Bounty Dog 【清稜風月】85-86

85

 ヒュウラには、忘れている”神輿”が1つあった。ヒュウラに騙された事に勘付いた睦月・スミヨシが、イヌナキ城の正門前にある広場にやって来ていた。
 当然の如く、睦月は怒っていた。安本丹(あんぽんたん)な幼馴染の虫に唆されて性懲りも無く”忍者ごっこ”をしている西洋からやって来た馬鹿犬にキツい灸を据えたいと思いながらも、櫻國の極々平凡な庶民である彼は、甘夏の時は”知り合い”として特別に邸に入れたが、槭樹とは親交が全く無いので帝家という王族のような存在の人間が住んでいる城に訪問する事は不可能だった。

 己も城の中に人知れず潜り込んで馬鹿犬の愚行を止めさせる事は、視力と聴力は抜群に良いが運動神経は特別良い訳では無い、しがない猟師の睦月には確実に無理だった。ヒュウラを直接邪魔する事は諦めざるを得ない状態だったが、彼を含めた櫻國に住む現地人の人間達は、イヌナキ城に設置されている”カラクリ”について余りにも有名故に誰もが知っていた。
 睦月はヒュウラに”カラクリ”に関しては全く教えていなかった。心の中を怒りの念で満たしながら、ヒュウラに対して願う。
 この東の島国・櫻國の人間達は、神は此の世に存在するあらゆるモノ・八百万(やおよろず)に宿っていると信じている民族だった。己の心に宿っている怒りという『神』に向かって、睦月は己の望みを伝えた。
(どうか、どうかあの馬鹿犬が、槭樹さんに回されてしまいますように)

86

 忘れている神輿が己を懲らしめて欲しいと八百万に願いながら城の外で待っている事には、ヒュウラは睦月を忘れているので微塵も勘付いていなかった。幸い、手も足も出せなくなっている睦月から直接妨害を受ける危険は無い。
 ヒュウラにとっての危険因子は、背後に未だ居た。最大級に鬱陶しい”神輿”をそろそろ本気で対処せねばと決意した絶滅危惧種の亜人は、己の護衛保護官をこの場で倒してしまう事にした。

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