Bounty Dog 【清稜風月】35-37

35

 相手は”あの人間”より少しだけ歳上だった。44歳の櫻國人の男、槭樹(かえで)・イヌナキは、己が産まれ暮らしている東の島国の外からやってきた人間と殆ど同じ見た目をしている狼の亜人に、遠くの影から観察されている事に全く勘付いていない。
 彼が猛鳥類のような威圧感を纏っている小さめの焦茶眼で見つめている先は、山道の一角に置かれている葛篭と、葛篭に隠されていた異様に深く掘られている穴だった。
 全体的にほぼ黒い色の着物類に西洋靴を合わせている、侍のようだが髷(まげ)でも無くウルフカットの髪型をしていた人間の男は、他の人間を数人従えていた。全員男で、槭樹を含んだ全員が黄色い肌に黒髪、焦げ茶色の目をしている。手下らしき人間達は皆、髪を短く切っていて黒い和式の作業衣を着ていた。
 槭樹以外は、武器も鎧も身に付けていない。唯一大きな刀を腰に差して武装している主に、手下の1人が腰を低くした姿勢をしながら話し掛けた。
「当主。この穴は井戸では無さそうです。昨日の夜中(やちゅう)響いてきた、あの百鬼夜行のごとく悍ましゅう御座った西洋雅楽とも無関係かと」
「左様。しかし奇(くす)しモノに違いは無い。念の為に調べ上げ、後で某(それがし)に結果を申せ」
 部下の人間達が全員、50音字の6行目・最初の文字を大きく短く口に出して主に返事をした。槭樹は暫く葛篭と穴を凝視すると、視線を身ごと逸らして歩き出す。部下が2人、主の背後に付いて、共に山を探索し始めた。
 様子を始終眺めていたヒュウラは、仏頂面のまま心の中で思う。
(違う。全然違う奴だが、やっぱり似ている)
 槭樹という相手の名を未だ知らない狼の亜人は、心の中で相手を中東地帯で出会った別の人間の名前で呼んだ。
 目の前に居る人間の男も薄らだが、身に纏っている空気に悲壮感と闇を感じた。ヒュウラの興味は何時の間にか、日雨から槭樹という人間の男に移っていた。

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