”ゴミ”です。ただ、あいつは他の勢力の支配者達よりも厄介。最近良からぬ事を企んでるとの噂もあり、早急に”掃除”しないといけない奴だと警戒していた所です」
「昼飯はあるぞー!」
 軍曹は、ミトとヒュウラとリングに声を張り上げて言った。朝ご飯を食べていない猫は両腕を大きく上げて、喜びの一鳴きをする。ミトとヒュウラは、返事も反応もしなかった。
「まあ、作戦は飯食ってから考えようぜー」
 軍曹はサッパリと言ってから、朱色目とシルフィの方に向き直った。ケラケラ笑いながら、シルフィに向かって話し掛ける。
「そうだ、さっきド一流ゴミどもの事を話したからな。ついでに喋っちまうわ。テメエ、七つの大罪って知ってるか?此の土地で信仰されてる神さんは全く関係ねえけどさ、外では有名だろ?」
 シルフィは片眉を上げた。腕を組んだまま、軍曹に答える。
「ええ、存じている。色欲、強欲、暴食、嫉妬、憤怒、怠惰、傲慢」
 朱色目の黒布に視線を向けた。軍曹の側近は、沈黙しながら軍曹を見守っていた。リングが仕切りにニャーニャー鳴いたので、意識が広場の中央に向く。リングがヒュウラに向かって「お前、食べられないの、ニャー、食べる。お前食べられるの、ニャー、あげる。交換」と言っていた。
「御意」
 ヒュウラは仏頂面で首を縦に振って、猫に返事した。昼食の交換を約束している呑気な亜人2体に、眉をハの字に寄せているミトと同じ気持ちになり掛けたが、場違いなので無視する。
 シルフィは軍曹達に意識を戻した。軍曹は口角を上げて、シルフィに先程彼女が伝えた言葉に対して返事をした。
「それだな。だがそりゃ、罪でも何でもねえ。生き物が生き生きしてえ時にやっちまう、楽しい楽しい7本能だ。特に怠惰は、俺の憧れだしな」
 軍曹は暫し物思いに耽た。直ぐに意識を戻して、話を続ける。
「ヤベエくれえ遠い昔にどっかの国の宗教のお偉いさんが、別の七つの大罪を発表したそうだ。んで、俺はそっちのほうが気に入ってる」
 シルフィは、銀縁眼鏡のレンズに覆われた青い目を若干吊り上げた。朱色目の黒布も目を若干吊り上げる。
 軍曹は嘲笑しながら言った。
「その新式の内の3つが、アグダードの3勢力を支配してるド一流ゴミどもに揃ってやがる。この土地を腐らせている奴らが持ってる、人間だけの大罪だ。生物実験、金銭欲、麻薬汚染」