Bounty Dog 【14Days】 59-62

59

 山道の一角に置かれた平たい岩の上で、陸鮫族の青年が仰向けになって日向ぼっこをしていた。鋸のようにギザギザした凶悪な歯が並ぶ大きな口を大きく開けて、大きな欠伸をして微睡んでいる。
 茶色い小鳥が口の中に入ってきた。嘴で歯を突くと、罠が発動するように鮫の口が勢い良く閉じる。思わぬ恩恵に機嫌を良くしながら餌をムシャムシャ噛んで飲み込むと、そのまま昼寝をしようと白眼になって、
 横から飛んできた銃弾に頭を貫かれて、永遠に眠った。

 10にもならない歳の人間の子供が走り寄ってくる。手に玩具のようなカラフルな色に染められた猟銃を掴んでいる子供は岩の上で息絶えた鮫の亜人を見て奇声を上げると、
 嬉しそうにキャッキャ跳ね飛びながら、背後から歩み寄ってくる猟銃と爆弾を持った大人の男女に振り向いた。
「パパ、ママ。できた、できた!ぼくも、うてたよ!」
「わー大きい獲物。上手に撃てたね、坊や」
 母親らしき、つば付きの帽子を被った女は子供の頭を強めに撫でる。父親らしき男は鮫の亜人の遺体の足を乱暴に掴むと、持っている大きな麻の袋の中に放り込んだ。口を縛って肩に担ぐと、袋の底から鮮血が滴り落ちる。
 男は機嫌を良くしながら、家族に話し掛けた。
「この化け魚は高級食材でな、貝の出汁を入れた醤油と一緒に煮込むと美味いぞ。後で調理して夕食に出してくれ。食料を買う必要が無くなったな。今日は非常に良い日だ」
「ねー、ぼく、ネコもうちたい。はやくうちにいこうよー」
 玩具のような凶器を振り回しながら、子供は口を尖らせて両親を責付く。母親は手を口に添えて可笑しそうに笑いながら子供を足で強めに小突き出すと、父親は同じような表情をしながら返事をした。
「はいはい。コレをキャンプに置いたら、直ぐに狩場に行こう。早くしないと他の人達に、獲物を全部取られてしまいそうだ」

 リングは別の山道を疾走する。物が焦げる不快な臭いが鼻を突いたので、片手で鼻を押さえながら走る。橙色の目から、涙が溢れて頬から粒が零れ落ちた。咽び泣きながら同じ独り言を何度も呟く。
「ニャー、皆んな守る。ニャー、皆んな守る」
 眼前に人間の群が見えた。5体の人間の男女が首を仕切りに動かしながら銃を構えて歩いてくる。お互いが点に見える程の距離があり、人間達はリングに気付いていなかった。
 リングは手を口から離して目を釣り上げる。
 足首の関節が捻られた。直角に方向転換して道の側面に生える木々の中に紛れる。野道を猛進して人間達の真横まで急接近すると、
 妙齢の男に察知される前に、リングは先手で襲い掛かった。
「ブニャー!!」
 叫ぶように鳴き声を上げて、リングは男に体当たりした。男は不意打ちを突かれて驚愕しながら突き飛ばされると、猟銃を向けた別の男の銃口にぶつかった背中から、胸に向かって一直線に風穴を開けられて絶命する。
 リングは人間達の反応を待たずに、誤射して人を殺した男に素早く飛び掛かった。頭部を掴んだ手首を捻り、力任せに捻り曲げて首の骨をへし折る。
「ブオニャー!!」
 2体目を倒すと、リングは一声鳴き叫んだ。慌てながら銃を掴んだ女2人を鋭く睨む。女達の銃から火が1柱ずつ吹き上がると、リングは首が捻れた男の死体を掴んで盾にした。銃弾が2発胴にめり込んだ屍をぶつけられて、バランスを崩して地面に落ちている岩に後頭部を強打した3体目の人間が命を落とす。
 瞬く間にリングは4体目もあの世に送った。頭を打って死んだ女の銃を奪い、もう1人の首を殴って骨を折る。
 最後となる5体目の男が叫びながら逃げ出した。リングはピョンピョンその場で数回跳ねてから全力疾走で追いかけると、大きくジャンプして宙で身を捻り、男の肩の上に飛び乗ってから、足で首を挟んで骨を捻り折った。
 リングは、あっという間に狩人の第一群を全滅させる。大きく伸びをして一声鳴くと、眉間に皺を寄せて再び山道を走り出した。
「ニャー。人間、凄く弱い。ニャー、凄く強い。今日も勝つ。皆んな守る、頑張る」
 物が焼け焦げる臭いがどんどん強くなる。リングは自信満々に笑みを浮かべながら登り道から下り道に折り返して駆けると、
 眼前に広がった光景を見て、自信を瞬く間に絶望に変えた。
 山道の所々に人間の群が居た。1つの群れは3人から8人程。20人近く固まっている群れもある。それが山を埋め尽くす量でひしめき合っていた。
 見渡す限り、全部人間。岩に生える希少な野生の草花を靴で踏み付けて潰しながら動いている。草を引き抜いて口に入れて味見している人間もいる。全員が猟銃を握っていた。試し投げした爆弾が焼いた木々が燃えて、死への悲鳴を枝が弾ける音が代弁していた。
 リングは悍ましい化け物を見たような蒼白した顔をして、震える口で小さく一鳴きした。
「ニャー。今日、人間、凄く多過ぎ。人間、増え過ぎニャ。何で人間、自分達だけ増える、許す?」
 未だ全ての敵が、標的である己には気付いていない。が、猫は勇気を奪われつつあった。
 猫の亜人は涙目になって、呟いた。
「意味が分からない。意味が分からない」

60

 リングは、頭に思い描いていた作戦を急遽変更した。踵を返して人間達に背を向けると、仲間の元に戻る為に道を逆走し始める。
 屈折している山道の折り返しに近付くと、リングは目を見開いて足首を捻り、木々の中に身を隠した。自分が倒した第一群の死体達を見つけた人間達が群がっている。人間達はお互いの顔を見合わせると、首を縦に振ってから死体の身包みを剥ぎ始めた。意味も無く死体を足で蹴り飛ばして、鬱憤晴らしの玩具にしている者も数人いる。
 同じ種への扱いすら無慈悲な人間達のエゴの極みを見せ付けられたリングは、吐き気を覚えながら野道を走った。並んで生える木々を壁にして、財の強奪に夢中になっている人間達の脇を通り抜けようとすると、
 腰の辺りに、風が2回吹き流れた。
 リングは不審に思い、足を止めて振り返った。男児と女児の幼い猫の亜人の背中が目に映る。並んで野道を走っていく2体の同種に、リングは叫ぼうとして口を手で塞いで閉じた。
 木を隔てた直ぐ横で、人間達がひしめき合っている。リングは心の中で言葉を発して、再び走り出した。
(そっち、行くな、戻れ。絶対行かせない!)

 猫達が去った山道での略奪は、十数分も経たずに終わった。人間に暴虐の限りを尽くされた5つの人間の遺体は、蹴られ過ぎて四肢の一部が千切れ取れている。
 満足そうにリュックの中に女物の装飾品を詰め込むと、カジュアルな服を着た男は地面に落ちている猟銃を掴んで具合を確かめた。鼻歌を歌いながら弾倉を抜き取って背負っている自分の猟銃の弾倉と入れ替えると、持ち主の骸を踏み付けながら集団に声を掛ける。
「2丁も銃は要らないや。誰かコレいるー?弾は貰ったけど」
「高く売れるから、私に頂戴!」
「俺も欲しい!死んでるの5人だから、5丁あるよな!?弾もくれ!」
 オークションの品に入札するように、生きた人間達が死んだ人間の物を勝手に所有しようと次々手を上げる。カジュアル服の男は上機嫌で銃を勝手に手渡し出すと、3丁目を渡した時に異変に気付いた。
 銃が3丁しか無い。
 男は不思議そうに辺りをキョロキョロ見渡す。
「アレ?数が合わないぞ?2丁無いぞ」
「2人、銃持って無かったんじゃないの?」
「無謀だなあ、だからこうなるんだよ。化け猫なのか化け鮫なのか、どっちがやったのかは知らないけど」
 ケラケラ笑い出した数人の男女が、背を向けて移動を始めた。道から外れた木の陰で山積みになって置かれている人間の荷物から自分達の物を取ろうと向かって行くと、
 全員が直ぐに異変に気付いた。
 死体に群がる人間達の方に顔を向けると、1人の男が大声で尋ねる。
「なー!此処に置いていた俺の飯盒が無いぞ。リュックに結んでいた筈だけど!」
 別の女が呟く。
「私の水筒も無い」
 そのまた別の女は、突然憤怒した。
「あたしの財布も無い!誰お金盗んだの!?泥棒ー!!」
 荷物の前で騒ぎ出した人間達を、道の中央に集まっている群衆は怪訝な顔をして見つめる。財布を失くした女は鬼の形相をしながら隣に立っている男を睨むと、胸倉を掴んで怒鳴り声を上げた。
「財布盗んだの、あんたでしょ!?さっさと返せえええ!!」
「はあ?!お前の方が俺の飯盒、盗んだんだろお!?」
 荷物の前の人間達が暴れ出し、群衆達は巻き込まれて阿鼻叫喚する。怒号と混乱が渦巻く空間の側で、木々の間を風が一筋吹き抜けると、
 影が1つ、野道を駆けていった。
 茶色い手袋を嵌めた手が、片方に猟銃を1丁掴んでいる。もう片方の手は漁業用の厚手の網を掴んでいた。網は袋のように沢山の物を包んでおり、飯盒と水筒と猟銃がもう1丁、網目越しに姿を露わにしている。
 破れている箇所の穴から、ブランドものの革財布が落ちた。影は忘れ物に興味を示さず、草の上に置き去りにして走り続ける。
 影の首を覆う、アンテナ付きの機械が日の光を弾いて輝いた。
 金と赤の不思議な目が、限界まで釣り上がっていた。

61

 リングは木々に覆われている野道を必死に走った。目の前で先行する2体の子猫の亜人に追い付こうと、懸命に足を動かし続ける。希望に反して子供達は、足首を捻って直角に方向転換した。人間が慣らした山道に足を乗せて疾走する。
「ブニャー!止まれー!!ブオニャー!お前ら、止まれニャー!!」
 リングが鳴き声と静止の指示を交互に口から発すると、子供達も大きな鳴き声を上げ出した。猫の声を察知して、群れている人間達が動き出す。
 リングは泣き顔になる。走る速度を上げて子猫達に追い付こうと駆ける。子供の猫達は何故か楽しそうに猫の鳴き声のような歌を歌い出した。メロディーに合わせるように、前方に立っている人間の男がにやけ顔をして、持っている猟銃の銃口を子猫の頭部に向けた。
 リングは更に足の動きを加速させて、飛んだ。
「ニャー、仲間、守る!!」
 銃声が鳴り響いた。銃弾は子供達の頭上の遥か上を彼方へ向かって直進していく。男の肩の上に乗ったリングは相手の頭を両足で挟み、地に手を付けて弧を描くように半回転させて岩に叩き付けた。悲鳴を上げる間もなく、狩人は頭蓋骨を砕かれて即死する。
「ブニャアアア!!」
 リングは猫の声で獅子のように咆哮を上げた。倒した屍から飛び降りて、子猫達に歩み寄る。子猫達は顔を見合わせてからリングの顔を見つめると、感情の無い不気味な表情をして大きく一鳴きした。
 人間達が、四方から銃を掴んで迫ってくる。リングは踵を返して駆け出した2体の子猫を追い掛けながら怒鳴った。
「ニャー!お前ら、してる事、意味が分からない!群れ、戻れニャ!!」
「ミョー。リング、こっちこっち」
「ニョー。もっと、あっちあっち」
 人間達が銃を構えてくる。子猫達は鬼ごっこを楽しむように、手を繋いで笑いながら一声ずつ鳴いた。
 横から2発の銃弾が、子猫の頭と腰を撃ち抜いた。
 リングは絶叫した。
「ギイニャアアアア!!」
 脳を貫かれた女児が息絶えて倒れ、男児は撃たれた腰に手を当てながら、女児の遺体を置き去りにして走り続ける。歓喜を上げて興奮する人間への復讐を必死に我慢して、リングは生きている子猫を追いかけた。人間達が爛々とした目で猟銃を構え、子猫に向かって次々と引金に指を掛ける。
 子猫が石に躓いて、うつ伏せに倒れた。リングは全力疾走して、飛んだ。
「ブニャアアア!仲間、殺すなあああ!!」
 リングは男児の上に覆い被さり、抱き抱えて、地を転がる。何十発もの銃弾が地面に当たって弾けた。
 更に転がり、何十と回って銃弾を避け続ける。進行方向を先読みした人間達が狙いをつけて銃の口から火を吹かせると、弾の雨と雨の間で素早く起き上がり、リングは男児を抱えて疾走した。
 狩人達は、獲物の猫を追いかける。子猫の腰から血が滴り落ちて、地面に赤い小さな水玉模様を描いていく。
 大量の靴を履いた足が、水玉を踏んで汚い足跡に変えていく。群が過ぎて少し経ってから、カーキ色の靴を履いた2本の足が、血の上を走り過ぎた。
 先頭を走るリングは、泣きながら銃弾を掻い潜る。
 女の猫の腕の中で、幼い男の猫は一声鳴いて呟いた。
「ニョー。リング、もう頑張らないで。ぼくを捨てていって」
 リングは鳴き声を上げてから、眉を寄せて言葉を返す。
「ニャー。何を言ってるの?」
 子猫は笑って返事をした。
「皆んな、ククと同じ答えにしたんだニョ。もう此処で大丈夫。十分離した、ニョー」
 子猫はリングの腕に噛み付いた。突然の奇襲に驚いたリングは、反射的に腕を振って子猫を放り投げる。
 悲鳴を上げながら、リングは手を伸ばして再び子猫を掴もうとする。宙を舞う子猫は、腰から赤い雫を飛ばしながら満足したように満面の笑顔を見せてくると、
 側面にいた狩人の銃が火を吹いた。弾が子猫の頭に向かって飛んできて、
 遠くから飛んできた謎の塊が、子猫を狂気から守った。
 塊に銃弾が当たって、金属が弾ける音が響き渡る。そのまま謎の塊は別の狩人の頭部にぶつかって顔を砕き潰すと、仰向けに倒れた人間の上で跳ね上がってから地に落ちた。
 猟銃と水筒と飯盒と諸々の、人間が作った全部鈍器になる物達がギッシリ詰まった網の袋を、走り寄ってきた影が拾って持ち上げる。虹彩が金、瞳孔が赤い不思議な目が子猫を抱いて地に座っているリングを見つめると、
 仏頂面のヒュウラは、口だけを動かして言った。
「助ける」

62

 リングは目を丸くした。猟銃を持って取り囲んでくる人間達も皆が困惑する。即席鈍器詰め網袋を片手に、猟銃をもう片方の手に掴んで仁王立ちしているヒュウラは、無表情で友の顔を見る。
 リングの腕の中で、子猫が苦しそうに一鳴きした。リングは立ち上がると、ヒュウラに向かって声を掛けた。
「ヒュウラ、此処、凄く危ない。早く逃げろ、隠れろニャ。ニャー、ヒュウラ、一緒に守れない」
「俺も強い」
 網袋を掴んだまま、ヒュウラは口だけを動かして返事する。底に開いた穴からアルミ製のコップが落ちると、リングは一鳴きして被りを振った。
「ニャー。でもヒュウラ、詰め、甘い。ヒュウラ、迎えに来る人間、ニャーの味方、しない。絶対」
 猟銃を構える人間達が、ざわめき出す。無表情で立っているヒュウラを観察して、口々に独り言を呟く。
「何だあいつ?人間?」
「目が変だな。あいつも化けた何かの動物か?」
「綺麗な目だわー、宝石みたい。狼に似てるわね」
 片目5億エードの金になる『ウルフアイ』を知らない人間達は、産まれて初めて見る獣犬族の青年に興味津々になる。何にも反応せずに立っているヒュウラに対して、リングは大声を出した。
「人間、聞け!こいつ、犬の亜人!人間、飼ってる!野生じゃ無いニャ!!」
 ヒュウラを擁護したリングは、ヒュウラの首に付いた機械を指差す。人間達が一斉にアンテナが付いた首輪を見ると、人間の男の1人が頷きながら反応した。
「ほー。人に飼われてる化け犬なのかあ。そうかあ、そうだなあー」
 自己満足に酔いしれて、男はヒュウラの顔を見て、
 口角を上げて、銃で狙いを付けた。
「俺の犬じゃないから、一緒に撃ち殺そう」
 ヒュウラは無表情のまま目線を周囲に向ける。人間の狩人達はニヤニヤ顔をしながら次々と猟銃を向けてくる。
 数人が涎を口から垂らしている。初めに反応した男は大きく頷くと、手に掴んだ銃から金属音を鳴らせて呟いた。
「夕飯に食べたら美味いかも知れないしな」
「犬は味噌鍋にすると結構美味いんだよな」
「ちょっと硬い所が、癖になるのよね。人の飼い犬だったら栄養ある物食べてそうだから、栄養ありそう」
 人間達が一斉に銃から金属音を鳴らせる。食料扱いされてヒュウラの目が見開かれると、リングは汚物を見るような目で人間達を睨んだ。

 リングの腕の中で、子猫が苦しそうに一声鳴いて呟いた。
「ニョー……。ぼく次は……人間に産まれてきたいニョ」
 腰から滴る鮮血が、リングの腕を伝って地に赤い水溜りを作っている。弱々しく動き出した子供の亜人に、リングは目に涙を浮かべながら声掛ける。
「ニャー。死ぬ、消える事。今生きる、諦める、次なんて無いよ」
 子猫は弱々しく笑って答えた。
「ニョー……ぼく達は要らない命。しょうがないんだニョ。リングありがとう、リングは生きて……」
 子猫は最期の力で腕を押して上半身を弾いた。大きく一声鳴いて、反らされた頭が銃弾に貫かれた。
 ヒュウラは目を限界まで見開いた。上半身が逆さ吊りになった子猫は身を痙攣させて、直ぐに動かなくなった。
 命を奪った人間が吹いた口笛の音が響く。合図のように猟銃が給弾”リロード”される金属音が断続的に鳴り響くと、
 リングは子猫の死体を抱えたまま、身を反らして咆哮した。
「ブニャアアア!人間、やっぱりクズ!!絶対に許さない!!ブオニャアアア!!」