Bounty Dog 【アグダード戦争】99-100

99

「俺が陸軍の部隊の一員としてアグダードに来た時は、此処は食う物が何も無い大飢饉の真っ最中でな。人間が人間を食っている地獄みたいな状態だった。だがその状態を見た時、俺の新兵時代に化け鮫に喰われて死んだ少佐の事を思い出してな。コレは兵器として使えると内心大いに喜んだ」
 座っているヒュウラの首根っこを掴んで引き摺りながら、支配者の道を選んで暴走している41歳のナスィル・カスタバラクは、崩壊した建物の”現”2階の通路を歩いていた。左右の壁に大量の鏡が張り付いている。右手に1番好きな銃であるショットガンを握り、左手でヒュウラの首根っこを掴み、長年着続けて草臥れているサンドベージュ色の軍服の胸ポケットに、最も得意な銃であるリボルバー拳銃を”2丁”入れている。
 もう一丁の拳銃は、ヒュウラを捕まえるついでに『隠し部屋』から取ってきていた。部屋で万一何かに襲われた時用に置いていた護身用の拳銃は、弾が何発入っているのかカスタバラクは覚えていなかった。
 カスタバラクは、ヒュウラを引き摺りながら独り言を続ける。
「最初にアグダード人どもに襲わせたのは中佐。あのおっさんが悲鳴を上げて喰われながら死ぬ姿を見た時は快感だった。戦死しないなら俺が直々に殺してやれば良いと、中佐のポストが欲しくて戦闘任務のどさくさに紛れて何度も何度も暗殺しようとしたが、いつもいつも爺さんに邪魔された」
 ヒュウラは”ポスト”という言葉に反応した。ポストもテレビで見て知って覚えたものだった。『懐かしの道具達』という題で、デルタとミトに見る事を許されていたテレビの番組である、ニュースの合間に流れるバラエティコーナーで紹介されていた。
 『手紙』という文字を書いた紙を折り畳んだ物を送り合う時に使う、地面の上にくっ付けて置いておく筒の様な陶器製の大きな人間の道具。形と色が人間の住む場所によって違うらしく、東の島国と北東大陸では赤色、北西大陸では青色で、中央大陸は緑色だったと、ナレーターの人間の女が言っていた。ポストが出来る前は動物の『ハト』という中型の鳥を使って手紙を運んだり、人間を使って手紙を運んだりしていたらしい。
 ハトもヒュウラは知っていた。山で良く捕まえて、一回踏んでトドメを刺してから羽毛を剥いで焼いて食ってた。狼の亜人の獣犬族は木の実よりも、鶏肉と獣の肉を主食として頻繁に食べている種だった。動物の狼の主食も、犬の本来の主食も肉である。
 カスタバラクが言った”ポスト”は地位という意味で、手紙を入れる筒は全然関係無かった。ハトはもっと関係無かった。が、ヒュウラはハトが久々に食べたくなって、食べ物を見ている時のリングのように、涎を口から少量垂らした。
 危機感を全く感じていない呑気な亜人の青年は、現状は完全にピンチだった。太腿を撃たれている両足は今では更に痛みが強くなっており、動かす事は容易に出来なさそうだった。
 右手に、持っているものの中で最も使えると確信している人間の道具を握っている。仏頂面のまま、ヒュウラは切り札の道具を使うタイミングを測る。壁に貼られた鏡を見た。
 鏡は強い照明の光を受けて、ギラギラ光っている。

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