Bounty Dog 【清稜風月】170-172

170

 憧れの国の言葉で言えば、トレビアンだ。産まれ育った国の言葉で言えば、ワンダフルだ。齧っているアグダードの言葉で言えば、マーシャアッラー。櫻國では『素晴らしい』を独自語でどう言うのかは分からない。シルフィ・コルクラートは迷っていた。どの国の言葉を使って、櫻國の帝族に降り掛かった脅威を見事に打破した現場保護官達を称賛すべきなのだろうか?
 シルフィは決めた。己という存在が、シルフィ・コルクラートという1人の人間の、気高き魂を持つ女が言うのに最も適した言葉を使うべきだと確信した。
 ヘッドセットと通信機・発信機越しに、現場保護部隊長は上機嫌で現場担当保護官達に言った。
「トレビアン」
(姉さん、所属の国が違います)
 弟からのツッコミが聞こえた気がした。勿論幻聴だった。

「上上(じょうじょう)」
 槭樹が『素晴らしい』を意味する櫻國の独自語を呟いた。客間の騒動を聞き付けて駆け付けてきた作業衣姿の男達を覇気だけを使って通路の途中で一斉に止めると、藪の中に居る西洋から来た犬の名を呼ぶ。
 人間のような姿形をしている野生の犬が、仏頂面のまま薮から出てきた。虹彩が金で瞳孔が赤い摩訶不思議な目で見つめてくる。槭樹と甘夏の防具を、茶色い手袋を嵌めた両手とライダースーツのような黒い西洋服の長い袖で覆われている腕で抱え込んでいた。槭樹が上機嫌で犬科の亜人から投げられた己の防具を受け取ると、甘夏は防具を受け取らず畳の上に落とされても拾わず、犬の名を呟いてから鬼のような形相をした。
 櫻國の姫は曲者に和弓の矢を向けた。矢を添えた弓の弦を引き絞り、犬科の亜人に向かって怒鳴り声を上げる。
「出たな!妖の犬め!!厄病神め!!此れも貴様の仕業か!?もう許さぬ!!Kの前に、貴様を国から追い出してーー」
「癇癪が甚だしいぞ、姫」
 槭樹が甘夏を静止させた。強い覇気を浴びて弓矢の弦を引いている手の力が緩めさせられると、浴びせられている覇気が強い殺気に変わった。
 槭樹が敵意を剥き出しにして、姪に向かって告げてくる。
「其方が厄病神だろ?思うた通りだったな」
 甘夏は凍った。ヒュウラは何とも思わなかった。

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